【第六話】崩壊編:物語の姿
ここ最近は平和だったが、やはり長くは続かないらしい。残念なことだ。
どうやら、そろそろこの物語の本当の姿を教えなければならない時が訪れたようだ。
この時が来ることなど望んではいなかった。僕はこの世界が嫌いだからだ。だからこそ、その兆しがあれば無視してきた。面倒だと避けてきた。
だが今、この状況下に置かれ、その時は来た。来てしまったのだ。
もう一度言おう。望んではいなかった――――
一旦手に持っているチョークを棚に戻し、僕はその黒いローブを着た人物に向かい直る。
「……とりあえず、何者か聞こうか?」
「…………なるほど。動じる様子が無いところを見ると、やはりこの学校の生徒はそういう者ばかりのようだな」
珍しい物に関心しているような物言いだ。それから、声のトーンが低い。男か?
「何者か、と言ったな。お前も、その世に生きる者ならば大凡の見当は付くのではないか?」
「知らないよ、この世には奇人変人は腐るほどいるからな」
事実、僕の周りはそう呼ぶに相応しい人達で溢れている。当たり前すぎて、何が狂っているのかも判らなくなる程だ。というか、そもそも僕の周りに、一般で言う『普通』というのに該当する人物は誰一人としていない。
僕の言葉に、男はなるほど、と低く笑った。
「ならばいいだろう、教えてやる。俺が何者なのかを」
男は一歩前に出て、
「お前、『悪』に就く気はないか?」
そう言った。
「俺達は、俺達の信念に基づき『悪』の旗を掲げ、『悪』を信仰し、人間を『悪』へと導く『存在』――――」
男は少し間を置く。
「人はそれを『悪魔』と呼ぶ」
『悪魔』。男はそう言った。
顔は見えないが、まるで今の自分を誇りに思っているかのような口調。そりゃ、そうだろう。この男はそれが至高だと思っているのだ。誰に何と言われようと、それがこの男自身の美学。唯一無二の己の存在意義。さぞ満面の笑みを浮かべているのであろう。
そう思うと、無性に腹が立ってきた。
「願い下げだよ。んな下らないこと」
僕は真顔でそう言い切った。
「そうか。ならば俺がお前にすべきことは一つだ」
自慢げな口調から一変、人を蔑むような冷たい口調になった男は、懐からダガーナイフを取り出した。随分物騒なもんだ。
「俺達は、ある方からの命令で動いている。命令の内容は二つ。一つは、この学校の人物への『悪』の勧誘。そしてもう一つは――――」
男はナイフの切っ先を、僕の方へ向ける。
「その勧誘を断った者の、抹殺だ」
とりあえず、僕の知る世界とはこういうものである。