【第八十四話】魔界の変化
「閣下。体調は如何でしょうか」
「……ふむ、ペイモンか。大分良くなった」
「そして閣下。元閣下についてのことですが……」
「ああ、その話はもういい」
「しかし……」
「もう、興味が無くなった」
私の名はペイモン。
Lv4の『悪魔』にして、気高き主『魔王』バアル=ゼブル閣下の側近。
例の一件で我々『悪魔』はあの学校に敗戦を喫し、それから『元魔王抹殺運動』も無くなった。『魔界』の状況は色々と変化し、『悪魔』の統率は乱れ、Lv4は鎮圧の為に忙殺されていたが、今は落ち着いてきている。
新人のザレオスはなかなか使える男で、鎮圧活動時にも色々と動いてもらった。あれで職務中に酒さえ飲まなければ完璧なのだが。……終始寝ているアスタロトよりは遥かにマシか。奴も実力的にはLv4の中でもトップクラスなのだから、もう少し真面目に動いてくれれば大いに助かる。
そういえばクロセル、ベリアール、ウィネ、マラクスの4人がこの前何かを話し合っていたが、何か余計なことを画策しているのではなかろうか。これ以上、私の仕事を増やしてほしくないのだが………今度、デカラビアにでも探らせてみるか。
「おや、どうしたんですか。こんなところで?」
聞き慣れた声。
「……マルティムか。見て解らんか、この書類の山を」
「ほんの冗談ですよ。少しは肩の力を抜きませんと」
「邪魔しに来たのならば帰れ。私は忙しい」
そうだ、忙しいのだ。
あれから閣下は、運動こそ完全廃止されたものの『悪』の布教活動をこれといって進められるわけでもなく、ただ何かが抜けたように『王の間』におられるだけなのである。そして、統率が乱れ、信仰が薄くなり、クレームが多くなり………とにかく仕事が多くなっているのだ。
最近、閣下の様子がどうもおかしい。
あの一件で、何かあったのだろうか。
「書類整理、ですか。僕にとっては懐かしい仕事です」
……そうだ、そういえばこの男はあの元閣下の側近だった『悪魔』だ。何かしら知っているかもしれん。
「マルティム」
「何です?」
「元閣下について、先日の戦いで知っていることを話せ」
「と言われましてもね……」
苦笑いを浮かべながら続ける。
「僕は『座天使』の『天使』にさっさと敗れてしまいましたからね。元閣下については何も……」
こいつは昔から嘘を吐くのが下手な男だ。必ず顔に出る。
こいつの発言に偽りがある感じはしないが、何かを隠しているようだ。
「これから出す問いに正直に答えろ、マルティム」
「はい?」
「貴様は元閣下のことをどう思っている?」
「…………」
目を丸くしたまま固まっている。
しばらくそのままだったが、やがて静かに目を閉じ、口を開いた。
「守りたい『人間』です」
そう言った。
「『元魔王抹殺運動』の時も僕は表面上では同意していましたが、心の奥では反対していました。その時の僕には、それを切り出す覚悟がありませんでしたが、今ならはっきりと言えます」
再び目を開く。とても真っ直ぐな目だ。
「僕は、彼女が愛しい」
「……そうか」
薄々とは解っていた。
こいつは思っていることが顔に出る。そういう男だ。
「ならば貴様はどうする? 『悪魔』である貴様が出来ることは何だ?」
「そうですね……」
マルティムは少しだけ考え込む仕草をし、すぐに向き直る。
「僕は、『白い悪魔』になろうと思います。出来ること……ではないですが、目標です」
この男らしい答えだ。
いつも中間に留まっていようとする『悪魔』らしくない甘い精神。
……全く、狡い男だ。
「では失礼します。書類整理、頑張ってください」
そう言って、部屋から出て行った。
あの男も変わったものだ。
話したかったこととは随分とずれてしまったが、あの一件が必ずしも『魔界』にとってマイナスとなっているわけではないようだ。
案外、閣下のことも時間が解決してくれるかもしれない。
私は書類整理を再開した。