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僕の世界  作者: Sal
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【第百六十二話】騒擾編:ブレイバー

 少し過去の話をしよう。


 彼女は自分の無力さに絶望していた。この世においての根本的な実力とは、才能によってしか得られないと知ったからだ。


 どんなに努力しても、最後の最後にその壁は立ちはだかる。彼女は自分に配られたカードの少なさに嘆いていた。


 かこち、落胆し、幻滅し……最後に彼女は開き直った。


 自分がそんな現実を越えてやる。配られたカードが少ないならそれら全てを駆使し、それでも足りないならどんな物にもすがってやる。


 理不尽な世界に向かって、彼女はそう誓った。






 沙希は壁に寄りかかった状態で、崩れた地下空間の中央を見遣った。


 血だまりの中に沈んでいる夏用コートの男。沙希の発動した自滅誘発術式によって、自らの腹をライフルで撃ち抜いたのだ。死んではいない。かろうじて息はあるようだ。


 今度こそ、沙希は体を動かす事が出来なかった。全身の筋肉が疲弊し切っているのがよく判る。


 不思議な気分だった。まだ全然問題は解決できていないのに、全部終わった気がしていた。


 ――――ああ、


 彼女は静かに悟った。


 ――――私、死ぬんだ。


 出血が多過ぎて考えるのもままならない頭で、理解した。自分はもうここで死ぬ。それを覆す事は出来ないと。


 カツン、と誰かが近付いてきた。それが一体何者なのか判断する思考回路すら、今の彼女には無い。


「予想通り、と言ったところでしょうかねぇ。あのまま『アゲート』に殺されるようでは寧ろ困ります」


 黒服を纏った老人は、半分独り言のように呟く。


「さて、息がある内に術式に組み込ませますかねぇ。何せ、【エノク書】には死姦描写など存在しないもので」


 老人は沙希の腕を引っ張り、地下空間から飛び出した。


 ふわりと地上に着地すると同時に、沙希の体を腕の中に収まるよう抱え直し、三人の『天使』が作り出した術式の中央部へ向かっていく。


「終わるまで死なないように、お願いしますよ。貴女は我々に必要な『存在』なのですから」


 死なないように。本来なら温かみを含むはずの言葉は、酷く冷たく沙希の耳に届いた。


 以前に聞いたあの人の言葉とは、大違いだった。


 ――必ず生きて戻れ、沙希――


 ふと、沙希は記憶を辿った。あの時、一体自分は何と返事をしたのか。


 ――当たり前じゃないですか。私だってまだ死ぬつもりはないんですから――


 そうだった。自分はまだこんな場所で死ねないはずだった。まだまだ自分にはやり残した事がたくさんある。『勇者』の使命とか、そんな大それた事じゃなくて、一人の人間として。最近顔を見せていなかった家族に会いに行きたかったし、学校の友達ともっと一緒に過ごしたかった。もうすぐ文化祭だってあったはずだ。それに、恋だってしてみたかった。


 ――『ガーネット』――


 もしも、チャンスがまだ残っているなら。


 やりたい事がやれる時がまた来るなら。


 ――また、会いましょう――


 あの人に、この想いを伝えられるのだろうか。


 様々な想いが脳内を過ぎ去る中で、沙希は静かに目を瞑った。



「沙希を放せ」



 突然響いた声。それは、ぼそぼそとした小さな声だった。しかし、それ以上に芯の通った強い声だった。


 ブォンッ! と背後から『ルビー』に目掛けて何かが振り下ろされる。素早くそれを察知した『ルビー』は横っ飛びで避けるが、咄嗟の事で抱えていた沙希の体を落としてしまった。


