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僕の世界  作者: Sal
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【第百六十話】騒擾編:ギフト

 『アゲート』は銃弾が捉えたものを見遣る。


「…………チッ」


 彼は眉間に皺を寄せた。


 はらりと地面に落ちたのは、『マリン』の着ていた黄色のカーディガン。恐らく何らかの術式でも施してあったのだろう。肝心の本人がどこにもいない。


「逃げやがったか。んまあ、どうせそう遠くは行けねえだろ」


 彼はカーディガンを拾い、『ルビー』へ投げ渡す。


「探知しろ」


「命令される筋合いはありませんがねぇ」


 言いつつ、『ルビー』は自分の腰に差している剣に触れる。


 聖剣『クラウ・ソラス』。それは、対象を自動で捕捉・追尾する光の剣だった。






(き、緊急用の脱出術式…………ぎりぎり、発動したか…………)


 『マリン』こと金城 沙希は、即席で作り出した地下空間の壁際で、背をもたれかけていた。


 右肩に負った傷をこれまた即席で作った治療術式で癒すが、あくまで応急手当レベルの効果しか無い。沙希は回復系の白魔術のセンスを持ち合わせていない上、その系統の魔導具も今は所持していない。


(眼鏡、壊されちゃったな……)


 自分の目元に手を当て、事実を確認する。実は、あの眼鏡には帰還用の転移術式が組み込まれていたのだ。行きこそ一つの教会まで使用した大規模な術式になったが、一度設定したルートを遡るだけなら、術式を最小限に抑えることが出来る。彼女の場合、ルートを遡る為の必須アイテムが、あの赤いフレームの眼鏡だった。恐らく、それを知って狙われたのだ。


(予備の『ブルー・シート』は、カーディガンのポケットに入れっぱなし……。退却手段が無くなった……)


 手元にあるのは、羊皮紙数枚と身に着けている衣服のみ。いざとなれば『聖装』もあるが、彼女のはあまり多対一には向かない。


(どうするか……いや、とにかく今はあっちの動向を探らないと……)


 羊皮紙に簡単な図形を書き込む。それは部分的な空間操作への介入系の術式で、沙希はカーディガンに入っている『ブルー・シート』に干渉して音声を拾おうと試みる。


 出来上がったものを耳に当て、沙希は意識を集中させる。何度かノイズのような音があった後、その言葉はやけに鮮明に聞こえてきた。



《……『下』ですねぇ》



 直後、地下空間を構成していた天井が破壊された。崩れて落ちてくる岩盤から逃げる道は無い。


「……ッ!」


 何とか身体強化魔法で受け止めるも、塞がっていた右肩の傷口が再び開き、血が滲み出す。


「よお。たった銃弾三発で潰れちまうたあ、地下ってのも安全じゃねえなあ?」


 カツン、と誰かの足音が近くまで迫る。


 沙希は辺りの気配を注意深く探る。


「安心しとけ。俺一人だ。『ルビー』と『見張る者グリゴリ』共は、テメェをなるべく生かせておきてえらしいんでな」


「私を生かせておきたい……?」


 疑問符を浮かべる沙希に、『アゲート』はつまらなそうに答える。


「【エノク書】に記された事を元にするならよ。女と交わって発動させる術式ってのがあってな。俺も最初はソイツの為にテメェをこんな山まで連れて来たんだが、気が変わった」


 その声は、崩れた地下空間に小さく響く。


「俺はな、テメェみてえな奴が気に食わねえ。才能の無え奴は黙って這いつくばってりゃいいものを、余計な努力のせいで俺らが振り回されなきゃならねえ」


「……『アゲート』」


「だから俺が粛清する。このくだらねえ世界がテメェみてえな奴を甘やかすってんなら、俺がテメェに現実の厳しさって奴を教えてやるよ」


 虚空より現れた弾丸を『アゲート』はライフルに装填する。沙希は再び銃口を向けられるが、その表情には多少の冷静さが戻っている。


「……撃てるんですか?」


「あ?」


「【魔弾の射手】のモチーフとなった伝説では、弾丸は七発中六発が望んだ場所に当たり、もう一発は最も望んでいない場所へ当たってしまう……。それは例えば、愛する人とか…………自分自身とか」


 沙希は続けて言う。


「アナタの言った事を信用するなら、今まさに放とうとしているその弾丸こそ、その七発目じゃないんですか?」


「……はははは。ご名答だな、宗教マニア。確かにそうだ。コイツは七発中一発はとんでもねえ方向へぶっ飛んで行っちまう――」


 乾いた笑い声を発し、『アゲート』は自分の額に手を当てる。



「――使ってんのが俺以外だったらな」



 何の躊躇いも無く、『アゲート』はライフルを発射する。音速の二倍以上の速さで直進するソレは、沙希の左腿をいとも簡単に貫いた。


「――――ッ!」


「ははははッ、俺の魔弾『フライキューゲル』は伝説みてえに不完全じゃねえんだよ!」


 今度は高らかな笑い声を上げて沙希を見下す『アゲート』。


「『勇者』で唯一『魔装』を扱う事が可能なこの俺個人の能力は、『代償除去』! あらゆる術式の過程で発生する代償コストを打ち消す! それこそが、持ち主を蝕むとされる『魔装』を! 『悪魔』さえも使用を避ける『魔装』を、俺が使える理由だ!」


