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僕の世界  作者: Sal
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【第百六十九話】騒擾編:サッカー

 騒ぎの前日。


 その夜、保健室にはいつもの如くあの男が来た。


 去年の夏休みから正式に学校の生徒になって、校長に女子寮の一室を借りたわけだけど、夜に女子寮へ忍び込むのは人として流石に無理だというこの男のヘタレ発言で、吸血をする場所は保健室のままということになっていた。


「あの、ミラーカさん……」


「なに?」


「毎度毎度言ってますけど、何で吸血する時だけやたら刺激的な格好に着替えるんですか? 今日だって昼間は普通の服着てたじゃないですか! しかも今日は石上先生居ないし! これは何か危機的なものを感じざるを得ない気がするんですけど!?」


 ぎゃあぎゃあ喚く下僕に、とりあえず私はデコピンを一発喰らわせた。「額が軋む! 首ごともげる!」とか言って悶絶していたけど気にしなかった。基本、この男のリアクションは大袈裟気味なのだ。


 一応、私がこの男を呼ぶ前に着替える理由はちゃんとあった。吸血しやすいように相手の血圧を上げるためだ。だけど、この男にはあえて言ってなかった。もし言ったら、事前に準備体操でもして血圧を上げて私に普通の服を着るように迫っただろう。下僕に主人へ反抗する機会をわざわざ与える必要も無いのだ。


 この時の私は裸にオーバーオールを着ただけの格好で、自分でもいまいちと思ったけど、随分この男には刺激が強かったらしい。紐を少しずらして肩を露出させただけで、絶対に私の方へ目線を合わせようとしなかった。


 まったく、この男はいつもこうだ。私のことを見ようとしない。うぶとか、そういうのとは少し違う。


 何か、もっと根本的なところで、私は拒絶されている。


 心当たりはあった。だから、私は気になって確認してみた。


「ねえ、ちょっと」


「……ん、何ですか? ミラーカさん」


 そこまで痛くもないだろう額を押さえつつ、極力こちらを見ないようにして男が返事をした。


「あんた、副会長とはどうなってるの?」


「うえっ!?」


 致命的に判りやすい反応だった。


「え、ええとあのそのそれはちょっとこの状況下においてはあまりするべき話じゃないっていうか何ていうかあのすみません痛いですごめんなさい頼みますからピンポイントで足の小指踏み付けるのやめてくださいッ!」


