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僕の世界  作者: Sal
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【第七十六話】激動編:神速の天使と甘い悪魔

 足立 進。


 『天使』に所属する人間。階級は第三位『座天使(スローンズ)』。


 六神通の一つ『神足通じんそくつう』を個人の能力として持つ、神の足の持ち主である。



「ぐ……っ!!」


 足立はマルティムの脇腹に蹴りを食らわせ、相手が反撃の構えに入る前にすぐさま飛び退いて距離をとる。まさにヒットアンドアウェー。


「っ……、はぁ、はぁ……速いですね」


 マルティムは肩で息をしながら言う。さっきからずっとこの方法でダメージを食らっている。


 『神足通』のスピードは、魔法による敏捷強化のそれとは比べ物にならない。故に、彼のスピードに付いて行けるのは彼と同じ『神足通』の持ち主のみ。『悪魔』最速を誇るマルティムでも反応することすらほとんど出来ない。


「てめェじゃ、オレに勝てねェよ」


 足立が地面を蹴ったと思った瞬間、足立の姿が消える。


 別に空間転移の類ではない。ただ、あまりにも速過ぎるため目で追うことが出来ないのだ。


「……っ!!」


 次の瞬間に、マルティムが感じたのは左肩の痛み。


 視線を移せば、足立の脚が見えたが、それも一瞬。いつの間にか足立は、マルティムから10メートル程離れた所に立っている。


 神速。そう呼ぶのが相応しいだろう。


「コレ使うのもそんなに楽じゃねェんだ。さっさと倒れろ。フリだけでもいいぞ、見逃してやるから」


「……残念ながら、威力の低さと制御の悪さに救われていますよ」


 足立の放つ神速の蹴りは、確かに速い。しかし、彼は他には光魔法のセンスくらいしか持っていないため魔法による肉体強化が出来ない。そのまま蹴りを食らわせると速過ぎて足立自身の脚にダメージを負ってしまう。そのため、彼は蹴りを当てる瞬間だけスピードを遅めているのだ。


 つまり、彼の蹴りの威力はそこまで高くない。しかも、速過ぎるために狙いがちゃんと付けられず、的確に急所を捉えることも出来ない。


 彼は、この攻撃力の低さが弱点だった。


「あァ、そうかい」


 しかし彼はそんなことなど気にしていなさそうに言った。


 そして、再び姿を消す。


 次の瞬間、マルティムの背後から蹴りを繰り出す。



 ところで話は変わるが、足立は南条 陽介と同じ寮部屋であるが、それと同時に高田 優とも同じ寮部屋なのである。


 同じ寮部屋だと、やはり他のクラスメイトとは接する時間が違う。彼は、優とそれなりに親しく接してきた。そして、魔法の制御についての助言を受けたこともあった。そのおかげもあってか足立は光魔法に関しては、なかなかなレベルまで扱えるようになった。


 つまり――――



「うおおおおおおおォォォォォォォォォ!」


 足立はトップスピードの状態のまま、マルティムを蹴り飛ばした。


「……ッ……がっ、はっ……!」


 マルティムの体は吹っ飛び、そのまま近くの樹に叩き付けられ、その衝撃で樹も折れた。


「どうだよ、これでも威力が低いって言えるかァ?」


 光魔法第三番『オーラ』を縮小させ、脚に纏わせたのだ。そうすれば、脚に物が当たる瞬間、その物は弾かれる。



 そう、脚を当ててダメージを負ってしまうなら、脚を当てなければいい。これが彼の克服法だった。



 足立は、マルティムの様子を確認するために折れた樹に近付く。


「!?」


 目に映ったのは、炎。


 足立はとっさに、横っ飛びでその場から10メートル程離れる。


 次の瞬間には、先程まで足立が立っていた場所は猛火に包まれていた。


「ええ……確かに威力は上がっています。しかし、まだ課題点がありますね」


 マルティムの召喚獣、サラマンドラ。


 今はトカゲの姿はしておらず、マルティムの周りを巨大な炎となって取り巻いている。存在自体が炎のため、決まった姿は無いのだ。


「……ちっ!」


 足立はこの状況を見て、舌打ちをした。


「どれだけ速く動こうと、そこからの貴方の攻撃手段は直接攻撃しかありません。故に、僕の周りがこうして炎に覆われていれば、貴方は近付くことが出来ず、僕に攻撃することが出来なくなります。また―――」


