【第七十八話】激動編:共闘
「……ふむ、死にかけの獣に何が出来ようか」
『魔王』は目の前の狐を見て言った。
確かに、妖狐は全身傷だらけで出血も酷い。脚は今にも倒れてしまいそうに震えている。とても戦えるような姿には見えなかった。
「……休んでて、よーこさん。それ以上無理したら、ほんとに――」
秀はその先を言いたくはない。
《アア……ソウダロウナ。コノママタタカッタトシテ、ワタシハナニモヤクニタテズ、タダシヌダロウ》
妖狐の声がテレパシーのように頭に響く。
《ダガ……シュウクン。キミモコノママデハ、ヤツニカテヌダロウ?》
確かにそうだ。
魔力は残り『真偽の決定』一回分のみ。魔法に回しても、『魔王』には敵わない。体自体にダメージを負っているわけではないが、身体能力で勝てるはずも無い。そして、攻撃一つ食らえばその時点で終了。どう考えても手詰まりだ。
「じゃあ、どうすれば……」
《ギャクニカンガエルノサ。キミハ、マリョクハノコッテイナイガ、カラダニキズハナイ。……タイシテワタシハ、ヒンシスンゼンダガ、ヨウリョクガアリアマッテイル》
そりゃ、九尾の狐だ。妖力なんてほぼ無尽蔵にあるだろう。
《ワタシガキミニ、チカラヲカソウ》
妖狐の妖力が秀を包み込む。
《トモニ、ヤツヲタオソウ。……シュウクン》
妖狐はその言葉を最後に、その場に倒れる。
「…………。わかったよ、よーこさん」
秀は、『魔王』に向き直る。
「一緒に、アイツを倒ソウ」
バアル=ゼブルは、秀の姿を見て顔をしかめた。
「……何をした」
溢れんばかりの妖力が秀の背後に九つの尾を形成し、強大な重圧を放つ。
それは、明らかに秀自身の力ではない。
「憑依、ダよ」
秀は、片言交じりの口調で話す。
「よーこさんは『魂』ノミで僕に憑いて、妖力を貸シてくれてイル。だから若干、精神モ混同しているケドな」
妖狐は幽体離脱で一時的に生霊となり、秀に憑依したのだ。しかも、意識は秀が保っている状態で、自分の妖力を与えている。こんな芸当、相当な実力が無ければ出来やしない。九尾の狐というトップクラスの『妖怪』である彼女だからこそ出来た技だ。
「……だから、どうしたというのだ?」
バアル=ゼブルは雷の剣を構える。
「こういうコトだ」
秀はバアル=ゼブルに手を翳す。
当たり前の話をするが、桐谷 秀は『人間』である。妖力を操ったことなどない。
しかし、妖力だろうが魔力だろうが霊力だろうが、根本的な物は同じだ。
故に――
「!」
バアル=ゼブルは目を見張る。
自分の雷の剣が一瞬で消えた。まるで、最初から何も無かったかのように。
「『真偽の決定』。妖力で使ったコトなんてないけど、問題なさソウだな」
秀はほくそ笑んだ。
『真偽の決定』というのはなにぶん特殊な力で、魔力無尽蔵を『真』としたとしても他の力とは違い、使った分の魔力は本人の元の魔力から差し引かれる。故に、使える回数はおのずと決まってしまう。
だが、今は妖狐を通してその妖力で『真偽の決定』を使っている。これなら引かれるのは妖狐の妖力のみ。そして、こんな膨大な妖力、よほどのことがない限り切れる訳が無い。
つまり、今の秀に『真偽の決定』の使用回数の上限は無いに等しい。
負ける気がしなかった。
「この……!」
バアル=ゼブルは詠唱をする。が、魔法が発動することはない。
「無駄ダ」
バアル=ゼブルが何度試そうが、その発動を全て『偽り』とする。
魔法は完全に封じた。
「馬鹿な……!」
バアル=ゼブルは歯を軋ませる。
こんなこと、あっていいはずが無い。
「ぬおおおおおおぉぉぉぉ!」
バアル=ゼブルは突進する。
そして、その姿を変える。
先天的な半獣ならぬ半蟲化の能力を持つバアル=ゼブルは、その姿を完全な蟲へと変えることも出来る。
巨大な蝿の姿となった『魔王』は、辺りの草木を枯らしながら猛スピードで秀に突っ込む。
秀はあえて容姿変化を『偽り』とすることもなく、ただその姿を見る。そして――
「『真偽の決定』。魔力無尽蔵と詠唱不要ヲ『真』に」
風魔法第四番の四『エクサ・ブラスト』。
突っ込んできた『魔王』を真正面から吹っ飛ばした。
「ッ……! がっ…はっ……」
宙を舞う『魔王』が元の姿へ戻っていく。意識は飛びそうだったが、何とか堪える。
何とか反撃をしようと体を反転させようとしたが――
「諦メろ。あんたはもう、戦う力は残ってナイはずだ」
秀が、吹っ飛んでいる『魔王』の横に並列して飛んでいた。
「安心しろ。僕ハ、あんたの言っタ通り甘いからな。今回も見逃してヤル。だが―――」
秀は、『魔王』を睨む。
「二度と『彼女』を狙うな。次は本当に殺すぞ」
秀は、『魔王』の顔面を力一杯に殴り飛ばした。
『魔王』との戦闘が終わり、僕の背後に形成されていた九つの尾が消えた。
僕はあの人に近付く。
「……よーこさん」
《……オワッタネェ、シュウクン》
よーこさんは答えてくれた。
しかし、その体はぐったりとして、起き上がる気配は無い。
《ワタシハ……ココマデサ。イママデ、ズイブントナガクイキテキタカラネ……モウ、クイハナイ》
「…………」
《セメテ、サイゴクライ……イツモキミタチトイタトキノスガタニナリタイガ………ソンナチカラモノコッテイナイヨウダ》
よーこさんの目が僕を見る。
《……キミタチトスゴシタジカンハ、タノシカッタ。ホントウニ……アリガトウ》
よーこさんは静かに目を閉じた。
「……よーこさん」
僕は彼女の頭に手を触れる。
「僕はまだ……一回だけ『真偽の決定』を使えるよ」
僕は『真偽の決定』を発動した。