「さっさと言えば良いのよ。言えば」


「え……あの、気悪くしない……ですよね?」


 ぴたり、と私の中で何かが止まった。


 そして理解した。


「何で私があんたの色恋沙汰なんか聞いて気を悪くするのよ」


「いや……確か去年の文化祭の時にそんな感じに……」


 判っていた。


「私には思い出せないわね。随分と都合のいい記憶力を持ってるのね、あんた」


「いやいやいやでっち上げじゃなくて!」


 判っていた。


「じゃあ、こういうこと? あんたが他の女といちゃついてたら、私が機嫌を損ねると? 要するに、私があんたのことを――――」


 判っていた。


「あんたのことを…………っ」



 この男は、判っていた。



「ミラーカ、さん……?」


「っ……何でも無いわよ……」


 この男はそうと判っていて、私にずっと接していた。


 私の気持ちに、この男は気付いていたのだ。


「何でも無いって、そんな……。じゃあ何で、泣い――――」


 ほとんど反射的に手が動いていた。気付けば、私はその男の顎を掴み、掌で口を塞いでいた。


「…………黙って」


 男は頷かなかった。


 ただ目を見開いて、呆然としていたようだった。


「…………」


 私はこの男の性格を知っている。


 とにかく周りの人間を優先させて、やたらお節介で、どこまでも甘くて。


 きっと私に対するそれも、ただの優しさだった。


 『友達』が頼んでいるから。たったそれだけの理由だけで、この男は嫌々ながらも毎晩この保健室へ通っていた。


 いや、違う。私が望んでいたから。望んでいたのが判ったから、この男は――――


「……ねえ、あんた」


「……はい。何ですか、ミラーカさん」


 確かに望んでいた。私はこの生活をそれなりに気に入っていた。だけどそれは、他人の幸せを邪魔してまで手に入れるものじゃない。



「もう、ここに来る必要は無いわ」



 だから、私はその言葉を口にする。


「…………え?」


「私の傷はすっかり癒えたってことよ。あんたは用済み。さっさと帰って」


 部屋の扉の方へ男を突き放し、私は顔を見られないように背を向いた。


「ミラーカさん、一体どういう――」


「言った通りの意味よ! 判らないの!? 早くここから出てって!」


 私の中で何かが崩れそうだった。その前に、この男にはこの場から居なくなって欲しかったのだ。


「……あんたは、自分の居るべき場所に居なさいよ……!」


「…………」


 男は何も言わず、扉を開いて部屋の外へ出た。


 しかし、なかなか立ち去る様子が無く、しばらく沈黙が続いた。


「……ミラーカさん」


 部屋の中で背を向けている私へ、男は静かに告げた。


「明日もまた、来ます。だから、ここに居てください」


 そして扉が閉まり、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。


 ようやく静寂が訪れて、私はその場に膝を突いた。


「……勝手に、しなさいよ……ッ!」


 一気に何かが切れて、涙が零れた。


 素直じゃない、と自分でも思う。後悔するならやらなければ良い。それでも、それ以上に私にそんな道理を通す資格は無かった。


 あの男にこれ以上、私の勝手に付き合わせるわけにはいかなかったのだ。



 私はその後いつまでも、保健室に独り佇んでいた。






 ミラーカ=カルンスタインの表情が一瞬だけ曇った。


 それを見て、横に居たジェイク=ハウスラーが声を掛ける。


「どうした、何かマズい事でもあったか?」


「……いや、別に。ちょっと昨日の私を思い出して、反吐が出そうになっただけ。出来れば、永遠に記憶の中から葬り去りたいわ」


 何を意地になっていたのだ、と彼女は過去の自分に腹が立っていた。


 自分の居場所は無いと決め込んで、学校から去ろうとした事が馬鹿みたいだった。


 あの校長に、既に居場所なんか貰っていたのだ。自分が必要とされている事に今更気付いて、こうして力を貸していて、自分の愚かさが嫌でも判る。


 あの男とは少し関係を変えれば良いだけの話だ。いや、寧ろ今までとほとんど変わりもしない居場所を、彼女はもう手にしている。


 クラスメイトとして。生徒会の書記として。自分はあの男に接すれば良いだけの話だったのだ。


「まったく、本当にイラついてくるわね……! 私とした事が、あんな醜態を……!」


「……おいおい、あまり頭に血を昇らせて、事象干渉を間違えるな? 中には生徒達が居るんだぞ?」


 懸念そうにミラーカをなだめようとするジェイクだが、彼女はあまり聞いていない。


「……っていうか、もう終わるわよ。かなり複雑に事象が重なってたけど、どうってこと無かったわ」


 ミラーカがそう言うと同時に、寮棟から今までの力の気配が消えた。そして、中の生徒達の魔力や物音も確認出来るようになった。


「Wow……驚いた。まさか本当にやってくれるとはな」


「その口振り……自分から頼んでおいて信じてなかったわけ?」


「いや、はっきり言って五分だったな。その能力がそこまでアテになるか判断が付かなかったしな」


「よし、少し歯を食い縛りなさい。さんざん『キミの力が必要』だの何だの言っといて、肝心なとこは曖昧じゃない。そんなんで動かされた私が馬鹿みたいじゃないのよ!」


 妙な言い争いが始まったが、それはすぐに打ち切られた。


 原因は音。寮の窓ガラスを突き破って、中から生徒が一人飛び出してきたのだ。


「っ!? アイツは――――」


 ミラーカはその生徒を知っていた。同じクラスの、青髪緑眼の女子生徒だ。


「ちょ、ちょっとあんた!?」


 ミラーカは声を掛けようとしたが、女子生徒は振り向きもせずに駆け出した。



 特別教室棟が飲み込まれた、穴の中へ。



 少し遅れて、窓から今度は別の生徒が飛び降りてきた。銀髪銀眼が特徴の男子生徒だ。


「排他性固定フィールドの消去に礼を言う、ミラーカ=カルンスタイン。アレは俺達ではどうも出来なかった」


「はいた……何ですって?」


「どういうことだ、キミ?」


「悪いが、説明している時間は無い。俺達の護るべき人物が危機に瀕している」


 それだけ言い残すと、女子生徒の後を追うように男子生徒も穴の中へ飛び込んで行った。


「一体今のは何なの!? アイツら、この騒ぎの原因を知ってるの!?」


「……! おい、見ろ!」


 ジェイクが叫び、ミラーカは視線を移した。


 そして、目の前の光景に戦慄する。


「な……ッ!?」


 寮棟から再び音が消えていた。そして、今度は見える形で寮棟の壁を囲むように結界のようなものが展開されている。


「なに!? 何が起こってるの!?」


 動揺しつつも、もう一度『真偽の決定』を発動させようとミラーカが構える。



「……いかぬ。邪魔されては困る」



 その声は、どこからともなく聞こえてきた。


 そして、目の前の空間に亀裂が生じると、ソレはその中から姿を現した。


「其方は妙な力を使うの。じゃが、あまり派手な真似はするでない。妾が直接潰さねばならぬじゃろう」


 身長五メートル以上はある女性の『巨人』。


 彼女が現れたと同時に、ミラーカとジェイクへ圧し掛かる強大な重圧プレッシャーは、彼女が敵である事を決定付けていた。



「……さて、小さき者が二人。どちらから参ろうか?」

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