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僕の世界  作者: Sal
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【第百五十八話】騒擾編:ディヴァイン

「『家族』が『簒齎者』を狙ってた理由はいくつか考えられるにゃー」


 猫耳フード付きのパーカーを着た胡散臭い情報屋は、学校長・高田 倶毘の隣でそんな事を言った。


「元々『簒齎者』自身の能力が自然そのものに干渉する、『人間』が出来得る範囲から逸脱した異能ぶりだったから、単純に仲間として迎え入れようとしたっていう線が強かったんだけどにゃー。それだと今の『家族』の取っている行動の説明が付かないんだにゃん」


「今の『家族』の行動だと?」


 校長は訊き返す。


「にゃー。今の『家族』はメンバーが減ってるんだにゃん。その数は二人が抜けて八人。にも関わらず、リーダーの『天帝』は空いた穴を埋めようとしてる素振りは全く無いんだにゃー。つまり、『家族』はこれ以上仲間を増やすつもりは最初から無かったと考えるのが妥当ってことなのにゃー」


「んじゃ何なんだ、『家族アイツら』が達貴を狙ってる理由ってのは」


「知りたいにゃん?」


 元々開いているかどうか判らないような目を更に細くして、里崎は怪しく口元を吊り上げる。


「って言っても、ただの推測だにゃー。何度も言うけど理由はいくつか考えられるし、これから言うのはその中で最も可能性が高いもの。要するに、一番つじつまが合う仮説だにゃー」


「前置きが長ぇんだよ、さっさと言いやがれ」


 ヒドいにゃー、と里崎は苦笑いを浮かべてから、



「『対人最強』」



 校長はその言葉に眉を顰める。


「『簒齎者』がなんでそんな異名まで付いたか分かるかにゃー? 何故なら、彼はその左手で触るだけで対象の命をうばうことが出来るからだにゃん。そう、相手が『人間』なら」


「……おい、まさか」


「ここまで言えば流石に分かるかにゃー。対人専用能力なんて普通は無いんだにゃー。だけど、彼の能力は本当に『人間』だけを対象とする能力。半人でも、四分の一人間でも、八分の一人間でも、その効果は現れないのにゃー。つまり……」


 結論を述べるように、里崎は人差し指を立てる。



「人が『人間』の域から少しでも超えれば発動しないってことだにゃん」



 校長は予想通りの言葉に舌打ちをした。


「じゃあ、『家族アイツら』は達貴を人間判別機みたいな扱いにする気だったってのか?」


「にゃー。天の域に踏み込むことが本当に『家族』の目的だとしたら可能性は高いにゃー。『簒齎者』の左手は危険だけど、右手を使えば判別も安全に行えるしにゃー」


 確かに、この仮説には特に矛盾している点は無い。今までの『家族』の行動からしてみても、そう考えるのが一番自然かも知れない。しかし、一気に真実味を帯びる仮説の前に、それでも校長は疑問を抱く。


「……何なんだよ」


 どこか怒りが込められたような声で。


「そこまでして、目的を達したとして……『家族アイツら』は一体、何がしたいんだよ?」


 ギリッ、と歯を軋ませている校長の様子を見て、里崎は割と冷静な声で言う。


「ま、そこら辺は本人に直接訊こうにゃー」


「……そうだな。それがいい」



 ドバァンッ! という粉砕音が響いた。



 それは校長が廃墟の外壁を蹴り壊した音であり、その内部に展開されていた『家族』のアジトである『フィールド』の一部に風穴が開いた音であった。


「ッ……!? 誰だテメーは!?」


「うげ、あんたは……!」


 中に居た黒いツンツン頭の若い男と、半眼の中年男が驚愕の表情を浮かべている。


「よぅ。いきなり訪問したとこ悪ぃんだけど、クソジジイに伝えてくれねぇか?」


 そんな状況で、校長は堂々と挨拶する。



「『最強』が喧嘩売りに来たぞコラ、ってよ」






 黎素 侶起は、誰も居ない放課後の普通教室棟を歩いていた。いくつもの空っぽの教室が横を過ぎていき、彼の足音だけが妙に鮮明に響き渡る。一見普通の光景に見えるのだが、大抵の生徒は寮に戻っているとはいえ、あまりにもその空間は、『静か』すぎた。


