【第三十四話】執行編:それぞれが望むもの
「さて……、これで邪魔者はいなくなりましたな」
砂煙の中、アマイモンは富士田のいる方へ手をかざす。
「どの程度まで不死身であるか……興味深いですな」
風魔法第四番の二『メガ・ブラスト』。
富士田は、突風で砂煙ごと吹っ飛んだ。
「がっ!」
そのまま、壁に叩き付けられる。そして――
ズブリ。
いやな音がして、富士田は自分の胸を見る。
そこには、アマイモンの手が刺さっていた。
「……ってぇな」
富士田はアマイモンに向かって拳を振り下ろす。
「此れしきのことでは死にませぬか」
アマイモンは、手を富士田の体から素早く引き抜いて、拳をかわす。
そして、後方に跳ぶ。
「ますます興味深い。少し、じっとしていてもらえますかな?」
アマイモンは、手のひらから青白く光る球のようなものを出した。
「何だそれ」
「これは、今、貴殿から取り出した魔力の塊であります。これは、体の各部位と繋がっておりましてな。例えば……」
球の一部を指で摘まむ。
そして、砕く。
ボキボキッ、というおぞましい音が響いた。
「……っ!」
富士田の右腕に激痛が走る。
「今のは、右の上腕骨、橈骨、尺骨を折りました。他には……」
また一部を摘まんで、砕く。
ブツンという音がして、富士田は膝を付く。
「左のアキレス腱」
バキッ。
「右の大腿骨」
ブチッ。
「左の縫工筋。これでもう立てぬでしょうな」
富士田は、うつ伏せになる。
「ってぇ……」
左腕のみが正常に動いている。
ブチブチッ。
「ぐっ……!」
「左の烏口腕筋と上腕筋と上腕二頭筋。さて、これで四肢はまともに動かせぬ状態になりましたな」
アマイモンは、富士田の様子を伺う。
これだけの場所を一度に潰されたら、普通は、痛みで意識が飛ぶはずだが、富士田はまだ痛がっている。
「いってぇな、くそが……」
その姿に、更に血が滾る。
「本番ですな」
球の一部を掴み、砕く。
「……っ! げほっ!げほっ!」
「繋がっているのは、骨格と筋肉だけではありませんよ。内臓にもちゃんと繋がっておりましてな」
一部を摘まんで砕く。また砕く。
「どこまで耐えられますかな?」
「……っ!」
「む……肺を潰してもまだ死にませぬか」
流石に、呼吸が出来なければどうか、という推測が見事に外れた。心臓もさっき貫いたため、弱点らしい弱点はもうあまり残っていない。
となれば、残るは頭部か。それとも、某神話の人物等のように体の特定の一部が急所なのか。
「まあ、これでわかりますな」
アマイモンは、球を自分の胸の前で両手で挟む。
そして、押し潰した。
激しい攻防。
妖狐が繰り出した蹴りをマルティムが防げば、マルティムの拳による反撃を妖狐が避ける。
そして、ある程度距離が開くと、両者は火球を放つ。
魔力と妖力がぶつかり合い、弾ける。
「ワタシのスピードに付いて来れるとはね。流石、Lv4最速だ」
「先に言わないでほしいですね」
マルティムは、敏性においてはLv4トップと謳われている。当然、妖狐はそのことを事前に知っていたわけではない。今、読み取っただけだ。
「ところで、一つ気になることがあるのだが」
「なんです?」
この能力を持っても解らないことがあるのか、と思うマルティム。
「ああ、あるさ。ワタシは、妖だからな。感情といったものの理解力が乏しいのさ」
そう前置きをしてから、問う。
「君は運動に反対しているのに、何故、ワタシ達の邪魔をする?」
「……理由は、分かっているのでしょう?」
「ああ、分かるさ。分かるけど、理解が出来ない。『悪魔』の存在の確立がそんなに大事なことなのか?」
「当然ですよ。僕にとって『悪魔』は『存在』ではなく、種族そのものですから。それに反すれば、僕は自身を否定することになる」
側近という立場上、彼は誰よりも彼女を理解した。彼女の経緯を知り、想いを知った。
だからこそ、あの時、辞任に反対することもなく、協力をした。
「自分でも解っていますよ、僕が『悪魔』らしくないことくらい」
しかし、それは『悪魔』として許される範囲内の行動。
今の『悪魔』の考えが、彼女の抹殺であるならば、それに従うしかない。
それは反してはならないからだ。
「僕は、中途半端なんですよ。『悪魔』として全うとする反面、『悪魔』としては感情移入しすぎる」
だからこそ、望まぬ戦いが生まれ、何かを失っていく。
「とんだ悪循環ですよ」
「……ワタシとしては、こんな戦いは望んでない。何とかならないものなのか?」
「無理ですよ。これは反してはならないことです」
いつも怠惰に耽るあの『悪魔』でさえ、使命はちゃんとこなすのだ。
「僕には、貴女を足止めする使命があります。『悪魔』として」
マルティムは妖狐に手をかざす。
詠唱。それは、魔法の詠唱とは違う、青魔術の召喚詠唱。
顔の契約印が光を放つ。
「召喚 サラマンドラ」
辺りが炎に包まれる。
呼び出されたのは、巨大な炎のトカゲ。炎を操るのでなく、存在が炎そのものなのだ。
ソレは、妖狐に向かってけたたましく吼え、威嚇する。
「……なるほど」
妖狐は、手首をコキリと鳴らす。
「本気を出さなければならないようだ」