「ッ! 貴方は――!」


 そして、沙希は誰かの腕の中にいた。不安定でも、誰よりも暖かくて、誰よりも心強い――勇者の腕だった。


「な……んで……」


 そんな掠れた声しか出なかったが、沙希は言葉を出さずにはいられなかった。


 会いたかった人が、目の前に居たのだ。


「………ボクは、ずっと怖かった」


 勇者は歯噛みし、片手に持つ剣の柄を強く握り締めた。


「七年前、父さんが死んだ時と同じだった。胸騒ぎがした」


 先代『ガーネット』――勇者の父親は『世界の節目』の戦闘中に命を落とした。


 信頼していた一行パーティーの一人に裏切られて背中を刺されるという、最悪の形で。


「ボクは、二度とそんな悲しい結末を見たくない。もう、大切な人を失いたくない」


 少年は『勇者』だった。しかし、この時、この瞬間だけは、紛れも無く彼女の為だけの勇者になった。


「『ルビー』……いや、もうその名を名乗る資格はあなたには無い、マイケル=ウィリアムズ」


 勇者は言い放つ。


 愛する者を護る為の宣戦を。



「覚悟しろ。そのくらいの猶予は与えてやる」



 かくして、勇者と裏切り者の闘いの火蓋が切って落とされた。






 『炎界』の戦闘部隊には、本隊と三つの中隊が存在する。本隊は『炎王』自らが指揮するが、中隊は『炎王』の直属の部下が牽引車となって動かしている。


 その直属の部下――『三火砲さんかほう』と呼ばれる中隊長の一人、濱田 頭括(はまだ とうかつ)は大勢の隊員を引き連れて、『天界』の入り口まで迫って来ていた。


「んまあ、いくら『悪』の内戦中だからって、『熾天使セラフィム』が居なくなった『天界』を攻め込まねえ手は無えし。何か知らねえけど、見張りやってた『ガーネット』はどっか行ったし、こりゃもうチャンス以外の何でも無くね?」


 タンピアスの付いた舌を蛇のようにチロチロと出しながら、誰に言い聞かせる訳でも無く喋る濱田に、隊員の男が走って近付いて来た。


「ハマダ中隊長! 緊急報告です!」


「……オメエさ、イントネーションの付け方が違えし。濱田だ、は・ま・だ。んで、何かあったのか?」


「はい! それが……、隊員達がたった一人の手によって次々と――――」


 そこまで言って男の言葉は途切れた。


 起こった事は単純である。男の体が突然現れた衝撃波によって吹っ飛ばされたのだ。濱田の周りに居た隊員達も同様の現象で薙ぎ払われていく。


 そして、構成員数百を超す部隊はいつの間にか濱田だけが残っていた。


「………………」


 濱田は眉を顰める。


 これは一体どういう事か。こんな芸当が出来るのは、実力的に『7人の上級天使』辺りか。しかし、『熾天使セラフィム』と二人の『智天使ケルビム』が抜けている今、残っているのは『智天使ケルビム』のガブリエルと『座天使スローンズ』共のみ。こんなデタラメな術式を発動出来るとは思えない。


 いや、そもそもまだ『天界』に入ってすら居ないのだ。


「『天使』の仕業じゃねえのか……? じゃあ――――」


 その時、濱田は見た。


 壊滅した『炎界』の部隊の隊員達が倒れる地面の上。悠々と聖剣を携え、戦場に立つ『勇者』の姿を。


「いやー……筧に頼まれてバトンタッチしたッスけど、まさかそれ自体がトリガーになるとは予想外だったッスね」


 やや小柄な体格をしたその少年の名は、清華 英雄。『カーネリアン』のコードネームを冠する『勇者』。


「まあ、あいつもやっと自分の守るに然るべき『存在』っていうのに気付いたんなら、そりゃめでたい事ッス。今度、クラス総出で魚正ごと冷やかしまくってやらなきゃッスね」


 どこか乾いた笑いを発し、英雄は歩を進める。


「……さて、じゃあ」


 カツン、と彼は濱田の前で足を止めた。


 両者共に攻撃の射程圏内。ここからは一方通行。死闘は免れない距離だ。



「オイラは、自分の守りたいものを貫くッス」



 『天界』の入り口で、轟音が鳴り響いた。

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