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僕の世界  作者: Sal
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【第百七十話】騒擾編:ワイヤープル

「……何が起こったんだろ」


 黒井 麻央は辺りを見渡す。


 生徒会室で散々な目に遭って本気で帰りかけ、やっぱりそれでも副生徒会長なんだから持ち場を離れるのはマズいかなぁなんて考え、特別教室棟の校舎をうろうろしてたら、校舎ごと異空間に飛ばされるという一大事に遭遇したのだが、いまいち状況が把握出来ない。


(似てるけど……『挟間』じゃ、無いよね……? もしそうだったら、『あの人』が動いてるってことだし……)


 『元魔王』である麻央は、『悪』の最上の存在を知っている。その存在がどれだけ奸悪であるか、どれだけ理不尽な力を持っているか、身を以って知っている。


 地を這う存在である限り、『あの人』には敵わない。自分がそうだったように、人間には抗えない領域があるのだ。


 だが同時に、『あの人』が動くほどの事態が起こっているとも思えなかった。過剰な現世への介入は天の存在意義に反する上、世の戒律にも触れる事になる。


(いくらなんでも、有り得ない、よね――――?)


「いやー? そうなんじゃねーの?」


 暗く闇に包まれた廊下の先。その声の主は唐突に現れた。


「今あんたが考えてる事さ。どうせ、大閣下が絡んでるっぽいけど有り得ねーとかそういう内容だろ? いや、実はあるんだなーそういう衝撃的事実がさ」


 カツン、とその男は麻央の前で立ち止まる。



「だってこの騒ぎはもうそこまで進行してる」



 闇のように黒ずんだ髪。前にファスナーの付いている、だぶついた紺のローブを纏い、口元をマスクで隠している。


「……『番外悪魔レベルエクス』?」


「おー、やっぱ『元魔王』は知ってんねー。なら話が早い」


 まるで敵意が感じられない軽い調子で男は話すが、麻央は警戒を緩めない。


「何者なの?」


「俺の名前はバアル=モート。少しお話をば、お嬢ちゃん」






 アンチレバノン山脈ヘルモン山。


 『ガーネット』こと悠木 菖蒲が裏切り者マイケル=ウィリアムズを倒した事で、辺りを支配していた重圧プレッシャーは消えていた。


 そんな中で、『マリン』こと金城 沙希は目を覚ました。


「ん……」


 背の低い草が茂っている地面の上に横になっていて、上半身にワイシャツがかけられていた。


 ここがどこなのか記憶を辿ろうとすると、すぐ横の地面に腰掛けていた人物が話しかけてきた。


「………気が付いたか、沙希」


「……『ガーネット』?」


 一体何が、と口を開きそうになって、やっと沙希は思い出す。


「『見張る者グリゴリ』は……? それから、『アゲート』と『ルビー』は…………っ!」


 突如、体中に痛みが走り顔を顰めた沙希に、菖蒲は告げる。


「………安静にしていた方がいい。………右の僧帽筋と左右の大腿筋、三ヶ所を『魔装』の銃弾で撃ち抜かれている。………回復には時間がかかる」


 そう言う菖蒲の方も無事のようには見えない。魔導具か何かを使って止血をしたのかもしれないが、衣類で隠せていない顔や手には、明らかに新しい傷の跡が見て取れる。ましてや普段から観察を習慣付けている沙希の目には、体に負っている傷から異常のある骨や筋肉までの様子が手に取るように判った。


「そう、ですか……」


 だが、敢えて沙希は何も言わない。


 何となく、と言うよりはかなり確信めいた予想だが、その傷は誰の為に負ったものなのか、判った気がしたのだ。


「ん……?」


 ふと、沙希は気付いた。


 今、自分の上半身にかけられているワイシャツ。これは沙希の物である。つまり、その下の自分の格好は――――


「…………」


 沙希は自分の血の気が引いていく感覚を覚えた。


 そして、恐る恐る確認してみた。


「えー……『ガーネット』」


「………何だ」


「……見ました、よね?」


 しばらくの沈黙。菖蒲の方に反応が無い。恐らく沙希の訊きたいことがよく判っていないのだろう。


 しかし、何やら沙希がワイシャツの下でこそこそしているのを見てやっと察したのか、ゆっくりと口を開いた。


「………水色?」


「ああああああああああァッ! ……げほッ、げほ!」


 叫んで傷口に響いたのか、沙希は盛大に咳き込んだ。


「………大丈夫か、沙希。顔色が悪い」


「もう少しデリカシーってものは無いんですか、貴方には……!」


「………英単語『delicacy』の意味は多数ある。ボクが使用している英和辞典に載っている限りでは1『優美さ、上品さ』、2『繊細さ、敏感さ』、3『精巧さ、正確さ』、4――――」


