【第八十七話】手紙の宛先
『魔界』『氷界』『炎界』の間、あらゆる物が捻じ曲がったような空間。
『挟間』と呼ばれる場所にその『存在』はいた。
「入るぞ」
何も無い闇から声が聞こえる。
「どーぞ、ご勝手に~?」
男が返事をした瞬間、闇から5メートル以上はある長身の女が現れた。『巨人』という種族に属する者だ。
「『氷界』よりウルムという雪男からの文じゃ。差出人はユミルとなっておるが」
やや古風な口調をした女は、男に手紙を渡す。
「んあ~? ウルムってーと、ユミルの部下のあの白マリモか? めっずらしいね~おい」
男は手紙を開いて、書いてあることにざっと目を通す。
「ッカ~! 堅苦しい文章だね~おい」
「何と書いておったのじゃ?」
「『夜摩天』に戒律を緩和してほしい、ってね~あんた。あっしだって、んなこたやりたくねえって話だよ~おい」
白い髪、白い肌、白いローブ。全体的に白い格好をした男は手紙を口の中に入れ、バクバクと食べ始めた。
「ッカ~! 証拠隠滅完了。これでこの話は無かったことに~、ってなわけにはいかんかね~おい、アングルボダ?」
「妾に訊くでない。其方の問題じゃろう?」
アングルボダと呼ばれた女の『巨人』は、呆れた顔で言う。
「……ッカ~、しゃーないけど、主人格サマに任せるっきゃないね~おい。『あっし』は下がるっつーこって……」
突如、男の体がワナワナと震え出し、それに呼応するかのように『挟間』の空間の歪みが増す。
そして、白かった男の髪は黒く、肌の色も真っ黒に、ローブは闇に溶け込むような漆黒へと色を変える。
最後に、男の白目までもが黒く染まった時、『挟間』はいつもの状態に戻った。
「……今すぐに黄泉へ遣いを送れ」
黒と化した男が、さっきとは変わった口調で言う。
「良いのか?」
「構うものか。現『夜摩天』ヘルは俺の子だ。どうにかして言う事を聞かせる」
「あまり強行的な手段は、他の『神』を敵に回すことになろうぞ」
「フン。貴様は俺が誰だと思っている?」
『魔王』『氷王』『炎王』を統べる絶対的『存在』。世の『悪』そのもの。
男は歪んだ空間の中で、高らかに言った。
「俺は、狡知なる『神』の一柱。『大魔王』ロキだ」
「…………」
「ん? どうかしたッスか、筧?そんな顔して」
「………何も無い」
「?」