【第七十五話】激動編:魔獣遣いの悪魔達
「おい、さっさと諦めたらどうだ?」
《…………》
篭は、宙に浮いている五芒星に言う。
「さっきまでは、あの蛇がいたからギリギリ応戦出来ていたみたいだけど、今のあんたじゃ話にならねぇよ。その鳥の召喚獣だって相当強いけど、アクの比じゃねぇ」
五芒星を通して戦闘を行っている『悪魔』デカラビアの召喚獣の名は、フレスベルグ。風を司ると云われる怪鳥。決して弱い訳ではない。寧ろ、魔獣の中では上位に位置するだろう。だが、相手が悪い。何せ、向こうは神獣クラスの召喚獣だ。一対一では敵うはずが無い。
《……ならば》
五芒星がくるくると回転し、魔力が渦を巻く。そして、一瞬で五芒星を闇で包み込むと、中から何かが杖をつきながら歩いて出てきた。
「へぇ……そういう姿してたんだ。お前」
黒のローブを纏った魔法使い。そんな格好をしている『悪魔』は、普通の人間の青年と大して変わらない容姿だ。ただ違うとすれば、その肌の色。明らかに、人間ではあり得ない灰色の肌。頬には何やら黒い模様が書き込まれている。
「フゥ……どうもペイモン達は戦闘不能に陥り、情報を管理する必要も無くなったようだからな……。直接、戦場に出るのも悪くない」
デカラビアは、若干紫掛かった自分の髪を二、三本抜くと、自分の体の前で落とす。
「さあ、始めるか」
聞き取れないほどの早口でデカラビアは詠唱を終えると、はらはらと舞っていた髪の毛が針のように尖って篭の方へ猛スピードで飛んでいく。
「うぇ!?」
気の抜けるような声を発し、篭は寸でのところでかわした。
だが、更にそこへフレスベルグの放つ風の斬撃が篭に追い討ちをかける。
「げぇっ!?」
篭は、やばいと思いながらも避ける手段が無く、目を瞑る。
《何をしておる。眼前の敵を見ろ。心の眼でもあるのか貴様は?》
風の斬撃が当たる直前、アクーパーラが足を使って篭を庇った。
「チッ、仕損じたか」
デカラビアは舌打ちする。
「お……おいおいおいおいっ!? いきなり、術者に集中砲火かよっ!? 危ねぇじゃねぇか!?」
《油断した貴様が悪い。この戦力的劣勢下の中、儂の契約者に手を出さぬ訳が無かろう》
契約者がいなくなれば当然、召喚獣は自由の身と化す。契約が切れてもただの魔獣ならば、その場に居続ける事はできるが、アクーパーラの場合は違う。霊亀は存在する場所が違うため、契約者の魔力を介さなければ、現世に留まることは出来ない。
つまり、篭が戦闘不能になりさえすれば、アクーパーラも消えるのだ。
「あぁ……そういうこと」
篭は、なるほどなと頷き、
「んじゃ、対策は簡単だな」
手の平に魔力の流れを集中させ、アクーパーラのその太く大きな足に触れ、魔力を流し込む。
「アク。オレのありったけの魔力をくれてやる。一撃であいつら倒せ」
《口の利き方を弁えろ、小僧》
「うるせ」
フン、とアクーパーラは鼻を鳴らすと、アクーパーラを取り巻く魔力がみるみる大きくなっていき、地が震えるような重圧がデカラビアとフレスベルグを襲う。
(チッ、何という魔力……)
フレスベルグも恐れ戦いているように見える。生物としての本能が危険だと察知しているのかもしれない。
(力比べでは敵わん。攻撃を放たれる前に、奴を……!)
