【第六十九話】激動編:僕の守りたいもの
まただ。
また同じ間違いを犯した。
大切な人が危険に晒されているというのに、何も知らずにのんびりしていた。
6年前もそうだった。母さんは、それでいなくなってしまったというのに。
何度、繰り返せば気が済むんだ。
僕は、馬鹿だ。
「どうしたの~? 動きが鈍くなってきてるよ~、足立クン?」
「……まあ、それでもなお、僕ですら捕らえられないとは、かなりの速さですが……」
「チッ、やっぱ二人相手じゃ、きついモンがあるか……」
「だったら一人手伝おうか、足立君?」
その場にいた全員が驚いたように、声の主の方を振り向いた。
無論、僕なわけだが。
「秀っ! お前、今までどこにいたんだ!?」
あー……やっぱ、訊くよね。それ。
「まぁ……その、なんだ、トモダチ。決して、今までずっと『待ち人来たらず』の状態だったわけじゃ……」
「―――! 秀、危ねぇ!!」
篭が叫んだ。
横を見てみれば、こちらに向かってでっかい蛇が突進してきている。
うん、そうだな。
とりあえず、今の僕は、とっても虫の居所が悪いということだけ言っておこう。
「退け」
風魔法第四番の三『テラ・ブラスト』。
僕は、目の前の蛇を吹き飛ばした。
「蛇とか亀とか鳥とか牛とか………動物園か、ここは?」
蛇は倒れたまま、ピクリとも動かない。
「元々ダメージがあったとはいえ、ヨルムンガンドを一撃で……」
敵の『悪魔』の一人が呟く。
「マルティム~。あの人の相手、あたしが受け持ってもいい~?」
「え、はあ……構いませんが」
「ありがと~」
話し終えた女の『悪魔』がドラゴンを引き連れて、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「気をつけろよ、秀。あいつは強ェぞ」
足立君が言う。
それはなにも、あの『悪魔』に限ったことじゃないような気もするけど。
「ところで足立君。今更だけど、その真っ白な服は?」
「……実はオレ『天使』なんだよ」
「へー」
「『へー』って、もう少し何かリアクションねェのか?」
「この非常時だし、色々言ってられないからね。状況だけ把握したよ。後でじっくり驚く」
はて、『じっくり驚く』とは文法的に合っているのだろうか。
「あ~、そのことについてあたしからも一つ質問いいかな、足立クン?」
『悪魔』が尋ねる。
「さっき『7人の上級天使』だって言ってたけど、正確な階級は何なのかな?」
「はァ?」
「ほら、九階級に分けた時の階級だよ」
「知ってどうすんだ?」
「気になっただけ~」
「……『座天使』だ」
「ふ~ん……そっか~」
『悪魔』は、なるほどと言わんばかりに頷いた。
「……さてと」
『悪魔』は僕の方に向き直る。
「君の相手は、あたしがやるよ。秀クン、だっけ?」
「あんたは?」
「アスタロト。よろしく~」
アスタロトと名乗る『悪魔』は、柔和な笑みを浮かべながら手を振る。
「突然だけどさ~、ここは大人しく撤退してくれないかな~?」
「何だって?」
「そしたら、ゼブルにある程度は助けてもらうように頼むからさ~」
「何で僕に言う?」
「何となく、君はあたしと同じような匂いがしたんだよね~」
アスタロトはそう言って、
「全部さ、面倒だと思わない?」
「…………」
面倒、ね。
いつもの僕だったら大体のことはそれで済ますだろう。
ただ――
「今は、そんなこと思ってる状況じゃないんだ」
今は、やるべきことがある。
「大切な人達が危うい状況に陥っているというのに、僕は自分だけ助かろうとは思わない」
遠くの方で倒れている狐の姿。学校の方面から聞こえる騒音。
もう遅いのかもしれない。無駄なのかもしれない。
でも――
「そこに可能性があるのなら、僕はその命を助けたいんだ」
何とも臭い台詞。
でも、これは僕の望みだ。
「僕は、僕の世界を守りたい」
僕は、そう言い切った。
「……そっか。残念だな~……」
アスタロトは頭を掻く。
「あたしだってね~、そういうの解らなくはないんだよ~。なんせ、元々アレだったし……。ただ、今この状況だからこそ、この判断を促したんだけどな~……」
「…………」
「……まぁ、仕方ないか~……」
アスタロトは、ドラゴンの背中に跨った。
「久しぶりに、やる気出してみるかな~……」
ドラゴンが雄叫びを上げる。鼓膜が揺れる感じがする。
「……そうすればいい。僕も、枷は外した」
『真偽の決定』。
僕は、一時的な魔力無尽蔵を『真』と決めた。