【第六十二話】激動編:とある狐の本気
隔靴掻痒。
何故。
何故、止められない。
何が起こるか予測出来た筈なのに。最も状況を理解することが出来る筈なのに。
何故、起こる前に止められない。
前回も前々回も。どう足掻いても思うようにならない。歯痒い。もどかしい。焦れったい。
全て、見透かせるのに。
「ここから先は通さんぞ」
学校から少し離れた所。一匹の『妖怪』が、『悪魔』の軍勢の行く手を阻む。
「ふむ、山中 妖狐……貴様が最も早く動いたか」
『悪魔』達の中心に立つバアル=ゼブルは、妖狐を見据える。
報告によれば、九尾の狐の『妖怪』。前回、『悪魔の城』での戦闘では、マルティムと交戦し、5分も経たずに勝敗が決したという。あの学校の中でも、特に警戒すべき実力者の一人。
「麻央を返してもらおうか」
妖狐は、低い声で言い放つ。
「……そう吼えるな、女狐。いくら『天狐』とはいえ、この人数相手に抗う気か? 自殺行為だぞ」
「はっはっはっ。……なら、試してみようか」
凄まじい重圧。
多くの『悪魔』達はその放たれる妖力の禍々しさに慄然する。
バアル=ゼブルは一人、冷静に構える。
「……ふむ、ならば駒は惜しまぬ」
刹那、妖狐に巨大な影が飛びかかる。
「!」
妖狐は、間一髪で飛び退いてかわす。
来ることは分かっていたが、想像以上の速さ。あと一瞬、反応するのが遅ければ……。
「ロキ大閣下が遣わせてくださった魔獣だ」
大きな顎に鋭い牙。それは、体長7メートルは超そうかという巨大な狼だった。
「名を、ヴァナルガンドという」
ヴァナルガンドは狼独特の長い遠吠えをすると、妖狐に再び襲いかかる。
何とか攻撃を避けるが、やはり速い。噛み付かれでもしたら、一巻の終わり。慎重に確実に避ける。
そして、隙を突いて“狐火”を食らわす。
ヴァナルガンドが悲鳴を上げて飛び退いていく。一先ず、これで態勢を立て直す。『悪魔』達の動きも視野に入れ、次の手を考える。が―――
突然、背中を襲う衝撃。
「っ……がはっ……!」
前に吹っ飛ばされ、受身も取れずに地面に叩き付けられる。
妖狐は、痛む体を何とか起こして立ち上がり、背後にいたものに目を向ける。
とにかく長く、巨大な蛇。長すぎると言っても過言ではないだろう。20メートルは優に超えている大蛇がそこにいた。
「其奴の名は、ヨルムンガンド。ロキ大閣下が遣わせてくださった二匹目の魔獣」
ヴァナルガンドとヨルムンガンド。どちらも魔獣としては最強レベル。もしかしたらLv4の『悪魔』を相手にするより厄介かもしれない。
「……なるほど」
妖狐は、手首をコキリと鳴らす。
妖狐は分かり切っていた。このままでは、先に通さないという目的を果たせないことに。下手をすれば、この戦いで自分が命を落とすことに。
ならば、いっそ――
「本気を出さなければならないようだ」
全力で、暴れるのみ。
「喜べ。狐の化けの皮が剥がれることなぞ、そうは無いぞ」
妖狐の体から尾が生えていく。そして、帯びる妖力の禍々しさも濃くなっていく。
「その目に、焼き付けておくといい」
『悪魔』達はその光景に畏怖の念を抱き、今にもその場から逃げ出したくなる衝動に駆られる。
(僕のサラマンドラも、アレにやられたんですよね……)
その中、Lv4の『悪魔』マルティムは前回での戦闘のことを思い出し、軽く苦笑いを浮かべていた。
「これが、『天狐』だ」
『悪魔』の軍勢が学校に達するのは、この10分後のことであった。