 そんな異常を前に、黎素は特にいつもと変わらない調子の声で喋る。


「ええ、割と首尾よく進んでたりします、はい。そちらもだったりしますか。ん? 口調が気持ち悪いって? 言われても困ったりしますね。これは『自分』の口調だったりするんで、はい」


 そこで黎素は、一人の介入者に気付いた。


「……すいませんね。ちょっとおとないだったりするみたいです、はい。また繰り返しこちらから連絡しますね」


 耳に当てていた携帯電話を仕舞い、黎素はその人物へ目を遣った。


 腰まで届く金色の髪と、真っ白な着物で身を包んだ狐目の女。


「いやあ、山中先輩じゃないですか。どうかしたりしたんですか? そんな白無垢なんか着たりして、結婚でもしたりするんですかね、はい」


「君は何者だい?」


 山中 妖狐は無視して単刀直入に訊いた。


「君はワタシの『眼』に映っていない。読心も全く働かない。こんな事は初めてだ。まるで『君』という『存在』がそこに存在していないかのようにねぇ」


「何かの勘違いだったりするんじゃないですかね? 自分、そんな大層な力を持ち合わせている気は無かったりするんで、はい」


 若白髪の少年は仰々しく頭を下げ、


「もし、自分の所為で先輩の能力行使が阻害されていたりするなら素直に謝りますけどね、はい。何もそんな怖い顔して睨み付けたりしなくてもいいんじゃないかと」


「ああ、確かにワタシに君の『正体』は視えない。だが――」


 妖狐は手首をコキリと鳴らす。



「――君の周りの『悪意』は視えるぞ」



 ダンッ! と物凄い力で床を蹴り上げる音と共に、妖狐は自らの妖力で形成した刀の切っ先を黎素の喉元へと突き放つ。


「……まさか初撃から殺しに来たりするとは」


 対する黎素はその場から一歩も動かずに、素手で妖力の刀を掴む。急に動きを止められた妖狐の体が反動で宙に浮き、黎素はそのまま腕を横に振って、刀ごと妖狐の体を投げ飛ばした。


 窓ガラスの砕け散る音が鼓膜に突き刺さる。校舎の外へ投げ出された妖狐は、受身を取って着地しようとして、目の前の光景に驚愕した。


(何だ、ここは……ッ!?)


 そこは学校の敷地では無かった。そこに居るだけで吐き気が出そうな、何もかもが捻じ曲がった場所。全体が闇に飲み込まれたかのように暗く、上下左右も判らなくなりそうになる曖昧な空間だ。


 恐らく黎素によって、妖狐は強制的にこの異空間へ飛ばされたのだ。


「目と鼻の先まで迫ると怖いものですよね、はい。それが『死』ってものだったりします。『妖怪』だって死ぬのは嫌でしょうね」


 声がして、妖狐は振り向いた。


「まあ、『自分』にはここまでが限界だったりします、はい。ここからは……『あっし』の出番っつーことだね~おい」


 空間の歪みが僅かに増した気がした。


 そこにあったのは若白髪の少年の姿ではなく、白い髪と白い肌に白いローブを着た、全身真っ白の男だった。


「ッカ~! 『表』は久々だね~おい。潜入ってのも楽じゃないっつーこったな」


「君は……」


 別人。黎素とは背格好も、口調も、纏う空気も違う。『別人のよう』とかいう比喩ではなく、『完全に別人』。


 ただ、その周りを包む『悪意』だけが、妖狐の『眼』に映る。その現象が、この男が黎素と同一人物だという事を明らかにさせていた。


(変装や変化なんてレベルじゃない……。魔力でどうこう出来る次元を超えている……!?)


