【第四話】何かが始まる音
物事の兆しなんてのは本当に些細なもので、相当に神経を張り巡らせていなければ、気付くことなど出来はしないのだろう。
あの時もそうだった。いつまでも、こんな時間が続くと思っていた。自分の所だけはそんなこと起きないという、何の根拠も無い甘い考えを続け、その結果を受け入れることができなかった。
何事も、やってくる時は突然なものだ。
「ちょっといいかな、筧君?」
ある放課後、教室でのことである。
「…………」
「なんでこの前、僕らのゲームに参加したんだい?」
「…………」
僕は、気になっていたことを筧君に訊いてみた。
前にも言ったと思うが、彼は相当寡黙である。正直、あまり返答を期待していなかったのだが……。
「………気分」
意外なことに、彼はちゃんと答えてくれた。
「あ、ああ……そうなんだ……」
「…………」
ただ、話が全く続かないのは、困ったものだ。
ここで少し、彼に話しかけたのを後悔した。
「…………」
本当に無口である。陰で『無口その1』と呼ばれているのも、頷ける。
こっちから話題を振らないと、会話が成立しそうもない。
「そういえば眼鏡かけてるけど、視力悪いのかな?」
彼はいつも、大きな丸眼鏡を着用している。外しているところを見たことがない。話題として触れるには、悪くはないだろう。
「………そうでもない」
……どうしてこう、反応し辛い返事をするのだろうか。
と、心の中で思っていたが、どうやらまだ続きがあるらしく、彼はゆっくり息を吸って、
「………だが、コレは今のボクに必要なもの」
と、眼鏡に触れながら言った。
……っていうか、一人称『ボク』だったんだ。初めて知った。どうにも、彼には分からないことが多すぎる気がする。
僕は彼をあまり知らない。基本的に、僕に人の素性を探る趣味なんてないし、彼の方から話もしてくれないので、それは当然だとは思うが、同じこの学校のクラスメイトとして、それは些かマズい気がしないでもないのだ。
だが、と思う。
さっきから彼の全ての発言には、あの面倒臭そうな雰囲気が含まれていた。具体的に何かと訊かれれば、それは判らない。僕は彼を理解していない以上、その発言の真意を察することは不可能なのだ。知るには、自分で一歩踏み入るしかない。しかし、僕は嫌なのだ。あの面倒臭い世界に関わるのが。だから、その全てを無視したいのだ。僕は、今の時間が続いてさえくれれば良いのだ。
「……じゃ、僕はこれで」
結局、僕は進まなかった。その先へ立ち入ることを自ら拒んだのだ。
背を向け、一刻も早くこの空間から脱したかった。カバンを手に取り、人には判らないくらいの早足で歩き、教室の扉に手を掛けた。
「………そろそろ、動きがあるかもしれない」
立ち去る間際、背後からそんな声が聞こえた気がした。
事の歯車は静かに、確実に動き出していたのだ。