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僕の世界  作者: Sal
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【第百五十七話】騒擾編:プロシード

 真っ白な壁に囲まれた空間に、派手なステンドグラスから光が差し込み、飾り付けられていた金色の十字架が瞬く。そんな光景を、一般礼拝用の椅子に腰掛けて『マリン』こと金城 沙希(かねしろ さき)は眺めていた。


 赤いフレームの眼鏡を掛け、ワイシャツに黄色のカーディガンという相変わらずの女子高校生姿をした『勇者』は、一応表の世界に分類されているこの教会を、少々専門的な視点から考察する。


(奉神礼は普通起立してやるもの……なんで椅子が置いてあるんだろう。日本の習慣上の違い? あと、あの十字架が金である事に対する意味はなんだろう。冷徹、堅固……いやこれは五行の性質だし)


 物事には必ず意味合いが存在する。教会が東向きなのは太陽という救いの光より神の国を望む姿勢を表すからであり、十字をかく時に三本の指を合わせるのは三位一体を象るからである。ただし、そんな真意を知らずとも日常生活で困る事などありはしない。『イタダキマス』や『ゴチソウサマ』を機械的に言う子供が良い例である。あくまでも、そこに含まれる意味とは極めて副次的なものでしかあり得ない。


 しかし、裏の世界だと事情が少し異なってくるのだ。魔法・魔術とは物事に意味を見出す事でその効力を発揮する。自身で新たな術を開発する際には、そういった『意味』の研究は欠かせない。そして、『意味』の研究をする事で、敵の持ち物からその能力を先読みする事にも繋がる。ただ、実際のところは、戦いに個人の能力の使用や構え無しの攻撃はざらであり、奇襲されたら元も子も無いという、裏の世界でもかなり高度なテクニックではあるのだが。形式魔術に囚われていた中世頃なら、もっと重要視されていたかもしれない。


 そんな事は深く気にせず、沙希はこの意味探しを習慣的に行っている。何事も、覚えて損は無いというのが彼女の結論だ。


「待たせてしまいましたかねぇ、『マリン』?」


 ややしわがれているが、野太い老人の声が教会の中に響いた。


「ああ、いえ。私もちょうど作業が終わったところです、『ルビー』」


 沙希は振り向き、教会の入り口に立つその老人に言葉を返す。


 大柄な体格に、全身黒服と白い手袋。ごつごつとした顔付きに、顎の不精髭と、左頬から鼻先にかけて残る傷跡が、どこか危ない所の用心棒でも受け持っているかのような印象を与えている。


 コードネーム『ルビー』。今から三代も前の『ガーネット』が就任していた頃からこの職を務め続けている、『勇者』の中でも最古参レベルの実力者である。


「すみません、デマかも知れない情報にわざわざアナタを巻き込んでしまって……」


「いや、何せ相手は『見張る者グリゴリ』ですからねぇ。用心し過ぎた方が丁度良いでしょう」


 実際、その『用心し過ぎる』という境界も曖昧である。確かに、ガセ情報に対して有力者が三人も四人も出動するのはやり過ぎだが、その相手が例えば巨大な組織そのものだったとしたら、それでは戦力が全く足りない。


 だからこそ今回の一行パーティーの構成員は、『戦闘』を目的としてはいない。万一、戦闘になっても逃げ切れる実力を持った、『勇者』の上層部の人間で構成されている。人数は行動を素早く、かつ生存率を上げるために三人編成。彼らは、戦場からの『生還』を目的として集められたのだ。


「それより『アゲート』はまだですかねぇ? 彼が来るまで出発が……」


「俺なら最初から居るぞ」


 二人は声のした方――天井を見上げた。一面の白に一つの影がぶら下がっていて、勢い良く空中で半回転して床に着地する。


 烏のように真っ黒な髪に、常に睨み付けているかのような鋭い目付きと、その目元の隈。口元を赤いバンダナで覆い、擦り切れたボロボロの夏用コートを羽織っている。


「『アゲート』、いつから居たんですか?」


 沙希が眉を顰めて訊く。


「テメェがここで周りの物をじろじろ見てた時からだ。退屈だったから天井で寝てた」


 さも当然そうに返答する『アゲート』に、沙希は小さく溜め息を漏らす。この男、『勇者』でも相当な奔放人として有名なのだ。それでも実力がある以上、それを非難される事は少ないのだが、どうしてもこの辺りの才能という物には理不尽さを感じざるを得ない。


「んでよ、転移術式は完成してんのか? ホントにヘルモン山まで飛べんだろうな?」


 『アゲート』が沙希を疑り深そうに睨む。


 ヘルモン山とは、今回の任務の目的地である。レバノンとシリアの自然的国境となっているアンチレバノン山脈の最高峰であり、現地ではシャイク山とも呼ばれている。


 【エノク書】において、ヘルモン山は古の『堕天使』の一団が降り立ったと云われる場所であり、そこに何かしらの地形的意味があったとしたら『見張る者グリゴリ』がそこへ来る可能性も考えられなくは無い。


「確かに、私は空間操作系の青魔術のセンスはありません。並の青魔導具でも呼び出すならまだしも、こちら側から転送するとなれば半径一キロ程度が限界でしょう」


 現在地は日本。ヘルモン山までは直線距離にして8000キロ以上ある。


「ですが――」


 沙希は割と強気に言い放つ。



「――そこは私の得意分野です」



 ゴォッ! という音がして、『ルビー』と『アゲート』は思わず目を見張った。


 教会全体が青白い光に包まれているのだ。


「ほう、驚きましたねぇ。教会そのものを術式に組み込んだのですか、『マリン』?」


「ええ、そうです」


 沙希はあっさりと答える。


「長方形の教会の意味は、『ノアの方舟』――要するに目的地へ向かう『船』なんです。元から魔力的性質を持つ建物ですから、その影響力は充分。後は、それ以外の余計な意味を打ち消す作業と、目的地の設定だけで済みます」


 そうは言うが、その意味を打ち消す作業と、目的地の設定というのがかなり難しいはずなのだ。教会内部に含まれる意味の数など数え切れないし、目的地を設定しようとすれば、そこで更に別の意味が発生し、またそれを打ち消さなければならない。


「人払いの意味も兼ね合わせてまして。思いの外、時間がかかりました。昨日までには終わらせるつもりだったんですけど」


 それでも彼女がこの術式を作り始めたのは三日前だ。通常の魔術師なら一週間……一ヶ月かけても完成しないかも知れない術式の作成を、彼女はたった三日でやってのけたのだ。


「……チッ」


 『アゲート』は詰まらなそうに舌打ちした。


「さて、皆さん。準備はよろしいですか?」


 沙希の表情が真剣なものとなる。彼女は『マリン』としての覚悟を固める。


「各自ここから制限具は外してください。これから赴く場所は、敵の本拠地である可能性もあります。いつ戦闘が起きても構わないようにしてください」


 言って、『マリン』は自分の髪を括っていたヘアバンドを外す。ポニーテールからストレートロングに変わった彼女からは、先程とは別人のような量の魔力が放出されている。


 『ルビー』は白の手袋、『アゲート』は口元のバンダナを外し、一気に周りの魔力が膨れ上がる。それに合わせて緊張感が高まって行くのを『マリン』は肌で感じていた。


 残った作業は簡単だ。後は、この術式を発動させればいい。


 『マリン』は一度大きく息を吸って、


「さあ、行きますよ」



 巨大な敵の待つ土地へ、飛んだ。

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