「そういうのを『神力』っつーんだよ~おい」


 妖狐の思考を見通しているかのように、白い男は答える。


「名の通り、神の力ってな訳でね。そんじょそこらの術とは一線を画してるっつーこったよ~おい。俗に言う『奇跡』なんてなぁ神様みーんなが起こせんだな~コレが。あんたも四尾の『天狐』なら、その片鱗くれーは味わってんじゃねーのかね~おい。例えばその刀とか、あっしにゃその類に見えんだけどよ」


 言われて、妖狐は妖力の刀に目線を落とす。確かにこの“狐の剃刀”という術は、『神狐』の域に踏み入れてから習得したものだった。妖狐自身、尻尾の数が減ってから、自分の力が僅かに気配を変えている事に気付いていたが、その正体がこの男の言う『神力』だとするならば妙に納得できてしまう。


 だが、


「何故そんな事を……?」


 自分にすら知り得なかった、正体不明の力を語るこの男は、一体何者なのか。


「知りたいかね~あんた?」


 白い男は不敵に笑みを浮かべ、



「ロキ」



 短く、その名を口にした。


「『あっし』は『神』の一柱、ロキが生み出した一つの人格。たまに『大魔王』とか呼ばれっけど、んなのは些細なこったね。そっちのこたぁ主人格サマに任せっ切りっつーんだな~コレが」


 『神』。それも、全ての『悪』を束ねる親玉。


 妖狐は絶句する。


 つまりは、コイツが根源。全ての発端――七年前の『世界の節目』が起こったのも、それによって『家族』という組織が出来上がったのも、更には『彼女』が『魔王』になってしまったのも。『悪』という組織が関わった出来事は、全部。


 ――コイツが。


 妖狐の中で大きな感情が沸き立つ。それは、今まで生きてきた中で最も黒い感情であり、同時に最も彼女を狂わす感情だった。



 ――コイツガ、ゲンキョウカ。



 『挟間』が震えた。様々な力が重なり合って生じた空間は、突如出現した巨大な妖力によって悲鳴を上げていた。


「そいつがあんたの本当の形態ナリかい」


 狐は答えない。そもそも聞いてすらないかも知れない。


 ただ狐は敵に向かって跳躍し、その巨躯からは想像が付かない程の速さで突進した。


「どこ見てんだ~おい」


 全く別の方向から声がし、狐は視線を走らせ敵の姿を捕捉すると、四つの尾から火炎を放つ。


 白面金毛九尾の狐。史上最強の『妖怪』と謳われた『存在』の分身は、殊更その力の強大さのみを比べたら、オリジナルを超えつつあった。


 『挟間』が炎によって照らされる。闇を掻き消すかの如く放射された狐の一撃は、それだけで対象を灰にする力を持っていた――


 はずだった。



「フン。天の域に至り始めたとは言え、所詮は獣の成り上がりか」



 黒。頭のてっぺんから爪先まで全てが黒。鉄すら溶けそうな業火の中で、その黒い男は静かに立っていた。


 『大魔王』ロキ、主人格。『悪』の頂点に君臨する『神』。


「平伏せ、畜生風情。貴様では話にならん」


 一瞬で狐の目の前に現れた男は、狐の鼻先を軽く足で踏む。


 瞬間、狐の体が真上から何かに押し潰されるように崩れ落ちた。背中や両の前足、後ろ足がバキバキと嫌な音を立てて折れ、先程まで燃え盛っていた炎は途端に消え去った。


 悲鳴すら上げる事無く、狐は血を吐いて倒れ伏す。決定的な力の差。狐は『神』の前に、成す術は無かった。


「フン。『俺』はこのまま息の根を止めてもいいが……『あっし』は違うね~おい。こいつにゃ利用価値があるっつー話だよ~コレが。んま、具体的には……『自分』に良い案があったりします、はい」


 黒い男、白い男、若白髪の少年。ロキが姿を変えるたびに『挟間』が揺れる。ほとんど力の残っていない狐には、その『挟間』の歪みが増す事さえ耐え切れなくなっていた。


 そして再び空間が歪み、狐が限界に達する直前。



「『ワタシ』が、直接出向けば良いだろう?」



 腰まで届く金色の髪に、狐目をした女。


 いつも自分が彼らの前で見せている姿へと『大魔王』が変容した光景を最後に、狐の意識は闇に落ちた。

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