【第四十一話】テスト返し
「おい、桐谷」
「何ですか、先生」
「テストにラテン語で解答したら間違いにする、って言っておいたよな?」
「いや、片仮名を度忘れしてしまいましてね? たまにあるでしょう。そういうこと」
「ねぇよ」
わかったと思うけど、社会科のテストが返ってきた。
僕が『Octavianus』と書いた解答欄は、他のものよりも力強くバツが書かれていた。
正直、ふざけ過ぎた。うん。
今日は結局、英語科以外の全ての教科のテストが返ってきて、4教科で293点という結果を目の当たりにしていた。
国語は62点。つくづく、高校レベルの現代文の長文読解は難易度が馬鹿げてると思う。
文を読んで感じることなんて人それぞれに決まっているのだから、決まった一つの答えを求めるのは無理難題というものだ。誰も間違ってはいないはずなんだ。あえて言うとすれば、その問題の作成者が間違っているのだ。
………とまぁ、何と勝手な自論を述べたところでそれが届くはずも無く。僕は、ただただ模範解答を機械的に覚えることしか出来ないのだ。嗚呼、自分は何と無力なのだろう。社会という強大な敵の前に牙を剥けることすら出来ないとは。
「随分と大層な事を考えているねぇ、秀くん」
「……よーこさん。人の思考を勝手に読み取って、コメントしないでくれるかな。今、僕は物凄く恥ずかしいんだけど」
「はっはっはっ、妖のワタシに感情理解を促すのも無理難題というものだ」
………何と言うか、この人……人じゃないね。
この『妖怪』は、強いと思う。
力はもちろんのことだけど、それ以上に精神面。姿勢を崩さない。
それが、『人間』と『妖怪』の差なのかもしれないけれど、やっぱり思う。
よーこさんは人間を、いや、『悪魔』や、下手すれば『天使』さえも超越する。
格が違う。
感情理解についても、きっとそう。低レベルな僕らを理解出来ないだけなのだ。
「少し、買い被り過ぎではないか、秀くん? 君の推測では、ワタシがクラス最強になっているようだが、ワタシの推測では、このクラスで一番強いのは君さ」
「少なくともそれは違うよ、よーこさん。実力でなら絶対に麻央さんや高田君の方が上。あと、もしこのクラスで一番だったらそれこそ『神』だと思うよ、僕は」
「…………。まぁ、どう受け取るかは君の自由さ」
? 何だろう、今の間は。
「ところで、よーこさんはテストどうだったのさ?」
「まぁ、解答を見透かすのは造作も無いが、それではつまらないからね。ちゃんとやっているさ」
「へぇ……」
まぁ、そりゃそうだろう。
「いやぁ、数学は満点なんだが、他が酷いね。特に、国語と英語は駄目だ」
とりあえず、前者には突っ込むべきか、否か。
「何ならブラックホールの質量計算でもやろうか?」
「結構です」
「はっはっはっ」
「…………。話は変わるけど、よーこさん」
「ん? 麻央の点数が気になるのか?」
「…………」
「勝負してるんだってねぇ。それが、ワタシをここに呼び出した理由か」
言い忘れたけど、ここは学校の屋上。すでに全ての授業が終わった後だ。
「……トモダチの提案で全部の教科が返ってきてから、点数を見せ合うことになって……まぁ、わかってるか。とりあえず、気になって仕方が無い」
「そうか。まぁ、はっきり言うと麻央の現時点の点数は288。君より5点低い」
「結果は?」
「それは、返ってきてからのお楽しみというものだろう? いずれ分かることさ」
よーこさんは妖艶に微笑んでいた。
「……そう」
「それでは、ワタシはもう去るよ。君も早く帰ったほうが良いぞ?」
そう言うと、ふっと消えた。流石の身のこなしというか、何というか。
……というか、結構、恥を忍んでやったことだったんだけどな……。何だ、これは。
僕は、しばらく英語の授業が無いことを再度確認して、溜め息を吐いた。