【第百五十五話】騒擾編:プレフィス
人の恋路を邪魔する奴はどうなろうと知ったこっちゃ無いけど、人の恋路を手助けしてる奴は……やっぱり同罪。
「どう思うよ、ヒナさん。裸Tシャツでも、秀は狼化することなくまーさんと普通に接してたらしいぜ」
「何て言うか、わたしから言わせてもらえばアイツもう失格ね。オトコとして。『男』としても『漢』としても」
「俺はこう思うぜ。もうアイツの気を引くには色気じゃダメだ。ああ見えて純真だからガチガチになっちまうんだろうぜ。ここは寧ろ一歩退いてツンデレとかな……」
「だったら冷められたとか本気で思ってヘコむんじゃないの? やっぱ、ここは激甘な空気で攻める――責めるべきだと思うのよ」
「そういや押しに弱かったりするしなぁ……、そっちから行った方がいいか。じゃ、こうだな。保健室のベッドを使って○○○……」
「それじゃヌルいっつの。ここは×××で……」
「それって本人達の前で議論することかなァあああああああああッ!?」
僕は堪らず生徒会室の中で絶叫した。いつ以来だろう、こんな大声出したの。
「良いか、秀。俺達に非は無いんだぜ。そもそもを言えば、お前がだな……」
「黙れ! 今の話のどの辺りに僕が責められるべき要素があった!?」
「『責められる』だと……?」
「今コイツ自分で『責められる』って言ったわね……」
「ああ……これはアレだ。いわゆる、『天然』って奴だぜ……」
「まさか、まだこんな奴がこの世に居たなんて……」
「コイツは……希少種だぜ」
「一体何なんだ、お前らさっきから!?」
麻央さんは隣で顔を赤くして俯いている。これは被害者だよなぁ、完全に。
「でも実際どうなんだい、秀くん? ワタシには、些か君が積極性に欠けているように見えるけどねぇ」
よーこさんがちゃっかり話に乗ってきた。もうやだ、この展開。
「そりゃ、僕も色々足りてないとこはあるかも知れないけど……」
「致命的にだぜ」
「致命的にね」
「致命的にだねぇ」
何だ、この三段波状攻撃。
視界の隅で、麻央さんが頭を抱えて机の上に伏しているのが見える。何度も言うけど、やっぱこれ本人達の前でする話じゃない。絶対に。
「そっ、それより、高田君とミラーカさんはどうしたのさ! 何で二人とも来てないんだよ!」
「あの二人が来てないなんていつもの事だぜ」
「トモダチ、それあんたが言えた事なの?」
「今更だけど、何でヒナさんはナチュラルに居座ってらっしゃるのかなっ!?」
駄目だ、ツッコミどころが多いよこの人達。
「わたしは、アレよ。実は、生徒会を影から操ってる黒幕的存在だったり」
「聞いた事無いよ、ヒナさん」
「わたしの手にかかれば、今この場で麻央にストリップショーを開幕させるなんてことも朝飯前なのよ」
ダッ! ダッ!
「「逃がすか!」」
一斉に猛ダッシュした僕と麻央さんを捕まえるトモダチとヒナさん。
「離せ、トモダチ! 僕は何だか貞操の危機を感じるんだ!」
「奇遇だな、秀。俺もちょうどそう思ってたところだぜ、お前のな」
「外道だ、ここに外道が居る! ってか、本当に離せ! お前その押さえ方、関節が極まってるんだって!」
「こっちは問題無いぜ、ヒナさん。そっちは?」
「こっちもよ。ったく、わたしの念糸の前から逃れられるかっつの」
「ヒナ、あたし何か悪いことしたかな……?」
体の『支配権』を奪われたらしい麻央さんは、泣きそうな表情を浮かべていた。
「よし、トモダチ。秀をその椅子に縛り付けといて。こうなったら無理矢理コイツの性欲を駆り立てさせるしか無いわ。その間、あんたは後ろ向いてて」
「おい、何か今さらっと危ない単語が聞こえた気がしたけど気のせいだよね!? まさかこんなとこで何かやらかす訳じゃないよね!?」
「……秀、お前は少しヒナさんを甘く見ているぜ。あの人はな――」
ヒナさんが指をくいっと動かすと、麻央さんが自分の服に手をかけ始めた。
「――やると言ったらやる」
最悪だ。
「ちょっ……ヒナ! 何させて……っ!」
「抵抗しても無駄だっつの。ほれほれ露出露出」
「やめろトモダチ、本格的にロープで縛るな! どっから用意したそんな物!?」
「いやいや、秀くん。実は内心この展開に喜んでいるじゃないか?」
「よーこさん、今度ばかりはそんな事思ってないからね!? っていうか、指で無理矢理まぶたを開けさせないで!」
何かやけによーこさんがアグレッシブだ。何で? 一体、何が起こってる?
