【第七十三話】激動編:三対一
「ったく、こんなとこでミサイルなんかブッ放してんじゃねぇよボケ。あ~あ、赤字だこれで……」
校長が立っている場所は体育用具倉庫……だった。
もはや、ほとんど元の面影は無く、ただ屋根や壁の残骸が転がっているだけである。
「馬鹿なっ……! ワタクシの『炎の氷柱』が……弾き飛ばされた……!?」
マルコシアスは、魔力の翼から攻撃を繰り出したのだが、あろうことか片手で払い除けられたのだ。
マルコシアスは驚愕と焦燥が半々といった様子だ。
「くっ……ならば、これはいかがでしょうか!!」
突如、マルコシアスの身体が震え、魔力の渦が巻いていく。
そして、その姿を変える。
「あん? 何だお前、半獣だったのか?」
それは二足歩行の銀狼。身体は一回りほど大きくなっていて、背中に生えた漆黒の翼もその分大きくなっている。翼が生えた狼というのは、ひどく合わない容姿ではあるが。
「ワーウルフ……いや違うか。人間じゃないから『ワー』じゃないな……何て言うんだ?」
「存じませんね」
一瞬で、マルコシアスが間合いを詰める。明らかにスピードが増している。
そして、その鋭い爪で校長を切り裂く―――ことはなく、すり抜けた。
「なっ!?」
「よぅ」
声が聞こえたのは背後。
「“鉄拳収斂”!!」
かっこつけて言ってるが、ただの右ストレートである。
「!!」
ただし、そんなただの右ストレートも放つのが彼女ならば、大砲に匹敵する威力が備わる。
背中から、とても殴ったようには思えない音が響き、マルコシアスは吹っ飛ぶ。狼状態の身体は通常より頑丈で、そうそう致命傷を負うことはないが、今のは明らかに背骨がイカれた。
苦痛に顔を歪めながら、受身をとろうとした時、彼は信じられないものを見た。
「よぅ」
満面の笑みを浮かべた校長が着地点にいたのだ。笑顔もここまでくると恐怖である。
「“三叉神経粉砕蹴”!!!」
なんとおぞましいネーミング。
校長は飛んできたマルコシアスの顔面向けて、かかと落としを放った。
マルコシアスは悶絶することもなく、気を失った。
「ハ、もう少し持ち堪えると思ったが、そうでもなかったか。つまんねぇ」
ドSである。
「余所見をしていて良いのか?」
「おっと」
背後から近付いたエリゴールが槍による攻撃を仕掛けたが、校長はすぐさまそれを避ける。
「大したものだな、その敏捷性」
エリゴールは漆黒の甲冑の下から、こもった声で話す。
「格下に褒められてもなぁ?」
校長は興味無さそうに答える。
「驕るな。我が槍は、貴様の首を討つ」
エリゴールは大槍を構える。
エリゴールの大槍には追尾能力が備わっており、投擲した場合、敵をホーミングする魔導具なのだ。その名も『ダークネス・チェイサー』。
『悪魔の城』の戦闘では『ガーネット』に負けはしたが、ただの『魔導具』と『聖装』では格が違う。相手になるはずもない。
だが、今目の前にいる敵は丸腰。防ぐことが出来ない。そして、避けることも出来ない。
「死せ」
エリゴールは渾身の力で槍を投げた。そして――
「あん? 何だこりゃ」
「!?」
パシッ、と素手で掴まれて、止められた。
校長の手には傷一つ付いていない。
「馬鹿な……!!」
「ああ、これアレか。闇魔法の特性持ってんのか。つまんねぇ真似しやがって」
バキバキッ、とそのまま槍を握り潰した校長は、エリゴールにゆっくりと近付く。
「くっ……!」
慌てたエリゴールは詠唱する。
闇魔法第三番の三『テラ・ホール』。巨大な黒い塊が出現し、引力を発する。
「だからなんだ?」
いつの間にかエリゴールの背後に回っていた校長は、エリゴールに甲冑の上から鉄拳を食らわせた。身体にダメージはほとんど無いだろうが、衝撃で気絶するだろう。
エリゴールが倒れると、黒い塊は消滅した。
「張り合いねぇな。Lv4ってこんなもんか?」
残った一人の『悪魔』に、校長は問う。
「どうだろうな。私の目には、常軌を逸した『存在』が一人暴れ回っているように映ったが」
ペイモンは冷静な口調で構える。
「おいおい、人を怪物扱いするなよ」
「充分、そうだと思うがな。それと、話している間に微妙に間合いを詰めるな。狡い」
ペイモンは手のひらから魔力を発生させ、何やら椀形にして空中に浮かべる。
「あん? 何だそりゃ」
「質問の仕方はそれしかないのか? 見ていれば、解る」
すると、椀形の魔力から、音が響く。
