【第八十六話】くじ引きBOX 3
人生は苦の連続である。
誰だったっけな、この言葉を残したのは。
僕は最近、この言葉は正しかったと痛切に感じている。
「おい、秀。トランプやらねぇ?」
そう言ってきたのはトモダチだった。
「ん……そうだな、最近やってなかったし、やるか」
色んな騒ぎがあってやる暇があまりなく、やるような心境でもなかったため、最近はめっきりやっていなかったが、騒ぎも一応落ち着いたわけだし、息抜きという意味でやったっていいだろう。
篭と麻央さんも誘って、放課後の誰もいない教室に集まった僕らは、恒例のアレを取り出した。
「コイツを使うのも久しぶりだな」
段ボールで造られた立方体。人の手が入るくらいの穴が空いており、中にはゲームの名前が書いてある紙切れが十数枚入っている。
そう、『くじ引きBOX』である。
「結構ホコリ被ってるね」
麻央さんが言った。
そりゃ、教室の棚に入れっぱなしにしてればそうなるな。まぁ、そのおかげとも言うか、あの一件があってもこうして無傷で生き残ってるわけだが。
軽くホコリを手で払ってから、僕は箱に手を突っ込んだ。
「さぁ、何が出るか!?」
トモダチが煽る。
僕としては『七並べ』がやりたいところだが、トランプ自体久しぶりにやるわけだし、いきなり一人勝ちになるのは気乗りしない。かと言って『大富豪』になってコイツに伸されるのも忍びない。まぁ、その二つ以外だったら特に問題はないしどれでも―――
「ひゃあああああああああ!? く、くすぐったいのです、やめてくださいい!!」
その瞬間、全てがフリーズした。
一体何が起こったか。いや、改めて考えなくても解る。
叫び声が聞こえたのだ。この『くじ引きBOX』から。
ちらっと周りを見てみれば、みんな何か得体の知れない物を見たような顔で『くじ引きBOX』を見てたが、この箱に手を突っ込んでいる僕はもっと変な顔をしていただろう。
何が何だかよく解らないが、僕はまず箱から手を抜いた。
するとどうだろう。『くじ引きBOX』からぼんやりとした青白い光を放つ煙のようなものが出て、人の姿を形成していく。そして、光が薄れるにつれだんだんと実体化していき、やがてソレは教室の床にすうっと着地した。
ソレは、着物を着た女の子だった。
「は、はうー……みなさん、あまりこっち見ないでほしいのです……」
とりあえず、何から突っ込めば良いのだろう。色々言いたいことがありすぎてなかなかまとまらないが、一つだけまず一番最初に訊きたい疑問が浮かび上がった。
「誰だお前?」
僕の気持ちを代弁したのは篭だった。
「はうー……この『依代』の『付喪神』なのです……」
『付喪神』とな。
『付喪神』ってアレか。あの『付喪神』か。あの『付喪神』なのか。
「その『付喪神』なのですよー……」
思わず声に出てたらしい。
「仮に君の言うことを信じたとして……『付喪神』って百年くらい経った日用品とかに宿るんじゃなかったっけ?」
造って2年も経ってないような段ボールに宿るとは到底思えないのだが。
「はうー……わからないのですー……わたしも気付いたらこの『依代』に憑いてたのですよー……」
「そりゃいつ頃からで?」
「お、覚えてないのです……」
……何だこりゃ、話にならない。
誰か、このとてつもなく気まずい状況を打開出来る者はいないものか。
「……ふん、妙な霊力を感じると思ったら……これはまた珍しいものが紛れ込んでいるな」
僕らは、その声の主に振り向いた。
他の人達より肌の色が白く、あの肝試しの晩に僕と麻央さんに人外の『存在』であることを明かした人物がそこにいた。
「ああ、ハクじゃねぇか。どうしたんだぜ?」
トモダチがハク君に言い寄る。
そういえば、コイツと篭はあのことを知らないのか? となると、なるべく黙っておいた方がいいのだろうか。
ふと麻央さんの方を見ると、麻央さんもこっちの様子を伺っていた。多分、向こうも同じ事を考えているのだろう。
僕は適当にアイコンタクトを送った。
「俺はこの手のことは専門分野だ。気になって来ただけだ」
ハク君は、『くじ引きBOX』の『付喪神』を凝視する。
「ひいっ……」
何か物凄く怖がってるよ、相手。
「なぁ、ハク。『付喪神』ってことはこいつは神様の一柱なのか?」
篭が尋ねた。
「……ふん、知らんな。『付喪神』にも種類はある。神霊が宿ることもあれば、ただの人魂が宿ることもあり、『妖怪』と化す場合もある。ただ……」
ハク君は僕らの方を向く。
「こいつは少し特殊だ」
「……何がだ?」
「こいつから感じられるのが霊力である以上、妖力を操る『妖怪』ではない。つまり、自然的に生まれたものでない。となれば霊魂憑依によるものだろうが、こいつはその時の記憶が何もないようだ」
当の『付喪神』はずっとおどおどしていて、話を聞いていないようだ。
「何のために存在しているのか、何の因果でいるのか何も覚えていない、不安定な『存在』だ―――」
そう言ってから、ハク君はその言葉に付け加えるようにボソッと言った。
小さすぎてトモダチや篭には、言ったかどうかすら解らなかったと思うが、僕には確かに聞こえた。
『俺のようにな』と。
「あの、ハク君? 『付喪神』ってこんな箱とかにも憑くものなの?」
麻央さんが訊いた。
「例の一件以来、この学校は霊的なものが集まりやすい環境になっている。そこら辺の物に憑いたとしてもおかしくはない。どのような所以かは知らんがな」
例の一件。その言葉が出た時、一瞬だけ麻央さんの顔が歪んだが、すぐにいつもの表情に戻った。
「盂蘭盆になれば、恐らくさらに霊の量も増すだろう。俺も少し手を打っておくとする」
「……で、ハク君。この人どうすんの?」
僕は挙動不審の女の子を指差して言った。
「俺は特に何もしない。害は無いだろう。普通に接してやることだ」
「よ、よろしくお願いしますー!」
やっぱそうなるのね。
何だかこの女の子が憑いてると考えると、今後『くじ引きBOX』を使うのに躊躇しそうだ。
本当、めんどくさいことになったな……。