「『思いやり、心づかい』ですよ! 何でそういうところは頭悪いんですか!? 勉強はやたら出来るのに!」


「………学年次席」


「不公平だ……! やっぱり神様は人間に対する才能の振り分けを間違ってる……!」


「何を騒いでんだァ? 人が後始末してるって時によ」


「他愛も無い痴話喧嘩でありやがりますよ」


 言い争っている内に、いつの間にか二人の目の前に、真っ白な服を着た少年と女性が立っていた。


「………足立 進。………『生命の樹セフィロト』の術式の方は」


「あァ。ありゃ一つの術式じゃなくて、いくつも小さい術式を重ねた集合体だからな。下手に一部を消すとまたどんな効果が発現するか判ったもんじゃねェが……まァ、何とかなりそうだ」


「『見張る者グリゴリ』の三名はマイケル=ウィリアムズの戦闘不能と同時に倒れやがったきり、そのままの状態でありやがりますよ。理由はよく判りやがらないですが、指導者がやられやがっても多少の説得は必要だと思ってたこっちとしては好都合です。正直、あれ以上、あの場を保たせるのも限界でありやがりましたから」


 ずっと気を失っていた沙希はやや話に付いて行けていないが、他三人はどんどん話を進めていく。


「………『悪魔』の気配が一人混ざっていた。それはどうした」


「カヴ……いえ、アスタロトは私のちょっとした知り合いでありやがりまして……手を組む話になりやがってたんですが、戦闘が終わったらさっさとどこかに行きやがりました」


「………判った。それについては深く問わない」


 少し間を置いてから、ラドゥエリエルが静かに呟く。


「……本当に、これで全部終わりやがったんですかね」


「…………」


 その問いに、誰も答えない。


 全員が感じ取っていたのだ。この『見張る者グリゴリ』の一件については、裏があると。


 一番最初に口を開いたのは、沙希だった。


「……『アゲート』が『見張る者グリゴリ』の事に関して言っていました。俺らが誘った、って。ですが、『熾天使セラフィム』ら三名は『善』の最高戦力ですよ? そう簡単に堕天にまで追い込ませ、命令に従わせたり出来るものなのでしょうか?」


「全く有り得ない話ではありやがらない、と言っておきますよ。『天使』は清純と潔白の象徴。要するに、穢れってものにはとことん弱い傾向がありやがるんですよ。特に今の世界では。だから『悪魔』と直接接触する仕事はほとんど『勇者』のものになりやがりました。あの裏切り者達がミカエルらの心の穢れを生み出す要因――『善神』への忠誠心を揺らがせる何かを持っていたとすれば……案外簡単に堕ちやがります」


 『天使』にとって最もその存在を確かなものにするのは、主への忠誠である。『善』のトップ――即ち『善神』アドナイを敬う事こそが『天使』にとっての力になる。


 だが、極端に穢れに弱い『天使』達は、一度主を疑ってしまうと簡単には元に戻れない。小さな猜疑心の亀裂はやがて大きな溝となり、『天使』は堕天する。そして信じるものを変えた彼らは、今まで抑圧されてきた自身の本来の力に酔いしれるのだ。


「つまり、ほんの少しだけでも『善神』に対して疑念を抱かせりゃ、その後はどんどん忠誠を失ってく。命令を聞かせんのも難しくねェってことだ。……まァ、だからどうやって『善神』への忠誠心に介入したかってのが謎だ。それこそ元の忠誠心の高さでは『天使』の中でトップの三人だったんだからなァ」


 そこだけが判らない。『見張る者グリゴリ』を堕天させるまでに至らせた裏切り者達の方法。『熾天使セラフィム』、『智天使ケルビム』クラスの『善』の信仰心を妨害するなど、それこそ人の域を超えた所業――


