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僕の世界  作者: Sal
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【第八十二話】新学期の騒ぎ

 例の一件から数週間が経ち、僕らの学校は新学期を迎えた。


 一番上の学年の人達は卒業。学校からいなくなって寂しい限りだ。


 元々の生徒の人数が少ないこの学校は、当然同じ顔と会う回数が増えるわけで、交友関係が盛んになるのが特徴だ。したがって、上級生とも上下関係がないように親しく接している―――



「オイ、後輩。パン買ってこいよ」


 わけでもなかった。



 午前最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、さあ昼食だ、と生徒達がぞろぞろと食堂へ移動する中、僕はトイレへ手を洗いに行った。特に理由はない。何となく気になったからだ。それを済ませた後、静かになった廊下を歩いていたら一人の茶髪の男子生徒が僕の前に立ちはだかった。


 いやあ、確か知ってるぞこの人。何か特筆すべき特徴を持たないただのおとなしい上級生だった気がする。名前は思い出せない。


「オイ、聞こえてんのかてめえ。無視してんじゃねーよ」


 いや、あれ、ね。いるよね。自分が最高学年になった途端に威張りだす人。僕はまさにその典型的な例を目の前にしているわけだが―――


「っ……!」


 腹に衝撃が走り、壁に叩きつけられた。


「無視してんじゃねーつってんだろ」


 ……参ったな、今のは完全に不意を突かれた。まさか手を出してくるとは思いもよらなんだ。


 んや、冷静に考えてみれば今は昼休み。ほとんどの人達は食堂に行ってるわけで、この辺りには先生はおろか生徒さえいない。見ている人が誰もいない以上、ちょっとやそっと暴れたってバレやしないわけだ。ははは、困ったなこりゃ。


 なんてことはほとんど考える暇もなく、二発目の拳が飛んでくる。うん、今度は見えたが、今僕は腹が痛いわ背中を強打したわで動く気力もありゃしない。


 駄目だこりゃ。






 どのくらい殴られ蹴飛ばされたか知らないが、とにかくボコボコに伸されて僕は床に突っ伏した格好になっているが、相手は依然として攻撃を止める気配がない。頼むからもうどっか行ってくれ。てか、パンくらい買うって。……そう言う気力も無いが。


 いや待てよ、そもそもこれはどうもパシらせるのが目的じゃなさそうだ。何と言うか、相手の目がイってる感じがする。とにかく誰かを殴りたくて、適当に理由付けてやってるっぽい感じだ。


 情緒不安定の人がこの学校に来ることだって少なくないが、無差別に殴りかかるなんてのは流石に今まで聞いたこと無いな。何かスイッチでも入ったのか。


「っ……かはっ……!」


 腹を蹴られた。くそ、呼吸が辛い。


 今気付いたけど、どうも相手の足に魔力が巻き付いてる。いや、『気』というやつだろうか。とにかく、これがこの人の個人の能力らしく、さっきから打撃一撃が妙に重いのはコレのせいみたいだ。


 反撃? したら何だっていうんだ。能力者に魔法も使わないで戦うなんざ、丸裸で熊に挑むようなもんだ。敵うはずが無い。なら能力を使えと? 僕は日常生活の中で能力は使わない。絶対に。これだけは僕の信念だ。


 気の済むまでやられてやろうじゃないか。


「オイ。てめえ、神谷のクラスのやつだよな」


 なんか急に質問された。


「……そうですけど?」


 げ、口の中切れてる。鉄の味がしやがる。



「てめえのクラスに黒井ってやついるだろ。ソイツ連れて来いよ」



 その時、頭の中で何かが切れる音がした。


「……は?」


「だから、黒井ってやつ連れて来い。ソイツ、するから」


「…………」


 どんな意味で言ったのか知らないが、とにかくこいつに対する殺意が湧いてきた。



「飛べ」



 風魔法第四番『ブラスト』。


「!」


 僕は上級生を吹っ飛ばした。


「……あーあ、ほんとは魔法なんて使うの嫌なんだけどな……」


 今は、それ以上に嫌なことがあるから仕方ない。


「っ……てめえ、黒井を連れて来いっつって―――」


「その名前を口にすんじゃねぇよ。終いにゃ、その喉掻っ切って黙らせるぞ」


 自分でも驚くくらい、僕は怒っていた。


 怒りが収まらない。


「あんたに彼女の何が解る。大方、例の噂を耳にして癪にでも障ったんだろうが、ふざけんじゃねぇぞ。ぶっ飛ばすぞ」


 僕は余程のことがない限り、学校の人物に手を上げたりしない。基本的にこの学校の人達はみんな僕と同じような辛い過去を経験した仲間であるから、そうする気にすらならない。


 だが、こんな畜生には情状酌量の余地さえ無い。


「……やってみろよこら」


「上等だこの野郎」


 同時に駆け出す。


 僕らは互いに拳を振りかぶって殴りかかり、そして―――



「はい、そこまでだ。お前ら」



 パシッ、と両者の拳を手の平で止める人物が間に入ってきた。


 口に煙草を銜えたその赤髪の人物は、紛う事無き僕の担任、神谷先生だった。


「てめえ……!」


「上級生が下級生にそうムキになるな。落ち着け」


 そして今度は僕の方を見て、


「桐谷。お前も少し頭冷やせ。今、自分が何やろうとしたかよく考えろ」


「…………」


 ……ああ、先生の言うとおりだ。僕はなんてことしようとしてたんだ。


 ムカついたから手を上げたなんて『悪魔』と何も変わらないじゃないか。


「……すいませんでした」


「わかりゃいい」


 そう言うと、先生は辺りをきょろきょろと見回す。


「誰も見ちゃいねぇし、校舎も傷付いてねぇし、めんどくせぇから何も無かったことにしよう。それじゃな。もうケンカすんじゃねぇぞ」


 それだけ言って、神谷先生はさっさと行ってしまった。


 残された僕ら二人は向き合う。凄く気まずい。


「っ……すまなかった。俺がどうかしてた」


 相手が急に頭を下げて謝ってきた。なんだこの状況。


「い、いや……頭上げてくださいよ先輩……いいんですよそんなこと」


 すると、先輩は頭をガバッと上げ、逃げるようにそのまま駆け足で去って行ってしまった。


 ……おかしな人だなぁ。


 そして、廊下に一人取り残された。どうしようか。……とりあえず食堂に行こう。あまり食べる気にはならなそうだが。











「どこ行ってたんだ、秀?」


「トイレ」


「それにしちゃずいぶん長くなかったか?」


「トイレだ、トモダチ。それ以上問うな」

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