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僕の世界  作者: Sal
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【第百六十一話】騒擾編:ゴーリー

 雨が降りしきる中で、水溜まりへ倒れ伏すミラーカの頭を踏み付けているカトリーナに、二人の人物が近付く。


 一人は、青のドレスを着た女だった。垂れ目が特徴的で、カトリーナと同色の、褐色の髪をショートボブにして、小さな青いリボンを頭の横にちょこんと着けている。


 一人は、緑のドレスを着た女だった。吊り目が特徴的で、他の二人と同じような褐色の髪をツインテールにしており、片側の髪留めにだけ手の平大の緑のリボンが着いていた。



 『彼女達ディンセレ』。ゴンサルヴス家の三人姉妹で構成された処刑執行部隊であった。



「お姉さまぁ~、ザリーナは今とっても退屈で死にそうなのですけれど、まだ終わらないのですか~?」


 緑のドレスを着た女がだだをこねる。二次性徴前の小学生のような甘ったるい声だった。


「もう少しですのよ。それから、あまりはしたない言葉遣いは止めなさいと、日頃から申しているでしょう?」


「えぇ~……。じゃあ、そのお姉さまが今踏んでるゴミクズをさっさと殺して、その死体でザリーナにも遊ばせてくださいよ~」


「言ったそばから!」


 ぎゃあぎゃあとカトリーナとザリーナが言い争っていると、それまで黙っていた青いドレスの女がゆっくり口を開いた。


「お姉様。ザリーナの、言うこととは、違うけど。早く、殺した方がいいのは、本当。『最強』が、いつ帰ってくるかも、わからない」


「……まあ、マリーナの言う通りですわね」


 言われてカトリーナは改めて視線を下ろす。かつて『吸血鬼』の王族を一人で滅ぼした怪物は、雨水の影響で既に喋る力すら奪われているようだった。


「我々の下に就く気もさらさら無さそうでしたし、生かす余地はありませんものね」


 カトリーナは腕のみを狼化させると、その鋭く伸びた爪をミラーカの首筋に当て、


「一思いに、頸を刎ねて差し上げますわ。『吸血鬼ノスフェラトゥ』の能力が無効化されている今ならそこまでする必要など本当はありませんが、それほどアナタのした事が重いと考えたらいいですわ」