「………いや」


 その時、菖蒲が何かに気付いた。


「どうしたんですか、『ガーネット』?」


「………一つ、何てことも無い容易な方法がある。………けど、それは――」


 どこか驚愕したような面持ちで、菖蒲は告げる。



「――それはこの騒動を、根底から覆す事になる」






 『番外悪魔レベルエクス』。


 組織の『悪魔』と種族の『悪魔』では差異がある。種族として『悪魔』である者が、組織としての『悪魔』に所属していない事もある。何もそれは『悪魔』に限った話では無いが、『魔界』の場合はそれら二種類の『悪魔』を区別する為に、組織に属していない方を階級レベルから逸れた者としてそう呼んでいるのだ。


「バアルの名を持つ――『悪魔』の王の血族は代々『悪魔』という組織を統べる者として君臨してきた。あんたを除いてな。ならLv5に就いた『魔王』本人以外の奴らはどうしてると思う? んまあ、『悪魔』に所属してる奴も居るだろうさ。けど、大半は『番外悪魔レベルエクス』として『悪』に貢献してる」


 無所属の『悪魔』とは要するに、『悪』や『善』といったしがらみとは無縁の者だ。本来の存在意義から外れる故に非難される事はあれども、大抵の連中は好き勝手に行動している。


 だが、この男が話している内容はつまり、その無所属の『悪魔』が必要も無いのに『悪』の為に動いているという事だった。基本的に利己的な『悪魔』の性格から考えて、それはあまりにも不自然なのである。


 一般的な視点から見れば。


「……『あの人』でしょ?」


「……そうだな。随分昔、俺が生まれるよりも前の話さ。古の『存在』すらもまだ残っていた時代に、当時の『魔王』バアル=ベリトは、北欧の『悪』の残党と手を組む方針を出した。……ただし、向こうのトップを立てる形でな」


 それは実質、『魔界』がその下へ就く事と同じである。


「当然、反発した奴も居ただろうさ。けど、従わざるを得なかった。彼我の実力差があまりにもあり過ぎたからな。それ以来、『悪魔』の組織全体は一応大閣下に忠誠を誓ってた。特に王族は未だに大閣下には頭が上がらねーって状態になってるわけだ」


 『悪』の組織全体から見れば、今回の『悪』の内乱は、『悪魔』の組織による反乱という形になっている。その為、王族の『番外悪魔レベルエクス』は『悪』の組織全体に就く者として、『魔界』を鎮める役割を請け負っているのだ。


「それが、俺がこの『挟間』に居る理由さ。俺が『魔界』側の『悪魔』だったら、反乱分子としてとっくにブチ殺されてる」


「それで、本題は何? あたしは『番外悪魔レベルエクス』の概要も、『悪』が内部抗争を起こしている事も知ってるんだけど」


「そう結論を急く事はねーだろ。重要なのは状況整理と現状把握。目先が見えてねーと、行く先も見失っちまうだろ?」


 それに対し、麻央はやや苛立ったように答える。


「……そっちがこうやって話しかけてる意図はよく解らないけど、その口振りから察すると他にも『番外悪魔レベルエクス』は居るんでしょ?」


「ああ、わんさか居るな。この『挟間』には今、大閣下の命令でかなりの数の王族の『悪魔』が集まってるはずだ。あいつらは強えーぞ、そこらの奴らとはわけが違う。『魔王』までとはいかねーが、組織に所属してりゃ間違い無くLv4相当だな」


「だったらのんびりしてられない。この校舎には、あたし以外の学校関係者も居る。もしもこれで、そっちの目的があたしの足止めだったりしたら、あたしは今すぐにでも力尽くでここを行かせてもらわなきゃならない」


 目の前の男に重圧プレッシャーを放つ麻央。辺りに緊張感が漂うが、やはり男の方は敵意を見せない。


「……別に行きたきゃ止めやしねーけどさ。その前に、最低でもこれだけは伝える必要があると思うから言っとくぞ」


「何を?」


「大閣下の目的だよ。あんたさー、もしかして今回の騒動はあんたを狙って起きてるとか思ってる?」


 麻央は目を見開いた。


「違うの?」


「それが違うんだなー。んまあ、今までの流れからして、そう思っちまうのも無理ねーだろうけどさ。てか、大閣下もそうなるようにしてた節あるし」


 麻央の脳裏に嫌な予感が過ぎる。いや、予感というよりはもっと具体的な何かが――



「……話してくれる?」

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