 マルティムに向かって光線が飛んでくる。


 光魔法第一番『パージ』。


 足立が放ったそれを、マルティムは難なく避ける。


「その程度の攻撃なら、避けられます」


 マルティムを取り巻く炎の一部がトカゲの頭の形になり、その口から炎が放たれる。


「くそっ!」


 足立はその攻撃を避け、マルティムから距離をとる。


 だが、足立は何やら違和感を感じ、周りをよく見た。


「……なっ……!?」


 自分の背後は炎が燃え盛り、その炎は円を成してマルティムと自分を大きく囲み、一つのフィールドを作り上げていた。


「貴方は気付かなかったようですが、サラマンドラの炎は既にこの辺りを包囲しています。この炎の環の内側に居る限り、貴方は僕から逃げられませんよ」


 マルティムがゆっくりと足立に近付く。


「…………。てめェ、何で戦ってんだ」


 その言葉にマルティムは、ピタリと足を止める。


「オレは人間だが『天使』の組織の一員だからな。何となく解んだよ。てめェは、こんな戦いを望んじゃいねェはずだ」


「形勢不利になったので、説得ですか? 見苦しいですね」


「じゃァ、何でそんな顔してんだよ!」


 マルティムの表情は暗く、何かに押し潰されそうな眼をしていた。



 それは、とても悲しそうな顔だった。



「……僕は、『悪魔』です。ただ『魔王』の命令に従っている『存在』ですよ」


 以前も、あの狐に同じような事を訊かれた。


 運動に反対しているのに何故邪魔をするのか、と。『悪魔』の存在の確立がそんなに大事か、と。


 そして、また同じように答えた。


「僕にとって『悪魔』とは種族そのものです。僕は、自分を否定するつもりはありませんよ」


 自分は『悪魔』らしくない。


 昔からそうだった。魔獣ではなく炎の精霊と青魔術の契約を交わし、『悪』の布教中に必死に助けを請う人間を見逃し。



 一人の少女の幸せを本気で望んだ。



 長い間、絶望と孤独の淵にいた彼女にできた新しい居場所を奪いたくはなかった。


 しかし、自分は『悪魔』だった。


 辞任までは協力出来たが、それ以上は出来なかった。背いてはならなかった。


 次第に事は大きくなり、遂に至ってしまったのが、今回。


 彼女の居場所の破壊。


 自分が望まなかった、最悪の結果。


「僕の顔がそんなに可笑しいなら、よく見ておいて下さい」


 マルティムは自嘲気味に言う。


「どうせ、二度としない顔です」


「……てめェ、どうかしちまってるぞ」


 マルティムを包む炎が激しさを増す。


「ええ。元より」


 足立に炎が放たれる。


 足立はすぐさま避け、マルティムから距離をとる。


「熱……っ!」


 しかし、すぐ後ろには炎が迫っている。


 徐々にフィールドも狭まっているのだ。


「っざけんじゃねェぞ……!」


 光魔法第三番の二『メガ・オーラ』。


 眩い光が足立を包む。


「これは……」


「『オーラ』は元々、全身防御の魔法だ。これで、てめェの炎なんざ効かねェ……!」


 確かに、この魔法は光を纏うことによって攻撃を弾く魔法だ。だが、先程のように一部に集中させて纏わせるならまだしも、全身に纏った状態で攻撃を完全に弾くには相当な量の魔力が必要となる。しかも、相手はあのサラマンドラの放つ灼熱の炎だ。


 実際、足立は熱を防ぎ切れていない。何もしないよりマシだが、今の状態でもかなり熱い。これでマルティムに近付くなど出来る訳が無い。


「痩せ我慢ですか?」


 マルティムもそれは分かっていた。


 だが、彼は突っ込んだ。


 当然、炎に阻まれるがそんなことなど気にしない。


 体が焼けるように熱いが、気合で前に進む。


 そして―――


「おおおおおおおおおォォォォォォォォォォォォ!」



 渾身の力で、マルティムの顔面を蹴り飛ばした。



「………ッ……!!」


 マルティムの体は30メートル以上吹っ飛び、地面に墜落した。


 足立も蹴りを繰り出した後、着地に失敗して地面に叩き付けられ、そのはずみで体を覆っていた光が消えてしまった。


(っ! しまった……!)


 反射的に目を瞑る。


 しかし、なかなか熱いという感覚が襲って来ない。


「?」


 妙に思った足立が目を開けると、辺りの炎は完全に消えていた。


 足立は立ち上がり、倒れているマルティムに近付く。


 再び、炎が揚がることはなかった。


「……僕の負け、ですよ。……貴方の執念に感服しました」


 マルティムは掠れた声で言う。


「……バカヤロウが。種族が『天使』でも、堕天する奴は少なくねェだろ。みんな自分の理想を追い求めてんだ。『悪魔』だって昇天したって良いんじゃねェのか?」


「……それ、死んでませんか?」


 マルティムは小さく微笑んだ。


「……じゃあ一つだけ、貴方達に僕の望みを託します」


「何だ?」


「……この戦い……必ず勝って、『彼女』を―――」


 そして、マルティムは静かに目を閉じた。



「…………」


 足立は何も言わずに、その場から消えた。

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