「ヒナさーん、俺後ろ向いたから準備オッケーだぜ」
「よーし、では早速引ん剥いて――――」
「あの、すいません」
ピタッ、と全てが静止した。
「生徒会室ですよね、はい。お邪魔だったりしますかね?」
生徒会室の入り口でそう言った男子生徒は、視線を逸らしながら自分の頭を掻いていた。
突然の来訪者。珍しく、よーこさんまで目を見張って驚いているようであり、当然他の人はもっと驚いていた。
そして誰より、可愛らしいピンクのブラジャーがちらっと見えている状態で固まっている麻央さんが一番可哀相だった。
「いやァああああああああああああああああああああッ!」
「……待たせたね」
「いえ、自分そんな待ってたりしてないですよ。さっきまでの出来事は記憶から抹消完了済みだったりします、はい」
下級生にまで気を遣われるとは……。
一通り部屋を元通りにして対応してる僕ら生徒会4人+1。内一人、麻央さんはしばらく喋られる状態じゃなさそうだった。
「んじゃ、まず名前から教えてくれる?」
生徒会役員じゃないのに、ヒナさんが訊いた。……まぁいいか、どの道同じだし。
「ああ、自分、黎素 侶起って言ったりします。この間、高等部一年に転入したりした者だったりします、はい」
転入生か。道理で見たこと無い顔だと思ったが。
背格好が小さめで若白髪が特徴的な黎素君は、割と社交的そうな笑顔で続ける。
「自分、今日はですね。ちょっと解決してもらいたい異変がありまして、はい」
「『異変』?」
トモダチがそのまま訊き返す。
「知ってたりしますかね? 近頃、自分の学年では謎の噛み付き事件が発生してたりするんです、はい」
「『噛み付き事件』だって? 誰かに噛まれたってこと?」
また妙な話だ。何だか人外の仕業な気がするな。
「ええ、まあ、主に被害者は男子生徒だったりするんですけどね。突然、首筋に痛みが感じたと思ったら、まるで何かに噛まれたかのような二つのアザが出来ているという……半分、怪奇現象みたいな事件だったりするんです、はい」
何だろう、犯人に物凄く心当たりがあるような。
「ついには、自分にまで被害が及ぶと思うと、何だか気味が悪かったりしましてですね。原因はおろか手掛かり一つ掴めてないこの状況で先生方に頼むのは無理があると思い、生徒会に言う方が妥当かという結論に至ったりしまして、はい」
「ああ、うーん……検討してみるよ。案外、原因は単純なものかも知れないしね……」
今晩にでもミラーカさんに問い質してみるか。最近、どうにも様子がおかしいとは思っていたが、何かあったのかも知れない。
僕が思案していると、ふと黎素君が調子を変えて口を開いた。
「しかし自分、意外です。生徒会長がこんな一見優しそうな風貌の方だとは。人は見かけによらないものですね、はい」
「え? どういうこと?」
変な予感がする。
「いやあ、ちょっと伺ったりしたところによると、去年の聖夜に女子寮でハーレムの○▼×△だったとか」
「よし、黎素君。まずはそのデマを誰から聞いたか答えてもらおうかな」
「秀、目がキレてるぜ。落ち着け、半分事実だろ」
「黙れ、トモダチッ! 今の話のどの辺りが半分なんだ! もはや原型すら留めてねぇし!」
「強いて言えば女子寮のとことか?」
「ヒナさん、頼むから口を挟まないで!」
何故だ、何故僕には味方が居ない!?
麻央さんは絶賛ブルーだし、よーこさんは何かさっきからずっと黎素君のこと凝視してるし!
「では自分はこれで去ったりします。生徒会長、異変の方よろしくお願いします、はい」
「待って、黎素君! まだ誤解が――――」
解けてない、と言い切る前に生徒会室の扉は虚しく閉まった。これほどにまで世界が無情に感じるとは。
僕はこれからの校内での対応を脳内で整理すると、頭の中が痛くなった。