【第六十話】激動編:始まりの接触者
雑踏。
無数の人々が行き交う中、黒井 麻央は立っている。
そして、一人のクラスメイトを待っていた。
(ちょっと早く来すぎちゃったかな?)
今は、約束の時間の30分前。待つには少し長い。
彼女は悴んだ手を温める。
すると、一人の男が近付いてきた。
「ねっ、君一人?」
知らない人。チャラチャラした格好をした青年だ。
「違います」
そう言って、その場から立ち去ろうと後ろを向く。
だが、そこにもう一人の男が立ち塞がった。
「そう言わずにさぁ。ちょっと俺らと遊ぼうぜ」
周りを見てみれば、もう二人こちらの様子を伺っている男がいる。どうも、囲まれているようだ。
(つまらないことに必死だなー……)
そんなことを思う。
「……わかりました」
そう言うと、男達に笑みが零れる。
「……なんてね」
次の瞬間、彼女は目の前の男に体当たりをお見舞いし、怯んでいる隙に人混みの中へダッシュした。
「ゲホッゲホッ……、あのクソ女ァ!」
「待ちやがれっ!!」
男達が物凄い形相で追いかけてくる。
麻央は、近くの路地裏に入った。
しかし、進んでみると、そこには若干広い空き地があり、行き止まりだった。
「もう逃げ場はねぇぞ、コラ」
四人の男は、袋の鼠とばかりに麻央に近付く。
「たっぷり礼をくれてやるぜ」
先程、体当たりをくらった男が麻央の腕を乱暴に掴んだ。
しかし、男は、どれだけ強く引っ張っても微動だにしない彼女の姿を奇異に感じる。
「……何か、勘違いしてない?」
路地裏。建物に囲まれた小さな空間。
何度かむごい音がした後、そこには四人の男達が力尽きたように倒れていた。
そして、そこに立つ少女が一人。
傍から見れば、大量殺人現場に見えなくもないが、そんなことはなく。
彼女はただ、それぞれ脳天に一発ずつ拳を喰らわしただけなのだ。
ちなみに路地裏に入ったのは、公衆の面前で暴れる訳にもいかなかったからだ。警察沙汰になるのは言わずもがな、元々あまり表の世界で目立ってもいけないからだ。
そんなこんなで、麻央はその場から立ち去ろうとした。
その時。
「ハッ、案外元気そうじゃねぇか。『漆黒の魔王』さん?」
背後。
ボサボサの銀髪に、眼帯。
「……クロセル、だったっけ?」
「ほう? 名前覚えてたのか。コイツは驚いた」
「で、あたしに何の用?」
麻央から重圧が放たれる。
「ハッ、こんな場所じゃ、そう派手に暴れられねぇよ。世の戒律に触れちまう。『悪魔』だって『夜摩天』にゃ頭が上がらねぇんだよ」
クロセルは右眼を閉じる。
「……まぁ、これくらいは出来るがな」
紅い光を放つ眼。魔眼だ。
突如、麻央の視界が揺らぐ。
(幻術……?)
しばらくじっとしていると、だんだんと周りの景色が見えてきた。
だが―――。
「!」
それは、時々、夢で見る光景。絶対に思い出したくない過去。
父が殺され、母が殺され、友が殺され、飛び散る血、血、血。
「い、いや………」
湧き出る悲嘆、絶望、憎悪。
「いや………」
そして、自分の手すらも赤く染まり―――
「いやああああああああああああああああああああああああああ!!」
麻央の意識はそこで途切れた。
「あれ……? 来ないな……」
桐谷 秀は、約束の時間から10分経っても現れないクラスメイトに待ちぼうけを喰らっていた。