炎魔法第六番の二『メガ・ポール』。火柱が篭に向かって放たれる。
《無駄だ》
水魔法第五番の四『エクサ・フラッド』。大量の水がアクーパーラの周囲から放出し、辺りは一瞬の内に水に飲み込まれた。
しばらくして水が引くと、そこには気を失った『悪魔』とその召喚獣が横たわっていた。しかし……
「アク!! 一撃で倒せとは言ったけど、何エクサ級の魔法使ってやがる!? どうみてもやりすぎだろお前!!」
見れば、辺りはビチョビチョ。木々は全て薙ぎ倒されていて、目も当てられない。
何より、他に戦ってる仲間達にまで被害が及んだかもしれない。
《案ずるな。他の者共は巻き込まぬように使うたわ。舐めるな、小僧》
ったく……と篭が頭を掻いていると、不意に目が眩んだ。少し、魔力をアクーパーラに与えすぎたらしい。
《貴様は休んでおれ。この戦いは直に終わる。儂が手を貸すまでも無い》
それだけ言って、アクーパーラは光に包まれ、消えた。
「…………。ほんとに厄介なやつだな……」
篭は心底そう思った。
少し離れた場所で、トモダチも『悪魔』と戦っていた。
「………む、むにゅぅ~……。なんで、カーくんの魔眼が効かないのですぅ~……?」
幼い少女の姿をした『悪魔』が涙目になりながら言う。相手は『悪魔』とはいえ、トモダチの良心が若干痛む。
少女の『悪魔』の名前は、マラクス。Lv4の『悪魔』だ。
彼女の召喚獣は、カトブレパス。通称、カーくん。巨大な雄牛の姿をした魔獣。そして、その最たる力は目を合わせた者を死に至らしめる魔眼。
だが、トモダチには目を合わせても何も起こらなかったのだ。
「……え~っとだな……。俺、とりあえずそういう呪術系の能力は効かないんだぜ」
これは、トモダチ個人の能力の影響だったりするのだが、一から言うのが面倒になったトモダチは適当に説明した。
すると、話を聞いていたがどうかは怪しいが、ゴシゴシと涙を拭き取り、マラクスはキッ、とトモダチを睨んだ。
「むぅ~、だったら力尽くで、カーくんのツノでその貧弱な体を圧し折って、バラバラのぐちゃぐちゃにしてやるのですぅ~!」
カトブレパスが突進してきた。
魔獣なんかと正面から力比べしたら、負けるに決まってる。
「……ってなわけで」
トモダチが魔法の詠唱をした途端、カトブレパスは顔面から盛大にすっ転んだ。
「!? ……な、何が起こったのですぅ~!?」
「足、引っ掛けてやっただけだぜ」
草魔法第三番の二『メガ・バイン』。大量の蔓を出現させる魔法。これを足に巻き付けてやったのだ。あの巨体で顔面を地面に叩き付けられたら、まず立つことは出来ないだろう。
ちなみにこの蔓。一本一本が相当な強度があり、ちょっと引っ張ったくらいではなかなか千切れない。いつぞや、あの化け狐でさえ、力尽くで千切るのを諦めたくらいだ。
「むぅ~! 許さないのですぅ~!!」
地魔法第四番の三『テラ・クラッグ』。巨大な岩がトモダチを襲う。
だが、岩がトモダチに当たる瞬間、無数の葉っぱが散り、トモダチの姿が消えた。
「!?」
マラクスは目を丸くする。
「いや~何つったっけな、コレ。“木遁の術”、だったっけ。久しぶりだけど、うまくいって良かったぜ」
それは昔、ある『忍』に教わった術だった。いや、実はパクったのだが。
背後をとったトモダチは、ガントレットを着けた拳で『悪魔』の後頭部に一撃を食らわせる。
そして、『悪魔』は気を失った。
正直、あまり手こずらなかったトモダチは、本当にこいつはLv4なのかと疑った。以前に戦ったアスタロトという『悪魔』は、自分のことなど眼中に無いとでも云う様な態度であったのに。
だが、冷静に考えてみれば、この『悪魔』の召喚獣の魔眼は本当に危険な物であるし、『悪魔』自身もテラ級の魔法が扱えるほどの実力を持っていた。トモダチ以外が相手だったならば、もっと苦戦を強いられていたかもしれない。
「……まぁ、運が良かったってことか?」
あまり釈然としないまま、トモダチはその場を後にした。