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僕の世界  作者: Sal
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【第百五十二話】事件の前置き その3~悪側~

 今日の裏世界では、大きな問題が二つ発生している。


 一つ目は、『氷王』の行動を『魔王』が妨害した為に始まった、『悪』の内部抗争。元々、『氷界』『炎界』『挟間』といった北欧の残骸達に、新生した『魔界』が付属する形で保っていた『悪』のシステムが崩れたのである。


 それにより、『魔界』側の『悪魔』達は、『悪』の組織の中で孤立状態と化していた。



「――以上の通り、Lv3のラプラス部隊・マクスウェル部隊はほぼ壊滅状態です。増援を行うにも、圧倒的に手が足りません。如何なさいますか、閣下」


 Lv4の『悪魔』にして、『魔王』の側近、ペイモンは緊迫した口調で述べる。


 当たり前の事である。『悪』の総本山である『挟間』こそほとんど動いてはいないが、『氷界』『炎界』の二勢力に『魔界』が正面から対峙するのは、かなり無理があるのだ。


「……ふむ」


 それに対し、『魔王』バアル=ゼブルは沈黙した。


 ここまで大規模な『悪』の内乱は、過去に前例が無かった。大抵、『悪』での揉め事というと、身勝手な『悪魔』の一人二人が必要以上に表世界に介入した事で、全体が『夜摩天』からの叱責を受け、責任としてその『悪魔』が半殺しにされるようなものだった。


 しかし、今回は全く違う。今のところ表世界には関与していない上に、戒律も最低限守っているので『夜摩天』が出てくる事は無い。それよりも、違うのは相手だ。基本的に『悪魔』というのは『人間』を相手に活動する事が多いので、『人間』以外の『存在』と戦う事には慣れていない。対して、『氷界』『炎界』の者達は『悪』の調整を行う役目を担っているので、寧ろ人外の『存在』と戦う事に慣れているのだ。人数が多くなればなるほど、この経験値の差は大きく響く。


 無論、例外がいない訳では無い。それこそ人数差など覆せる実力者は、『魔界』に何人かは存在する。独断で『魔装』を入手していた例の四人や、元々それを所有している者達。後者には、『魔王』自身も含まれている。


 しかし、Lv4以上の『悪魔』を投入するという事は、同時に事態を更に広げるという事であり、抗争の収拾は余計困難になるだろう。そこまで踏み込んでしまったら最後、『魔界』全体で徹底抗戦の構えを取らざるを得なくなる。


 そして事態が大きくなれば、更に多くの者を巻き込む事になる。あの『元魔王』の学校にも飛び火する可能性も高い。


 バアル=ゼブルの頭に、一人の少年が過ぎった。『元魔王』のクラスメイトであり、二度も自分に盾突き、『元魔王』に手を出したら殺すとまで言い放った、あの『決定者』。


 ――――何を考えているのだろうな、俺は。


 微かに湧いた下らない考えをすぐさま振り払う。決めたはずなのだ。もうこれ以上関わりはしないと。


「……一先ずは、現時点の戦力で耐えるしかあるまい。それで状況が好転せぬようならば――」


 言いながら玉座から立ち上がり、蝿の王は側近と擦れ違うと、『王の間』を後にする。



「別の手段を取る」






 今日の裏世界では、大きな問題が二つ発生している。


 二つ目は――――



「いや~、久しぶりに来ちゃったな~…………ここ」


 聖域、と呼ばれる場所がこの世界には存在する。それは、悪しき者の立ち入りを禁ずる『善』の絶対領域。それは、ある時は教会であり、ある時は寺院であり、ある時は神社という形で世に遍在する。そして、この『天界』もその聖域の一つであった。


 この世の物とは思えない白い光のような靄に全体が包まれ、かと言って視界が不明瞭な訳でも無く、どこまでも見渡せる訳でも無い、尋常の域を超越した空間。


 そんな一般人さえも侵入困難な場所に、気の抜けるような緩い口調の声が響いた。


 彼女は、以前に『天使』に所属していた過去があった。それは、彼女が元々種族として『天使』であったが故の、彼女の意思とは関係の無い所属理由だった。当たり前なのかも知れないが、だからなのか、七年前に疑心暗鬼に囚われた彼女は信じるものを変えた。今までの地位を全て捨て堕天し、『悪魔』となったのだ。


 詰まるところ、種族は『天使』でも、今は『悪』に所属する者なので、この聖域に入る事は許されないのである。



「誰なのでありやがりますか、この忙しい時に侵入してきやがりましたのは」



 罵っているのか丁寧に言っているのかよく判らない口調をした女が、白い光の中から現れる。


 ウェーブのかかった金のロングヘアーに、ゆったりとした白いローブ。そして、背中から生える三対の純白の翼が彼女を人外の『存在』である事を際立たせていた。


 『天使』。それは、天よりの定めで『悪魔』と相対する、究極の『善』なる使者。


「やっほ~、エリー。久しぶり~。全然変わってないね~、その口調」


「は?」


 エリーと呼ばれた女は、間抜けな声を出した。


 彼女は第三位『座天使スローンズ』に属し、『7人の上級天使』の一人にも数えられる、かなり位の高い『天使』である。


 そんな彼女に、軽々しい口調で話す者は、『天使』には愚か『善』という組織の中でも十に満たないほどの人数しか存在しない。故に、今のように当たり前の如く軽い口調で話しかけられ、困惑しているのかも知れない……が、しかし。


