【第四十八話】白銀の戦争 4
時は金なり、命なり。
それが惜しくば、その一秒を無駄にするな。
「速攻二人が消えるとは、キツイなー……。これじゃ、ほんとに僕が本腰入れるしかなくなるじゃないか」
「こちらとしては最初からそうだと嬉しいのだがな、高田」
「寒いんだよ。呂律が回らなくて、うまく詠唱出来なくなるんだよ」
「嘘を吐け。そんなもの魔法でどうにでもなるだろう」
「……力を付け過ぎるとね、たまに加減し損ねるんだよ」
雪球を手に持つ。
「僕はなるべく、人は傷付けたくないんだ」
男子生徒・高田 優は一人、敵陣へ駆け出した。
「高田が来たッスね。なら今、敵陣にいるのは4人……」
「アレやるには絶好のチャンスだ。行くぞ、初見!」
「うむ」
『勇者』2人と初見は、走り出す。
「遁術・天遁十法“風遁の術”」
ぶわっ、と風が優に押し寄せる。
「くっ……!」
堪らず、目を瞑る。
そして少しして、目を開けると――
「あたい達が相手してやるよ」
水島、ヒナ、篭の3人に囲まれていた。
(残りの3人は……)
優は後ろを振り向く。
初見らは、Aチームの陣地に突入していた。
(……1対3、か)
優は目の前の3人に対して身構える。
「骨の1、2本折ったって、知らないぞ」
Aチームの陣地に入った瞬間、3人は散らばる。
『この作戦は、此方のチームの人数が向こうのチームの人数より勝っており、敵陣内の人数が三人以下となった時に、実行する』
魚正は筧に、英雄は南条に、初見は不知火に、それぞれ張りつく。そして、ハクには――
『向こうは恐らく、ハクの結界を使うて旗を守るであろう。そうなれば、力尽くでは手間がかかる』
もう一人の、初見が。
「不知火に付いておる方は、拙者の“影分身”だ。半身であるが故、身体能力は半減するが、足止めには充分。そして、拙者の目的は―――」
初見は、ハクと旗を包んでいる結界に手を伸ばす。
「この結界の解除」
ハクの使う結界は一種の呪術の類であり、筧の使う魔法障壁などとは些か異なる。というか、かなり違う。
完全な魔力で出来ている訳ではなく、魔力が込められた特定の札に式を書き込むことで結界を発生させるというものだ。書き込まれた式が、難解であればあるほど、結界も複雑強固な物となる。
この結界には力尽くで破る他に、もう一つ、解除方法が存在する。それは、その札に書かれた式を解くということである。
要は、『馬鹿には解けぬ結界』ということなのだ。
だが、初見はこれまで幾度となくハクの結界を見続け、大抵のパターンを覚えている。自力では時間のかかる式でも、解を知っていれば一瞬で解くことが可能だ。
そうして結界を解除出来れば、人数は6対5。更に旗を奪うという選択肢が増え、Bチームの勝利は目前となる。これこそがBチームの最重要作戦であった。
そして、初見は式の解答に臨む。
(……! この問題は……!)
「EFE……」
「ん?何か言ったか、よーこさん」
「あ、いや。ハクくんの結界の問題さ」
「分かるのか?」
「どんな問題なのかは、見透かせば分かるさ。それにしても随分と難解なものを……」
「どんな問題なんだ?」
「EFE――『Einstein's field equations of General Relativity』。アインシュタインの重力場の方程式さ。ハクくんの問題は、球対称かつ真空な時空を仮定した時に得られるこの方程式の解を示せというもの。これは一応、EFEの最も簡単な解さ。説明を大幅に省いて解のみを言うと、Gは重力定数、Mは重力を及ぼす中心物体の質量、dΩ^2=dθ^2+sin^2θdφ^2は、2次元球面を表す計量とし、rを動径座標とする球座標を使って、『ds^2=-c^2{1-(c^2r/2GM)}dt^2+{1-(c^2r/2GM)}^-1dr^2+r^2dΩ^2』となるのさ。バーコフの定理で、この解のみということは示される。この解は、シュヴァルツシルトの解と呼ばれ、ドイツの天文物理学者カール・シュヴァルツシルトが1916年に見つけたアインシュタインの一般相対性理論から重力場を記述する最初の特殊解であり、ブラックホールの存在を示唆しているのさ。ちなみに、この解は………」
「ちょっと待ってくれ、よーこさん。単刀直入に言うぜ。さっぱり解らん」
「要は、だ。万有引力の法則を更に強い重力場においても適用できるように拡張した方程式の解の内の一つさ。……まぁ」
よーこは、結界に手を伸ばした初見を見据える。
「仮に、この解を知っていたとしても、こんな一瞬で答えられそうにないがねぇ」
「……甘いな、初見? 戦闘時という極限状況ならば未だしも、このような時に簡単に答えられる問題が来るとでも?」
ハクが結界に付加させた効果。それは、結界に触れた者の検束。
初見は、自分の意思で動くことが出来なかった。
「『為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり』。多少、無謀と思える計画を実行に移したのは大したことだ。だが、生身で空を飛べと言われて、飛べる奴はいない。一瞬で地球の裏側に行けと言われて、行ける奴はいない。出来ん事を足掻いたところで、無駄。何もならん」
ハクは、雪球を手に持つ。
「お前の作戦のミス。それは、俺に問題を作る時間を与えすぎた事だ」
雪球を投げる。
ボスッ。
「初見、アウトー」
「暴虎馮河。よく見定めることだな」