【第四十話】ある寮部屋の風景 2
「あ~……」
「その声から始まるのは、前に一回あったと思うぜ、秀」
「うるさいな、トモダチ」
いつもの寮部屋。
僕らは、学校の授業が終わって帰ってきていた。
「で、どうしたんだ?」
「筋肉痛。あの一件で走り回ってたから、痛くて」
「あぁ~、そういえばそうだったな。『麻央さんの所に向かってる』とか言って」
「いきなり口を挟むな、篭」
「でもよ、それだったら篭も同じだろ。全員を集めるために走り回ってたんだぜ?」
「心配いらねぇよ。オレは鍛え方が違うって。何のために、山にこもってたと思ってるんだ」
「そのことで気になったことがあるけど、お前の名前に添ってるよな。その修行法」
僕の言葉に、篭は硬直した。
「確かにそうだな」
「トモダチ、気付いてなかったのか」
「……お前も気付くなよぉ、秀ぅ………」
なんかよくわからないけど、篭が落胆している。
「いやだからオレは嫌だったけど、アクが『古来より、修行の場は山と相場が決まっている』とか言って、強制されてな? しかも、アクって亀だから、名前ともろ被りになるから、帰ったら絶対誰かに何か言われると思ってたんだよ、ほんと」
あぁ、亀山だからな。苗字。
名前がそのまま被ってるから、それを指摘されるのが嫌だったと。あ~、なるほどなるほど。
………って、
「ガキか、お前は」
「そんな一言で済ますなよ!! オレにとっては、結構辛いことだったんだ!!」
「一言で済ますな、って言ってもコメントしにくい。幼稚過ぎる。っていうか、なんで微妙に涙目………」
そこまで言って気付いた。
これは、意外と面倒なことだったようだ。
「……ま、同意しておく。あ~……脚が痛い」
適当に切り上げて、布団に寝転がる。
ああ、本当に嫌だね。
黒い世界を見るのは。
この世界で最も恐ろしい物。
それは極々単純な物。
黒井 麻央を『悪魔』に堕とした直接的な原因もその一つ。
彼女だけでなく、誰もが味わったことがある。
これこそが、後々事件を起こす者達に引き金を引かせた、世界を覆う最大の『存在』。
『負』