【第五十九話】前触れ
「………海藤 魚正。清華 英雄」
「何だ、筧。っていうか、本当にどうにかならねぇのか、人をフルネームで呼ぶ癖」
「細かいことは気にしない方がいいッスよ、魚正」
『勇者』達の寮部屋にて、魚正と英雄は、筧に話しかけられた。筧は、ほとんど自分から話しかけてくることは無いので、こういう時の話題といったら一つしかない。
「………『魔界』に動きがあった」
「おお、やっと動き出したか。で、どんな感じなんだ?」
「………『魔王』バアル=ゼブルが、『大魔王』と接触したようだ」
途端、空気が凍る。
『大魔王』―――それは、『悪』の全てを統治する『存在』。『魔王』『炎王』『氷王』を統括する絶対的な『悪』。言い換えれば、魔神や邪神といったところだ。
「……マジッスか、それ」
筧は無言で頷く。
「………もし、交戦するようなことがあれば、ボク達だけでは対処しきれない。………だから先日、本部に戻って厳戒体制を布いた」
「ああ……あの肝試しの晩か」
「………応援要請もしたが、すでに一人、こちら側に『天使』の一員がいるらしい」
「『天使』がッスか?」
「初耳だな、そりゃ」
「で、誰なんスか?」
「…………」
筧は、その人物の名前を言った。
暗闇に潜む人物が一人。そして、その人物に話しかける人物が一人。
「また、行くのかい?」
少年は少女に言った。だが、返答は無い。
「ここ最近、ずっとじゃないか。一体、何を……」
彼らは表裏一体。ずっと一緒に存在してきた。だからこそ、解り合えないこともあるのだ。
所詮彼らは相反する『存在』であり、彼は『陽』、彼女は『陰』なのだ。
彼女は、闇に生きる運命を辿る『存在』だった。
「……噤」
「――――」
『無口その2』こと、不知火 噤は、闇の中へ姿を消した。
南条 陽介は、その様子をただただ見ていた。
彼女を取り巻く闇は、彼の能力を持ってしても掻き消すことは出来なかった。
夜の闇の中。学校の寮棟の屋根の上に、化け狐が一匹佇んでいた。
同じ寮部屋の人物は、夜になると大抵出掛けてしまう。何処へ行くのか、見透かせば分かるがそんなに深追いする必要も無い。
「そろそろ、かねぇ……」
そう小さく呟いたその顔は、どこか哀しげであった。