「お姉さまぁ~。ザリーナとしては死体はなるべく綺麗な状態から遊んで壊していくのが至高だったりするんですけど」


「アナタは黙ってなさい」


 冷たいです~! とザリーナが文句を言うが、カトリーナは無視する。


「さて、お別れですのよ。恨むなら、我々の申し出を断った自分自身にするのですわね」


 カトリーナは腕を高く持ち上げ、ミラーカの首に向けて一気に振り下ろそうと、力を入れた。


 ――その時。



「ほう。気になるな、キミ達のその申し出とやらの内容」



 ゾクリ、とその場の三人は突如現れた存在に身の毛立った。


「However……とは言え、『吸血鬼ヴァンパイア』の出す提案だ。After all……どうせロクな事じゃないだろうな」


 雨で少し視界が悪いが、金髪碧眼で、イギリス系統の顔立ちをした男だった。しかし、『人間』とは少しどこか気配が違う。


「校長の出張中に随分好き勝手やってくれたな。近頃、生徒の間で噂になっている『噛み付き事件』とやらもキミ達の仕業だろう」


「あ、アナタは……ッ!?」


「ジェイク=ハウスラー。ただの英語教師だ」


 カトリーナは何かを直感した。この男に対して隙を見せてはならない。足元の死にかけ女にトドメを刺すより先に、この男をどうにかしなくてはならない。


 さもなくば殺される、と。


 考えるより先に、体が動いた。標的変更したカトリーナは男の懐へ飛び込み、狼化した爪をそのまま繰り出す。


 狙うは心臓。何か行動を起こされる前に、殺す。


「It's opsmistic……少々考えが甘いな」


 ガシッ! と、ジェイクは胸の前でカトリーナの爪を右手で掴んで止める。


「読みは良い。ワタシを殺す事を優先しようとしたのは賢明な判断だ――――But」


 ジェイクはそのまま腕を手前に引き、カトリーナの体を引き寄せる。


 ゴドンッ! と、大地が揺さぶられるような音と共に、ジェイクの左拳がカトリーナの腹に食い込んだ。


「ご、ふ……ッ!?」


「この程度で、ワタシを殺せるとでも思ったか」


 勢い良くカトリーナの体が宙に舞う。意識が飛びかけ、風の制御が一瞬乱れるが、すぐに体勢を立て直して着地する。


 カトリーナは『吸血鬼』である。今は空気の流れをコントロールして雨水に触れないようにしているが、その状態で風の制御を失えば……それ以上は言うまでも無い。


「くっ……体術では不利ですわ! マリーナ! ザリーナ! 風の補助を――――」


「それで間に合うのか?」


 カトリーナが前方に立つ妹二人へ言いかけるが、ジェイクの行動はそれよりも早い。


 ジェイクは右手で手刀を作る。しかし、掌の外側で攻撃するのではない。


 刺突。ぴんと伸ばした五本の指を、目にも止まらぬ速さで対象へ突き立てる。



 ドンッ! と大砲が撃ち出されたような音が響き、緑のドレスを着た女が吹っ飛んだ。



「ザリーナ!」


 悲鳴すら上げる事無く地面に墜落したザリーナに、カトリーナとマリーナが駆け寄る。


「け、ハっ……、お、ねえ、さまぁ…………。ち、からが……はい、り、ません……」


 胸の辺りに、まるで銃弾でも喰らったかのような穴が空いていて、血が溢れ出していた。


 ザリーナは完全に風の制御を失っており、雨がみるみるその体から『吸血鬼』としての力を奪っていく。


「『大いなる贖罪グランド・レパラシオン』――半不死である『吸血鬼ヴァンパイア』を殺す方法の一つであり、本来それは木の杭等を心臓に打ち付ける事を指すが……」


 ゆっくりと一歩ずつ三人へ近付くジェイクは、わざと指に付着した血を見せ付けるようにして言い放つ。


「ワタシの手はそれと同じだ。心臓を貫く事で『吸血鬼ヴァンパイア』の息の根を止める――ワタシの能力の一つだ」


 カトリーナは気付く。素手で『吸血鬼』を殺す能力を持つ、この男の正体に。


「『ダンピール』……ッ! 混血人種ですわね……ッ!?」


 忌々しそうに顔を歪ませるカトリーナに、ジェイクは僅かに眉を顰める。


 半人という『存在』は基本的に疎まれるものである。人間からも、その人外からも。双方の血を受け継ぐからこそ、相容れないのだ。


 ジェイクは、『人間』の母親と『吸血鬼』の父親の間に産まれた子だった。しかし、彼が産まれるとすぐに父親は家族を捨て、母親は周りの人間から人外と交わった事を責められ、自分は忌み嫌われた。更に、彼の『吸血鬼』を殺す能力が開花され始めた頃からは、危険人物と見なされたのか『吸血鬼』から命を狙われる事もあった。唯一味方だった母親は巻き添えを食って早くに死に、彼は孤独の中で生きてきた。


 半人とは、そういう運命を背負った『存在』なのだ。


 しかし、


「だったらどうした」


 ジェイクは真っ向から立ち向かう。


「恨んでもらって結構だ。『ダンピール』だろうが、半人だろうが、それら全てを引っくるめてワタシだ。ワタシが父親を許す事も無い。どれだけ『人間』と『吸血鬼ヴァンパイア』に憎まれようと、『人間』を守り、『吸血鬼ヴァンパイア』を敵にする事を決めた」


 十二年前、彼は『最強』と出会ってから変わった。周りの『人間』も『吸血鬼』も皆殺しにしてきた彼の前に現れた『最強』は、彼に人の温もりを教えてくれた。それ以来、彼は『人間』の為に力を振るってきた。


「慈悲だ」


 ジェイクは血まみれのザリーナを指差して言う。


「急所は外しておいた。今すぐに治療すれば助かるぞ」


「な……?」


 呆気に取られるカトリーナに、ジェイクは警告する。


「速やかにここから立ち去れ。Or……それとも、まだやるつもりか」


 カトリーナはしばらく黙り込んだ。ジェイクに威圧され、上手く頭が回らなかったのだ。


 やがて、後ろからマリーナがカトリーナに話しかけた。


「お姉様。ここは、言う通りに、するべき。ここに、留まっても、損しか、無い」


 それでもカトリーナは呆然としていて、それを見かねたのかマリーナはカトリーナの手を握り、倒れたザリーナの体を持ち上げて、ジェイクに向かって告げた。


「ここは、退きます」


 一切の抑揚が付いてない喋り方で、本人も感情が顔に出ていないが、恐らく裏をかいてはいないとジェイクは感じた。


 マリーナは小さく会釈をしてから、他の二人を連れてその場を飛び去って行った。






 マリーナらが去ってから、しばらくして雨は止んだ。


 そして、彼女は目覚めた。


「…………」


 ここはどこだ、と彼女は思った。


 それからだんだんと記憶が戻ってきて、自分が『彼女達ディンセレ』とかいう奴らに無残にも負けた事を思い出した。


「……ヌ、起きたか。雨水による脱力効果の持続時間が良く判らないから、少々懸念していたが……杞憂だったようだな」


 近くに腰掛けていた金髪碧眼の男が呟く。どうやらこの男が自分を雨の当たらない木陰に運んだようだった。


「あんた……何で私を助けたの」


「以前にも言ったはずだ。ワタシは『吸血鬼ヴァンパイアハンター』である前に、ここの学校の教師だと。教師が生徒を守るのに理由が必要か?」


 彼女の知る由は無かったが、男は『吸血鬼』という『存在』が大嫌いだった。ほんの一年前までなら、容赦無く『吸血鬼』を殺してきた。そんな男が何故、彼女を助けたり、くだんの『彼女達ディンセレ』を見逃してやったかと言うと、それは紛れも無く彼女との出会いがあったからだ。


 学校の為に力を振るう彼女の姿を見てから、男の中の『吸血鬼』に対する印象は少しだけ変わっていたのだ。


「……余計なお世話よ。それに、私はもうここの学校の生徒じゃ――――」


「Well……それから、目が覚めたばかりのところ申し訳無いが……。早速、校舎の方まで来てくれないか」


 は? と彼女は訊き返した。



「一大事だ。キミの力が必要なんだ」

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