【第七十二話】激動編:彼女の信じたもの
巨大な体躯に、鋭い鉤爪、長い尾。爬虫類の身体にコウモリの翼が生えたような容姿であるソレは、『観察すること』を意味する名を持つ。
古来より『悪魔』の化身、財宝の守護者と伝えられ、『悪』の象徴として、人々に恐れられた。
それが、ドラゴンである。
(……の、はずなんだけどな~)
目の前、自分の召喚獣であるドラゴンのシルシュと戦う少年は、まるで臆していない。
ドラゴンに跨った状態から魔法を放つも、見事なまでに避けられる。
それでもって、
「3発目だ」
風魔法第四番の三『テラ・ブラスト』がシルシュに直撃。いくら頑丈でも、何発も食らえば堪ったものじゃない。しかも、向こうは魔力無尽蔵状態で加減をほとんどしていないから、やたらに高威力。通常ならば、魔力切れを起こす。
案の定、ここでシルシュの体力は切れたらしく、主人を背中に乗せたまま前のめりに倒れ、そのまま光に包まれ、消えた。
アスタロトは地面に着地し、少年を見据える。
「一応、『悪魔』として本気は出してるんだけどな~……」
種族による力の差。生きてきた歳月による経験値の差。普通に考えて、『人間』が『悪魔』に勝つことができるなど、そうはない。
確かに、それを言ったら、この学校の大抵の人物は普通じゃないことになるが、それにしても今目の前にいる少年は強すぎる。
(想いの力、ってヤツなのかね……)
そんな物は無い、と思っていた。
たとえどんな『存在』だろうと、結局は自分がかわいいのだと。真に、他を想うことは無いのだろうと。
だからこそ、彼女は信じるものを変えた。許されざる行為だろうと意志が揺らぐことはなかった。
だが、何だこの少年の眼は。
真っ直ぐ、鋭く、ただ貫かれた意志の炎。まるで、鏡など見たこともないような眼だ。
こんな奴がいたのか。それも『神』ではなく『人間』の中で。
「……君さ、一体何者?」
「桐谷 秀。『決定者』だ。あと、麻央さんのクラスメイトでもある」
「じゃあ、訊くけどさ桐谷クン。あの娘をどうするつもりなのさ?」
「は?」
「彼女は元だけど、『魔王』だよ? 罪人だよ? 君らとは本来、敵対するような『存在』だよ?」
恐い。この少年が。
「なんで庇うのさ? 結局は同じだよ。この学校は狙われ続けるよ?」
この少年を見ると、自分を否定されているようで、恐い。
「そんなの興味無いんだよ。『元魔王』とか、関係無い。僕はただ、一人の『友達』を助けたいだけだ。狙い続けるなら、狙え。何度でも返り討ちにする」
だが、
「……そっか」
少年の眼は、とても綺麗に見えた。
(もう少し早く、君に出会いたかったな……)
薄れていく意識の中、彼女はそう思った。
「……で、次はあんたの番だぞ。『魔王』」
「……ふむ」
静観していたバアル=ゼブルは、ようやく動き始める。
そして、倒れているアスタロトを見ると、
「……役立たずが」
手に稲妻の剣を形成する。
「!!」
そして、その手を振り下ろそうとした瞬間――
「? 何をしている、貴様」
腕に電気の縄が巻き付いた。
「そりゃ、こっちの台詞だよ。何、仲間に手ぇ出してんだよあんた」
「…………。ふむ、甘いな」
バアル=ゼブルは電気の縄を一瞬で破壊する。
「甘いぞ、『決定者』。貴様のその甘さは、必ず自身の首を絞める」
「何?」
「現に、今がそうだろう? 『悪魔の城』で貴様は俺を殺さなかった。だからこそ、貴様らはこの状況に陥り、多くの血が流れることになった。そう、全ては貴様の所為で」
「…………」
「……ふむ、まぁいい。俺の目的は、この学校の関係者全員の抹殺。貴様は俺が直接殺してやろう」
バアル=ゼブルの背中から黒色の何かが広がる。
翼と呼ぶには少し違う、まるで虫の羽のような。
「俺は、蝿の王。腐敗と汚染の王だ」