 それ以前に、彼女を『エリー』などと呼んだ者は、過去に一人しか存在しなかったのである。


「貴女……まさか、カヴティエルなのでありやがりますか!? 七年前に堕天した――――」


「う~ん、今はアスタロトって名前があるんだけどね~。あたしも古の名を語れるくらいにはなったんだよ~」


 まるで古い友人に話しかけるような調子の声をしたアスタロトからは、敵対者としての威圧感のようなものは感じられない。


 やや混乱しながらも、エリーは緊張を解く事無くアスタロトと話す。


「今更何の用でありやがりますか。まさか、この機を狙って『天界』を堕とそうなんて考えやがっていますのでは……」


「違うってば~。確かに『善』が今、大変な事になってるのは知ってるけど、『悪』だって大変な事になってるのは、そっちも知ってるでしょ~? それにそもそも、あたし一人で『天界』に攻め込もうだなんて面倒だしね~……」


 寝癖なのか、ボサついた長い黒髪を掻き上げ、欠伸をしながらそう答えるアスタロトは、本当の事を言っているように思える。しかし、エリーにはその意図が全く読めなかった。


「では一体……」


「『見張る者グリゴリ』だよ」


 エリーの表情が凍る。


「笑っちゃう話だよね~。『熾天使セラフィム』と『智天使ケルビム』二人が共謀して、古の『堕天使』の集団を名乗ってるんでしょ? そりゃ『善』の組織も混乱するわけだよね~。『天使』のトップ達が一度に三人も堕天すればさ」


「何を訊こうとしていやがるのですか、カヴティエル……いえ、アスタロト?」


 エリーの問いに、アスタロトは僅かに微笑む。


 そこにはどこか、猟奇的な雰囲気を帯びながら。



「エリー、あたしと手を組んでみない?」






「ムワッハッハッ! 久しいじゃねえのよォ、御二方ァ! 相変わらず、シケた面ァしてんなァ!」


「喧嘩を売っておるのか汝は」


「抑えるのじゃ、ユミル。話が進まぬわ」


 闇のような空間の中で、その三人は向かい合っていた。


「んでェ? 何の寄り合いだったっけかなァ、こりゃあ?」


 逞しい筋骨に、真っ赤な肌をした『巨人』――『炎界』の統率者、『炎王』ことスルトが訊く。


「……アングルボダ。儂には、こやつを呼ぶ必要性が見出せんのだが」


 三人の中では最も老いた外見をしている色黒の『巨人』、『氷王』ユミルは呆れた様子で口にする。


「呼ばぬ訳にもいかぬじゃろうて。殊更、戦に関しては腕が立つのじゃ。其方一人で『魔界』を相手に出来ると申すならば別じゃが」


 対して、三人の中では最も外見は若いが古めかしい口調をした女の『巨人』、『大魔王』ロキの部下であるアングルボダは皮肉を返した。


 『挟間』にて行われた、『魔界』を除く、『悪』の統率者達の会合。尤も、頂点であるロキは顔を出してはいないが、五メートル以上の体長を誇る『巨人』が三人も並ぶとかなり壮観である。


「この小童……」


「話を進めるぞ。先ずは近頃の『魔界』の動向につきてじゃが」


 ユミルに構わず続けるアングルボダ。元々、こうでもしなければまともに会議など出来はしないのだ。そもそも互いが互いに少しでも他人の意見に耳を貸す連中ならば、こんな内乱など話し合いで解決出来るのだから。


「ふん。彼奴等も事態を広げんよう勤しんどるようだが、それも一体いつまで持つか……」


「仮に全面衝突となったとして、その具体的な戦法と対抗策も考えねばならぬじゃろう。その辺りはスルト、其方に任せるが」


 アングルボダが伝えると、スルトは少し顔を顰め、


「ウーム……、正直な話、俺ァあんまこれ乗り気じゃねェのよ。ここん所、『悪魔』共がまた『魔具』を使い出したなんて噂も聞くし、本格的に相手すりゃまず相当な被害が出るわな。それに、発端っつうユミルの侵攻の邪魔立ても、実際どっちに非があったか知れたモンじゃねェからなァ?」


「……スルト。汝も余に歯向かう気か?」


「静まるのじゃ、両人よ。いちいち癇癪を起こすでない」


 呆れ顔で言い捨てたアングルボダは、この面子で談合は無理だと悟ったのか、話を纏めるように言う。


「ともかくも、当面の程は『魔界』の様子見じゃ。何か動きがあるまでは、独断による行動は慎むよう。特にユミル、其方はな」


「…………」


「んまァ、異議はねェわな」






 裏世界では今日も様々な思惑が飛び交う。


 忠誠も服従も同盟も、所詮は上辺の取り繕いでしかない。



 そして、ある時はその自我さえも。

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