【第三十二話】執行編:個々の力
「ハァ……ハァ……」
僕はよーこさんの後に付いて、走っていた。
「どうした秀くん。もう少しペースを落とすか?」
「いや、このスピードのままでいい。構わず、走ってほしい」
「うむ」
やっぱ、少し『真偽の決定』を使いすぎたか。後の戦いに影響させないようにするには、一度に4、5回が限度だな。
「……む?」
「どうした、よーこさん」
「……麻央が、若干危うい状況に陥っているようだ」
……まじか。
「なるべく急いでくれ」
「了解した」
よーこさんは軽く頷く。
「だが、その前に――」
よーこさんは走るのを止める。
僕も止まる。
「邪魔者がいるようだ」
黒いローブを着ていて、金髪。顔に不思議な紋様が刻まれている。
『悪魔』がそこに立っていた。
「これ以上、『悪魔』としては、先に行かせるわけにはいけませんね」
その『悪魔』は丁寧な口調で話す。
「秀くん。今から言うルートを覚えてほしい」
「構わない」
「ここの突き当りを右に曲がって、最初に見える階段を上がったら左へ。3番目の角を右へ曲がったところにある、踊り場のある階段を上がったら、派手な扉がある。それを開けばいい」
「わかった、よーこさん」
僕は走り出す。
「先に行かせないと――」
それを阻もうとした『悪魔』をよーこさんが遮る。
「君の相手はワタシだよ、マルティム」
「!」
僕は麻央さんのところへ急いだ。
「おらぁ!」
クロセルは氷の剣を振り回す。
宇佐見は、それを見切って避ける。掠りでもしたら厄介なことになる。
「ちっ、すばしっこいな……」
宇佐見は5メートルほど距離をとって、詠唱を開始する。
「……! 二重詠唱か」
氷魔法第一番の二『メガ・ブレス』と風魔法第一番『ブレス』を混合させる。
そして、それは吹雪となってクロセルを襲う。
「効かねぇよ、ンなもん!」
だが、クロセルは物ともしない。
「ハッ、相手が悪かったなぁ? 俺は、センスの相性上、氷には耐性があるんだよ」
その様子を見た宇佐見は、素早く次の詠唱に移る。
風魔法第六番の二『メガ・ブレイド』の詠唱だ。
「ハッ、詠唱スピードはそこまで速くねぇみてぇだな」
クロセルは詠唱を始める。そして、宇佐見が詠唱を終える前に完了させる。
「喰らいな」
氷魔法第六番の二『メガ・スピア』。
氷で形作られた槍状の物が、宇佐見に向かって飛ぶ。
「!」
宇佐見は、詠唱を途中で止めて、その攻撃を避ける。
その刹那、宇佐見は前方から空を切る音が聞こえた。
クロセルが氷の剣を投げていたのだ。
宇佐見は素早く反応し、頭への直撃を免れたが、頬を掠めた。
「くっ……!」
すぐに自身の氷魔法で凍結を抑制し、白魔術で傷口の治癒を試みる。
「ハッ、いちいち、ンな事やってたらキリねぇぜ」
クロセルの手にはすでに氷の剣が握られていた。新しく形成したようだ。
「死ね!」
クロセルの投げた剣は、宇佐見を直撃。
宇佐見はその場に崩れ落ちた。
ように見えた。
「!!?」
気が付くと倒れている宇佐見の姿は無く、そこから少しずれた所に宇佐見は立っていた。
「……あまり使いたくなかったんだけどね」
紅い双眸。先ほどまで黒かった宇佐見の眼は、紅く染まっていた。
それは、魔眼の一種だった。
「……ハッ、『幻惑の眼』か。そりゃ、禁じられた魔眼のはずだぜ?」
「知ってるの?」
宇佐見は、少し驚く。
「氷魔法のセンスを持つ者が所有者になることが出来、赤魔術と同様の力を得る。だが、そのリスクも多々――」
クロセルは宇佐見に向き直る。
「てめぇ、何を失った?」
宇佐見は黙り込む。
この『悪魔』、かなりこの魔眼に詳しい。
「ハッ、俺がその魔眼に詳しいのは何故か、って訊きたげだなぁ?」
クロセルは、眼帯をしていない方の眼を閉じる。
「俺も『幻惑の眼』の所有者だからだ」
再び開いた眼の色は、真紅となっていた。
「よーこ、と呼ばれていましたね」
「そうだが?」
「この城の構造を熟知し、僕の名前を知っているとは、貴女は何者です?」
一瞬、『悪魔』の関係者かと疑う。
「はっはっはっ、なぁに、そんなことはないさ。ワタシは『悪魔』ではないよ」
「!」
マルティムは仰天する。
思考が読まれている。
「心の眼、とでも言えば良いか。ワタシは全てを見透かす能力があるのさ」
「……それが、貴女個人の能力、ということですか」
「いや、違うさ」
自分の考えをきっぱり否定されるマルティム。
「これは所謂、神通力というものでな。ワタシの種族では、力を付ければ誰でも出来るようになるのさ」
「『種族』?」
「ああそうだ、ワタシは『人間』ではない」
次の瞬間、よーこの体から尾が生える。
その数、九。
「ワタシの名前は山中 妖狐。ただの化け狐さ」
「『妖怪』ですか……」
マルティムは、尾の数に驚いていた。
確か、狐霊はその魔力の強大さに乗じて尾が増える。
「魔力ではなく、妖力だがね」
そして、上限は九つ。
つまり、ここにいるのは紛れもなく最強である九尾の狐だ。
「まぁ、正確に言えばワタシの位は『天狐』と言うよ。尾は、九つが上限だから見た目は変わらんが、一応、最高位だ」
「…………」
マルティムは、自身の考えていることをいちいち読まれて困惑する。
「む? 少し困るか?」
かなりだった。