 天性の素質。それを格下相手に見せ付けて勝利する事で、『アゲート』の欲望は満たされる。


「そのまま死んでな、能無し。せいぜい、その才能の無さを嘆いて――」


「……ふふっ」


 ピクリ、と『アゲート』の眉が上がる。


 大腿筋を撃ち抜かれて立てもしない状況で、静かに笑ったその女を怪訝に思うかのように。


「何がおかしいんだ?」


「いえ……寧ろ確信しましたよ。アナタはやはり代償を背負っているとね」


 沙希は続け様に言う。


「恐らく、その能力は『代償除去コスト・リムーブ』というよりは『代償軽減コスト・ダウン』の方が近いんじゃないですか? だって、そうでしょう。本当に望む所に百発百中当てられるなら、一撃で急所を撃ち抜いて私を殺せるはずです。なのに、アナタはさっきから直接急所を狙おうとしていない」


 尤も、ライフルで発射された弾丸の威力ならば、常人だったらどこに当たっても危険なのだが。


「そういえばオペラの【魔弾の射手】はハッピーエンドでしたが、伝説上は違いますよね。魔弾は必ず、最後の最後で使用者を裏切る。もしかしてアナタの魔弾もそうなんじゃないですか?」


 沙希はほぼ断言したような口調で、



「敵を殺す一撃は自分に返ってきてしまう」



 『アゲート』は眉を顰めた。


(コイツ……これだけでその結論まで至りやがった)


 沙希の予想は完全に当たっていた。『アゲート』の『フライキューゲル』は、百中百発だが敵を殺す事は出来ない。殺傷能力は本来の機能より寧ろ低下しているのだが、それでも毎弾ロシアンルーレット状態よりは遥かに代償コストが軽減していると言えるだろう。


 しかし、戦場において一撃で敵を殺せないという足枷は大きい。肉を斬らせて骨を断つという言葉もあるように、わざと死にはしない攻撃を食らってからカウンターを狙う者もいるのだから。


 だが、


「……それが判ったからどうした」


 全てを見抜かれた上で、『アゲート』は言う。


「一撃で殺せねえっつっても、頭部や胸部を狙えねえってだけだ。それ以外の部位なら、俺はどこでも撃ち抜ける。指でも耳でも奪ってじわじわやるか、即死じゃなけりゃいいんなら脇腹でも失血死を狙える。テメェを殺す方法なんざ無数にあんだよ」


「させませんよ、そんなこと」


 ゴゴゴッ、と一つ二つと、沙希の足元の岩塊が次々に浮く。


「私はアナタを倒します。私の努力の、全てを以って」


「チッ、どこまでも気に食わねえ女だな、テメェは!」


 瞬間、二人の戦いは激化した。


 浮いていた岩塊が一斉に衝突。それによって発生した無数の破片が『アゲート』の視界を遮る。


 敵の姿を目視出来ない以上、『アゲート』は下手に魔弾を撃てない。その軌道が対象の急所に当たるものだった場合、即座に魔弾は自分に返ってくるからだ。


 しかし、


「俺が魔弾の一芸野郎とでも思ったかよッ!」


 氷魔法第三番の三『テラ・ライム』。白い霧のような魔力が全ての岩塊の破片を包み込んでコントロールを奪い、そのまま瞬間凍結する。更に発生した氷塊に『アゲート』は魔弾を撃ち込み、バラバラに砕く。この間、実に三秒もかからない早業だ。


「ええ、だからこその時間稼ぎです。二秒もあれば、私はこの術式を完成させられます」


 それは『アゲート』の背後から投げかけられた言葉だった。


「ッ!?」


 振り向き様にライフルの銃身を横に薙ぐが、それは何に当たる事無く空を切る。


「遅いですよ」


 沙希の拳が『アゲート』の顎を捉えた。


「ご……ッ!?」


 二発、三発と沙希のラッシュは止まらない。


(身体能力強化の術式か……!?)


