【第五話】崩壊編:頼みと幕開け
それは、十月の下旬頃の出来事だった。
「秀くん、ちょっといい?」
休み時間。次の授業の支度をしていた僕は、その人物に呼びかけられた。
「何だい、黒井さん?」
「あはは、秀くんいつも、よそよそしいよねー。苗字でなんて」
「ん……じゃ、麻央さん」
「…………」
あれ、何だろう? なんか顔が赤くなってるような?
「……い、いや普通に『まーさん』でいいよ? トモダチくんみたいに」
「うーん……どうも、あだ名とかで人を呼ぶの嫌なんだよね」
トモダチに関しては、本人が懇願してたから別だが。
「そ、そう……」
「で、麻央さん、なんか用?」
「あ、うん……」
若干落ち着きが無いまま、麻央さんは話し始めた。
麻央さんの話の内容は、簡単なものだった。
黒板のチョークが無くなったから職員室まで貰いに行ってほしい、とのことだ。
本来チョークの補充とは日直の仕事。今日の日直が誰であるかと訊かれれば、麻央さん以外の誰でも無いのだが、当の本人は別の用があるらしく、僕に頼んできたという訳だ。面倒ではあるが、麻央さんからの頼みなので、僕は引き受けることにした。特に断る理由も無いし、自分を頼ってくれているという風に考えれば別に悪い気はしない。彼女は、僕の数少ない女友達の一人だ。ただし、これで頼んできたのがトモダチとかだったら話は別であるが。
そんなこんなで僕は今、職員室前にいる。まぁ、さっさと頂戴するとしよう。
ガラッ、と戸を開けると、僕は一瞬自分の目を疑った。
「…………?」
先生がそこに誰もいなかった。再度言うが、今は休み時間である。こんなことがあるのだろうか?
考える。職員会とかは放課後だろう。ならば全員トイレとか……だがさすがに全員はおかしい。次の授業への移動でも、何人かは残るはず。
…………ま、いっか。誰か来るのを待つのも面倒だ。チョークだけ取ってこう。確か、こっちの棚の中―――お、あったあった。白チョークは、4本くらいでいっか。他の色のも1本ずつ貰ってこう。計9本のチョークを持って、僕が職員室を出ようとした時だった。
全身に黒いローブを纏った人物が、職員室の戸の前に立っていた。
「…………」
何だ、こいつ。
顔まで隠れているため、男か女かも判らない。
……っていや、そんなことは至極どうでもいい。男なのか女なのか何者なのか何故ここにいるのか等々、湧き出るあらゆる疑問は差し置いておく。そんなことよりも、アレだ。
これは、間違いなく面倒な展開になってきている。