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僕の世界  作者: Sal
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【第百五十三話】事件の前置き その4~善側~

 声を聞いた。


 それは命乞いだった。それは断末魔だった。それは説諭だった。


 けれど、口にした言葉はどれも同じで。


 ――俺とお前の何が違う?――


 全部。


 ――俺とお前がやっている事の何が違う?――


 全て。


 ――同じなんだよ。俺もお前も、ただの獣だ――


 誰もが揃って主張する。



 ――お前は、『悪』だ――






 筧 閃こと悠木 菖蒲は、目を覚ました。


 眠る前の記憶が飛んでいるのか、まず周りを見渡し、居場所を確認する。


 椅子と机しか存在しない殺風景な部屋。窓すら無い壁は灰色一色だが、陶磁器やコンクリートとはまた異なった材質のように窺える。


 この部屋に名前は無い。この部屋の存在意義は、名に意味を追求するほどの価値を持たないからだ。


 ここは『勇者』の本部である。しかし、そもそも『勇者』は、その活動内容において組織の上下関係などほとんど無い。従って、この部屋は存在する必要が無いに等しいのだ。部屋の構造自体も、『展開装置エキスパンダー』と呼ばれる特殊な魔法道具を用いて、術者の魔力で展開するという非常に単純なものだった。術者によって形や大きさは変わり、存在する場所も時によって変わる。


 この部屋は、それだけのモノだった。


「いらっしゃいますか、『ガーネット』?」


 不意に、声が聞こえたかと思うと、その人物は部屋の扉から姿を現した。


「ああ、やっぱりそうだった。この薄暗い部屋はアナタのものだと思いましたよ」


 見た目、菖蒲と同じくらいの年齢の女。筧の掛けている大きな丸眼鏡とは違う、赤いフレームで四角いレンズの眼鏡を掛け、腰程にまである茶色がかった黒色の髪を後ろで一つに結っている。上はワイシャツに黄色い半袖のカーディガン、下はチェックのスカートという格好で、どう見てもどこにでも居る一般の女子高生にしか見えない。


「………沙希、名前でいい。………今は仕事中じゃない」


「駄目ですよ。普段から自覚を持たないと。私はこの職に誇りを持っているんですから」


「………細かい」


「徹底している、と言ってほしいんですけど」


 この沙希と呼ばれた女も、また一人の『勇者』である。


 『勇者』に就くに当たり、性別年齢が問われる事は無い。『勇気』を持つ者は皆、その資格があるのだ。実際、菖蒲がこの職に就いたのは彼が五歳の頃である。


「『ガーネット』、学校はどうしたんですか?」


「………ここ数日、欠席している」


 というのも、近頃の『善』の組織の状態が、とてもバランスが取れているとは言い難い事になっているからだった。そろそろ『天使』の方にガタが来てもおかしくはない。そこを『悪』の方に付け入れられる訳にはいかないため、こうしていつでも迎撃が出来るよう待機しているのだ。尤も、『悪』の組織の方もそれどころではない状態であったりするので、あまり意味は無い。が、しかし、やはり備えるに越した事は無いのだ。


「宜しいんですか? 確か、『最強』が長を務めるランクS校でしたよね? 出席日数とか、そういったのには厳しくないんですか?」


「………生徒全員が特異だから、寧ろその逆。………教師に事前報告するだけで欠席等は自由。………そもそも、沙希、そっちこそ学校はどうした」


「私は所詮ランクA校所属ですから。校則は結構厳しかったりするんで、そちらとは違って、あまり個人的な理由で欠席は認められませんよ。今日は開校記念日で休みなんです。というか名前で呼ばないでください。『マリン』というコードネームがあるんですから」


 沙希は『勇者』である事に対して、異常とは行かないまでも相当な拘泥を見せる。その理由は、彼女の生い立ちによるものなのか、ただの意地っ張りであるのか、はたまたそれとは別にあるのか。菖蒲はその事を知らないが、敢えて問い質そうとはしない。この世界において、裏面に何かしら事情を抱える人物などごまんと居るのだ。中には、口外したくもないような辛い過去なども含まれている。