 心の中で舌打ちし、『アゲート』は手を打とうと魔力を溜める。


 そして沙希は動く。口の中でボソボソと呟くように詠唱を終えると、その場から全力で飛び退いて距離を目一杯に取る。


 沙希が直前に行ったのは、二重詠唱。彼女がただ二つ持つセンスである地魔法と水魔法の、混合魔法。


「ッ!? なん……だ、コイツはッ!?」


 『アゲート』の脚が泥のように纏わり付く魔力によって、動きを封じられていた。


 標的は止まった。


 後は、射抜くだけ。


「『アゲート』――」


 沙希の手元から光が満ちる。



「――私の努力の結果はどうですか」



 聖弓『アルテミス』。それは弦も無ければ、矢も存在しない弓だった。


 ただ沙希の魔力を糧として放たれた一筋の光は、対象から『生』を奪う疫病の矢と化す。


 正真正銘、沙希の最強の一撃。


 身動きの取れない『アゲート』に、避ける手段は無い。






「如何したのであるか、御武人よ」


 片脚義足の『堕天使』は訊ねた。


「いえ、何でもありませんよ。それより、『生命の樹セフィロト』の術式は完成していますかねぇ?」


「残るは『鍵』のみである。天の戒めより解き放たれた我々ならば、この程度は造作も無き事なのである」


「そうですか」


 男は立ち上がった。


「何処へ行かれるのであるか、御武人よ」


「少し回収に向かいます」


 男は取るに足らない事のように言い捨てる。


「そろそろ、けりが付きそうですのでねぇ」






 すうっ、と『アゲート』の体が消えた。


「ッ!?」


 『アルテミス』の光は何も無い地下空間の壁に当たって消える。


 沙希は周りを見渡すが、『アゲート』の姿を捉えられない。そんな時、



「残念だったな、宗教マニア」



 鳴り響いた銃声と共に、沙希の右腿が撃ち抜かれた。


「あッ、が……ッ!」


「その両脚は死んだな。これで本格的に立つ事は……いや、その前にさっきの身体強化のガタが来てたか?」


 紅く染まった眼を細め、『アゲート』は沙希を蹴り飛ばす。沙希の体は何回かバウンドした後に、壁に当たって停止する。


「あの身体強化なら俺も知ってんぞ。『ベルセルクの狂気』だろ? 一時的に身体能力が飛躍的に上昇するが、後になって急激に疲労が襲うっつう北欧神話の奴な」


 『アゲート』の言う通り、沙希の筋肉は疲労により、最早指一本動かす事すら困難な状態だった。しかし『ベルセルクの狂気』の反動は、使用者の肉体だけでなく、精神にも及ぶものなのだ。実際のところ、一番ぼろぼろなのは、彼女の心の方だった。


(マズ、い……うご、かなくちゃ……)


 全身の痛みと共に襲う、強烈な虚脱感。動く気力すら奪われる状況。全てが絶望的だった。


「その『聖装』の噂もちらほら聞いてたがな。一発で死に至らしめるくらいの攻撃なら、そう何回も放てるもんじゃねえだろ? 今の状態じゃ尚更な。それと一応言っておくが、この俺の『幻惑の眼』って魔眼の代償、俺は髪の毛十三本で済んでんだ」


 『アゲート』は口元を吊り上げる。何を言いたいかは、明白だった。


「これが才能だ、能無し。テメェが一発限りの大技を使おうが、俺は才能によって手に入れた力でソイツを何て事も無く回避出来んだよ」


 最後に彼は蔑んだ。それは彼の理想。天才と凡人を隔てる壁を知らしめる為の行動。


 彼の信念とは、その根底とは、彼女とは全く別にあった。対極にあるからこそ、彼は彼女をこの手で殺す事に決めたのだから。


 だからこそ、


(動け……)


 凡人が救われる世界を目指した努力の天才は、


(動け……)


 金城 沙希という『勇者』は、


(動けッ!)



 その壁を、超えた。



「……ほお?」


 『アゲート』はその姿を見て、ほんの少し感心したように口を開く。


 壁にもたれかかる様なかたちで、上半身だけ起こしている沙希だが、その眼はまだ死んでいない。


「まだそんな気力があったかよ。いい加減くたばれよな、能無し」


「ええ。ですから、次で最後ですよ」


 言って、沙希は自分のシャツのボタンを一気に開け放った。


 それを見て、『アゲート』は怪訝そうに、


「おいおい……最後の抵抗で色仕掛けかよ? テメェ、そういうのやってて虚しく――――ッ!?」


 そこまでして、彼は自分の体の異変に気付いた。


「私は女神、アナタは猟師――さっきの攻防の時、アナタのライフルに、私の『アルテミス』に施しているものと同じ術式を組み込ませました」


 上は下着一枚の姿になった沙希は、自らの水魔法で発生させた水滴を自分に垂らす。


「知っていますか? 猟師のアクタイオンは、水浴中のアルテミスの裸体を目撃してしまった為にその怒りに触れ、鹿の姿に変えられて自分の猟犬に食い殺されたんです」


 『アゲート』のライフルを持った腕が、本人の意思と反して上がる。抵抗しようにも、全く思うようにならない。


「クソッ、テメェ……ッ!」


「アナタは、鹿です」


 沙希は呟いた。



「自らの犬によって引き裂かれる――哀れな鹿です」



 ガチャリ、とライフルの銃口が『アゲート』に向いた。


「ふッ――」


 指が勝手に、引き金にかかる。


「ふざけんなァああああああああああああああッ!」


 絶叫を掻き消すかのように、一つの銃声が轟いた。

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