【第五十五話】肝試しの話 2
手元から放たれる僅かな光を頼りに、真っ暗な建物の中を歩く。
僕らは決められたルートを順調に進んでいた。
進んでいたのだったが。
不意に、手元からの明かりが消えた。
僕は指でガチャガチャといじってみたが、どうもならない。
「……秀くん、もしかして」
「……うん」
僕らは盛大に溜め息を吐いた。
「懐中電灯の電池が切れた……」
この廃校舎は、聞いた話だと、30年程前に閉鎖された物で、その理由は建物自体の耐久度が落ちてきたから、ということらしい。が、実際のところ、その前にこの校舎では色々と物騒なことがあったらしく、そちらの方が本当の理由なのではないか、という噂が立ち始め、何だかんだで『曰く付き』となった、ということらしい。
『物騒なこと』の中には、生徒の自殺やら何やら恐ろしい物が混ざっており、決して軽い気持ちで入ってはならないような気がするのだが、そうは思わない輩もいる訳だ。寧ろ、それはその人々の冒険心を掻き立てる物であり、人々は惹かれるように建物に誘われるということだ。全く、ゾッとしない話だ。
「どうする、秀くん?」
「まぁ……何か、ルートがよく分からなくなったしね……。どこか適当に落ち着ける場所でも探そうか」
校舎内は真っ暗。
富士田君と足立君が説明したルートは、2人が事前に用意した目印を歩いて辿るという物だったが、明かりが無いので分からないのだ。
一応、目も慣れてきてはいるのだが、それでも明暗が判別できる程度。色の判別はまず無理。
人間、こんな長時間暗闇にいたら萎えるよ。ほんと。
「あ、秀くん。この教室、入れるよ」
少し前を歩いていた麻央さんが言った。
ん? 普通、ここは手を握るだろって? 誰がそんなことやるか。というか、出来るか。
「……化……学……室、か」
暗くて、まともに字も読めたもんじゃない。
中に入ると、どうも月が出ているようで、窓際はうっすらと明るかった。
そして、そのせいであまり見たくない物を見た。
「……こういうものを窓際に置くなよな……」
人体模型だ。
廃校舎に佇んでいるソレは、見るからに不気味な雰囲気を醸し出している。
僕は、なるべく目を合わせないように窓に近付く。
「……あ~、くそっ。この窓開かないし……」
「開いたとしても、二階だよ。ここ」
「二階くらいの高さなら飛び降りられるでしょ、僕らなら」
「あはは、そうだね。……ん?」
麻央さんが何かに気付いた。
「これ……」
机の上に一つだけ置いてあったボロボロのノートだった。そして、ページを開くと……
『4/10 元素のことについて習った。
4/14 元素記号を覚えるのは大変だ。
5/16 今日も窓を見てみる。そ―――』
「……日記かな? 途中で途切れちゃってるけど」
「4月14日から5月16日までの空白は何だろうね」
「飽きたのかな? 日記ってよく飽きるよね。あたしも1週間もしないうちにやめちゃったことあるよ」
「ふ~む……」
もう一度、ノートをよく見てみる。
すると、ノートの裏側にでかでかと『この校舎に入った方へ』と書いてあった。
……はて、このノートはこの校舎が閉鎖される以前の物ではないのか。
この日記を書いた人は、何か伝えようとしている……?
もう一度、日記を読む。
ふと、一文に目が止まった。
『今日も窓を見てみる。』
窓……。
僕は、窓の方をちらっと見て、ある物に気付く。
元素の周期表だ。
元素記号……。
僕は、周期表をまじまじと見る。
「……秀くん?」
何だろう……何か、引っかかる……。
4/10……4/14……5/16………。
「ん?」
待てよ。これはもしかして……。
周期表に当てはめてみると、4/10はニッケル。4/14はゲルマニウム。5/16はテルル。
ニッケル……ゲルマニウム……テルル……。
Ni……Ge……Te……。
ニ、ゲ、テ。
後ろを振り向くと、そこには真っ白な顔をした女の子がいた。