【第六十八話】激動編:理想の戦い方
この世界で生きるに当たって、力を持つことは良いことである。
力の形は財力、権力、腕力と何でもいい。とにかく、そのことに関して誇示するだけの力があるのならば、人はそれだけで優位な立場になれる。
単純な話、強者は弱者の上に立つことが出来るからだ。
少年の母親は、やたらと最強で、戦闘力という一つの事に関して世界を極めた程である。
そんな訳で、少年は母の恩恵を授かり、普通に生活するには釣りが来て止まない程に強力な力を持っていた。
だが、力を持つ者には、力を持つ者の悩みがある。
力の加減。少年には、それが出来なかった。
潰さないように羽虫を叩く。飛ばさないように塵を吹く。そんな難問の毎日。掃除をしようとすると木々を薙ぎ倒してしまい、後始末をしようとすると森を全焼させてしまい、火を消そうとすると洪水を起こしてしまった。
少年は、自らの力を恨んだ。自分のせいで、赤の他人に、友人に、みんなに迷惑がかかる。ならば、どうすればいいのか。
少年は努力した。ただひたすら、自分の力を制御できるように努力した。もう二度と、自分の力で人を傷付けないと胸に秘めながら。
高田 優とは、そういう人間である。
「貴方、自分の仲間を助けなくて良いの?」
「僕の力は、人を傷付けない力だ。護るための力じゃない。それに、あいつらなら自分達で何とかできるだろう」
『悪魔』の問いに、優は当たり前のように答える。
「ふふ……信頼しているのね……、『高田 優』さん?」
「あれ、僕あんたに名前教えたっけ?」
「ふふ……私の目はね、相手の名前が見えるのよ」
「その特技……何かメリットでもあるのか?」
「昔の魔術師達にとってはね、真の名前を知るということはその者の支配を得ることと同じだったの。だから私は、この能力によって対人無敵を誇っていたのよ。……ただ、そんな決まり事も時が経つ毎に忘れ去られていき、いつしか真の名前とはその者を縛る物ではなくなった。真の名前が彼らを縛っていたのは、彼らがそれに対して持っていた『先入観』のため。思い込みこそがこの決まり事を成り立てていたから、それが忘れられたことによってこの決まり事は効力を無くしたのよ」
「……まぁ、要は今は何の役にも立たないと」
「ふふ……そうね。手品の一つにしかならないわ。ただ――」
『悪魔』は、手のひらの上で電気をバチバチと鳴らす。
「私の力は、これだけじゃないってことだけ理解してくれるかしら?」
「戦る気か?」
「そうね、これは命令。『この学校に住まう者全てを抹殺せよ』。布教活動をほったらかしにして、くだらない事を始める『魔王』で困ったものだわ。『元魔王抹殺運動』は、なかなか面白かったけれども」
「へぇ……」
「それでは、死になさい」
雷魔法第六番の二『メガ・スピア』。槍状の雷が放たれる。威力も詠唱スピードも申し分無い、簡単には避けられず、当たれば致命傷の一撃。
ただ、雷の槍が獲物を捕らえることはなかった。
「!?」
突如出現した、土の壁に阻まれて。
「んー……まぁ、悪くない攻撃だな」
「これは……?」
「地魔法第三番『ソイル』を応用して形作った防御壁。低コストでなかなか防御力が高いから、使い勝手がいいんだ。これ」
優は冷静に言う。
「くっ……!」
水魔法第四番の二『メガ・カノン』。
水の砲弾は、土の壁を吹っ飛ばし、優を襲う。
「へぇ……いい威力」
優は、飛んできた砲弾を手で弾き飛ばした。
「なっ……!」
「光魔法第三番『オーラ』を縮小させて、手に纏わせたんだよ。まぁ、あれくらいの威力となると、結構な量の魔力を使わないといけないけど」
「貴方……」
「『全ての魔法のセンスを持つ』……それが、僕個人の能力だよ。まともに、全部扱えるようになるまで7年はかかったけどな」
これが、彼の努力の結果。
彼の導き出した答えだった。
「…………。ふふ……そうなの」
『悪魔』は不敵に笑う。
「……面白そうね」
『悪魔』は構える。
「……止めておけ。あんたに、僕は倒せない。僕は、無闇にあんたを傷付けたくはない。この場は、ただ退いてくれ」
「嫌、ね。ほんと、久々に楽しくなってきたわ。6年ぶりくらいかしら。戦いがこんなに楽しいなんて」
炎魔法第六番の二『メガ・ポール』。
巨大な火柱が、優に向かって放たれる。
「……ったく、仕方ないか」
優は呟いた。
水魔法第二番の二『メガ・クレント』。
水流と火柱は、ぶつかり合って消え、周りに大量の水蒸気を撒き散らかす。
「なあ……あんた、何て名前なんだ?」
「私? ウィネ、っていうけど?」
「そうか……。じゃあ、ウィネ。これからあんたに、最初で最後であろうアドバイスをやる」
「あら、私に?」
「あんたの魔法は、僕から言わせてもらえば、固い。形式に囚われすぎている。確かに、決まった詠唱方法はあれど、魔法とは本来、自由性の高い物だ」
「…………」
「あんたの魔法は、オリジナリティが無い」
「言いたいことはそれだけ?」
ウィネは、優に向けて手をかざす。
「最後まで聞きな。例えば、今この空気中に漂っている水蒸気。これを見てどう思う?」
「何が言いたいのよ」
「正解発表の時間だ。これは元々、僕が放った魔力だ」
優は、指をパチンと鳴らす。
すると、辺りの水蒸気は渦を巻いて、ウィネに纏わり付く。
そして、手足に氷の枷が形成された。
「…………!」
「要はだな、もっと捻った扱い方を考えてみたらどう、ってこと」
次の瞬間、電気の縄や木の腕などが湧き出し、完全にウィネを捕縛する。
「……さて、この状態でならコレを外すことはないだろう」
優は、動けないウィネの頭の上に手を乗せる。
「何を……」
「脳に直接、電気で衝撃を与える。傷を付かせずに戦いを終わらせる、いい方法だ。目が覚めた後に後遺症が残ることも無くは無いが……まぁ、『悪魔』だから大丈夫だろう」
「…………。ふふ……全て、計算通りってことね」
「そりゃ、理想の戦い方するには、頭を使うしかないでしょ。ってな訳で、おやすみだ」
優は、詠唱を開始した。