それは決して鼓膜が破れるような大きな音ではない。ただ、何かが崩れるような鈍い音―――
「!?」
突如、地面が崩れた。足場が悪くなり、校長は思わずしゃがみ込む。
「これは、言うなればスピーカーだ。あらゆる物の壊れる音を発することにより、対象物を破壊する。ただし、生命体以外だがな」
校長は、ちっ、と舌打ちをし、体勢を立て直そうとする。
「悪いが、接近戦では敵いそうもないからな。立たせるわけにはいかん」
ペイモンは、もう一つ魔力のスピーカーを作り出す。
「合奏“二重奏”」
足場は更に悪くなり、崩れた建物の破片が降り注ぐ。
「!」
だが、校長の姿は破片が当たる寸でのところで消えた。
「空間転移か……?」
「その通りだ」
校長は、少し離れたところに立っていた。
「貴様は……一体なんだ? 先の戦いでは赤魔術、黒魔術を扱っていると思ったら、今度は青魔術か? どうなっている」
魔術のセンスとは本来、1つしか身に付かない。ペイモンが疑問に思うのも当然である。
「なんてこたぁない。ただあたしは、赤青黒白の4つの魔術のセンスを持つ。そういう個人の能力を持っているだけのことだ」
「そうか」
新たな魔力のスピーカーが生み出される。
「“五重奏”」
足場が崩れ始める。
「!」
校長はとにかく、足場が崩れる前に移動する。
そして、そのままペイモンのところへ突っ込む。
「言い忘れていたが、生命体は破壊することはできなくとも――」
新たなスピーカーが作られる。
「音響は聞かせられるぞ」
7つのスピーカーが全て校長の方を向く。
「交響“七重奏”」
凄まじい轟音。
「!!」
校長は真後ろに吹っ飛ぶ。
「『衝響波』と云うものでな。空気中の振動を対象へ衝撃という形で与える技だ」
校長は素早く受け身をとる。だが―――
「合奏」
足場を崩され、すぐに反撃に移れない。
「……ハ、強ぇじゃねぇか。同じLv4でも、ここまで差があんのか?」
「どうだろうな。自分のことについては疎くてな。アスタロトが他の者より優れているのは解るが」
ただ、今そのアスタロトの魔力反応が薄れているのが気になるが。
「まぁ、とにかく。遊んでちゃ勝てねぇ相手だってことは把握した」
校長は姿勢を低くし、ペイモンを見据える。
「遠距離戦は確かにそこまで得意じゃねぇ。だったら――」
一瞬の静寂。
「捉える隙も与えないで、とことん近付いてやる」
ドンッ! と、弾丸が発砲されたかのような音と共に、土が蹴り上げられる。
次の瞬間には、校長が目の前にいた。
「!」
ペイモンに交響の照準を合わせる隙は無い。
「“鉄拳収斂”!!」
凄まじい衝撃と共に、真後ろに吹っ飛ぶ。
ペイモンは飛ばされながらも、冷静に状況を判断する。
ここで受け身にまわると、マルコシアスの二の舞になる。ならば、攻撃直後の無防備状態になっているであろう校長を、この飛んでいる状態から攻撃するのが得策。
魔力反応で大体の位置は把握できる。己が持てる最大の力をこの瞬間でぶつける。
「交響“十重奏”」
爆音とでも云うような音が響く。
しかし、先程まで確かにそこにあった魔力反応が一瞬で消えた。
「よぅ」
声が聞こえたのは、背後。つまり、下だ。
青魔術の空間転移だ。だが、なんという発動速度。いくらなんでも速過ぎる。
「歯ぁ食い縛れ」
校長は拳を構える。
「“鉄拳収斂”!!」
勢いよく突き上げられた拳は、ペイモンの背中に食い込んだ。
「がっ……はっ……!」
血を吐き、そのまま地面に叩き付けられる。
「勝負あったな」
魔力のスピーカーは全て消えていて、最早戦う余力は残っていない。
「……ここまで……か。それにしても……まさかとは思ったが……貴様………」
「あぁ、分かったか? あたしは事前に、学校の至る場所に青魔術陣を仕込んである。そうすりゃ、位置指定の時間が省けるからな」
やけに速い青魔術発動のからくりはこれだった。
「言わば、この学校はあたしの領域だ。こんなとこで勝負を仕掛けた方が不利に決まってんだよ」
「フ……力を持っていながら、狡い……。タチの悪い『人間』だ…………」
ペイモンの声は徐々に力を失っていく。
「すみません…………閣下……………」
そして、静かになった。
「はぁ~あ……終わった終わった……」
校長は首をコキリと鳴らして、一息つく。
指揮していた『悪魔』達が倒されたわけだから、これで学校にいる『悪魔』の統率は乱れるだろう。
後は、敵の大将を討てば――
「頼んだぞ、ガキ共」
校長は、月に向かって静かに呟いた。