 過度の介入は無粋。菖蒲は、そう思っていた。


「………それで、『マリン』。一体、何用だ。………ココへ来たという事は理由があるんだろう」


「ええ、まあ……そうなんですけど」


 沙希がちらと険しい顔で辺りを見渡す。


「誰も居なさそうですし、アナタになら話してもいいかもしれませんね」


 そう言って、間を置いてから、


「例の『見張る者グリゴリ』の件なんですけど」


 沙希の口から発せられた単語に、菖蒲は僅かに眉を寄せる。話の内容の重大性を察したのだ。


「ちょっとした情報を耳にしたんで、近い内に行ってみようと思いまして。転移術の転送先の簡単な確認をこちらで行いたかったんです」


 『展開装置エキスパンダー』は空間を術者によって自由な形に変えられる。つまり、任務先の地図でもあれば、実際にその地形を空間に再現することで、転移術などのシミュレーションが可能になるのだ。


「………一行パーティーの構成員は?」


 菖蒲は『展開装置エキスパンダー』の核となる椅子から立ち、沙希に座るように促す。


「まあ、十中八九デマだと思うんですけどね。念のために、私を含めて『ルビー』と『アゲート』の三人で」


 沙希が椅子に座ると、先程までの灰色の部屋が崩れて消え、代わりに山道のような景色が辺りに現れる。


「…………」


 菖蒲は黙る。


 基本的に、『勇者』は少数人数での行動がセオリーだ。多くとも七人を超える事はほとんど無い。それと言うのも、そもそも『勇者』が極めて個人単位で活動する団体だからだ。目的は同じであろうとも、その過程や手段はそれぞれ。故に、他の『勇者』がどんな行動をしようと、それに対して口を出すのは『勇者』としての行いからは逸れている。ましてや、最高権力者『ガーネット』である菖蒲が、それを反古する事は組織形態的にあってはならない事であった。


「ええと、もしかして……心配してくれてるんですか?」


「…………」


 それはかなり肯定的な沈黙だった。


「やっ、やだなあ……。いつもはそんな気質なんかしてないじゃないですか。どうして……」


「………今回の件に関しては、万一の危険性が高すぎる」


 『見張る者グリゴリ』が関わっているという事は、『堕天使』と化した『熾天使セラフィム』や『智天使ケルビム』と一戦を交える可能性が高くなる。そうなれば、どのような結果になるのかは想像に難くない。特に、『天使』の最高位である『熾天使セラフィム』の力は、最早普通の『人間』と比べる事が間違っているのだ。


「………行く事を止めはしないが、これだけは言っておく」


「……なんですか?」


「………『勇気』と『無謀』は違う。………危険と判断したら迷わずに退け」


 それは、彼にしては珍しく、強い口調で、



「必ず生きて戻れ、沙希」



「……だから、名前で呼ばないでくださいよ」


 『展開装置エキスパンダー』によるシミュレートを終え、『マリン』は静かに椅子から立ち上がる。


「当たり前じゃないですか。私だってまだ死ぬつもりはないんですから。……では、これで失礼します」


 半ば話を切り上げるようにして、そそくさと部屋の扉に手を掛ける。


「……『ガーネット』――、」


 そして去り際に、彼女は小さく、しかし確かな声で呟いた。



「――また、会いましょう」



 ガチャン、と扉が閉まる音が虚しく響いた。


 部屋はまた灰色一色に戻っていて、ただ一人、菖蒲だけが残されていた。


 いつだったろうか。彼は以前にも、同じような感覚を体験した事がある気がしていた。


 どこか胸を掴まれているような、喉の奥で何かが詰まっているような、とにかく嫌な感覚。


 その時は、もうすぐそこまで迫ってきている。


 彼はそう思うと、居ても立っても居られない感情に駆られた。

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