【第三十八話】執行編:新旧の戦い
『王の間』を覆っていた炎が消える。
「……ふむ」
バアル=ゼブルは生きていた。
黒井 麻央はその姿を見据える。
「貴様のその『魔力無尽蔵』………他の魔力に干渉するものではないようだな。単に、無限に魔力が湧き出す……簡単明瞭にして単純明快な能力だ」
バアル=ゼブルは続ける。
「だが、それは貴様が魔力を溜め込む時の話………。貴様から放たれた魔力は値が限定され、この部屋の仕掛けの効果を受ける。魔力の蓄積完了から、攻撃がこちらに届くまでに3秒……それだけあれば、使用された魔力のかなりを減殺可能だ。今の魔法に関しては、消費魔力から考えて三分の二辺りの威力までに弱体化する。そこまでならば、反対詠唱で相殺出来る」
言い聞かせるような口調で、バアル=ゼブルは言う。
「わかるか? 魔力が無限にあろうとも、貴様は魔法をまともに使用できない。状況はほとんど変わってないのだ」
すると、黒井 麻央は鼻で笑う。
「忘れたの? あたしの異名を」
跳躍。
「『漆黒の魔王』だよ?」
拳を敵に向かって振り下ろす。
バアル=ゼブルは飛び退く。
空を切った拳はそのまま床に叩き付けられた。そして――
ドゴオオオオオォォォォ!!
叩き付けられた部分の床は、木っ端微塵になった。
「……ふむ、わかっているとも。だが、接近戦ならばこちらにも分がある」
『漆黒の魔王』――それは、彼女が最強の黒魔術使いである称号とも言える。
黒魔術とは、最も攻撃的で破壊的な魔術。純粋な力を底上げする凶悪な魔術。
彼女個人の能力は、『魔力無尽蔵』。つまり、彼女はほぼ無制限に、己の体の限界まで、力を手にすることが出来る。
これこそが彼女が『魔王』として君臨出来た理由。彼女はこの能力だけで、先代『魔王』を圧倒し、全ての『悪魔』を超越した。
桐谷 秀は、『魔王』同士の戦いを黙って見ていた。
(……これ、僕が来た意味ないんじゃ?)
「いや、そんなことは無いと思うぞ、秀くん。君がいる御蔭で、麻央も張り切っているようだしな」
「……よーこさん、いつの間に……」
「…………」
「しかも、何か筧君もいるし」
「はっはっはっ、ここに来る途中で偶然会ったものでね」
よーこは、陽気に話す。
「……というか、よーこさん。麻央さんが危うい状況になってる、って言ってたよね?」
「まぁ、ワタシの能力は、任意効果でな。自動的に見透かす訳ではないのさ。あの時は、ここの様子だけ見ていたから、そこまで見ていなかったのさ」
「……そう」
秀は、筧の方を見る。
沈黙したまま、戦いの様子を凝視している。
「筧君」
「…………」
「『勇者』としては、どうするの?」
「………どうもしない。………これは、彼女自身の問題。………ボクが、手出しするようなことではない」
筧は、眼鏡を指でくいっと掛け直すと、再び沈黙に入った。
「まぁ、そういうことだね、秀くん」
よーこも、戦いの方へ目を向ける。
「ワタシ達が出来るのは、この戦いを見届けること。そして、願うことさ」
秀は、麻央の姿を見る。
「彼女の勝利を」