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僕の世界  作者: Sal
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【第百五十話】事件の前置き その1

 それは、壊すためには強大すぎて、抗うためには小さすぎる力だった。


 大切な人達を殺されて、心の隙間に付け入られて、憎む相手を殺して、言われるがままに怨恨の頂点に立って、関係の無い善人を殺して、友達の日常を崩壊させて、ついには自分も殺して。


 その度に、あたしは何も出来なかった。あたしは黒く染まることしか出来なかった。


 白い友達が輝いて見えた。あんな風に、あたしもなりたいと思った。


 朱に交われば赤くなる。周りが白かったら、黒もきっと白くなれるだなんて、本気で信じてみた。


 でも、それが間違いだと気付くのに時間はかからなかった。黒は、類の黒を呼び寄せるだけ。


 結局諦めた。白くなるのは諦めて、全部黒く染めてしまおうと思った。


 そうすれば、きっと寂しくないと思った。みんな闇と混じってホッとすると思った。


 あたしは、自分のことしか考えてなかった。


 独りだったから、自分しかいなかった。独りだったから、みんな敵だった。


 独りだったから、彼の存在に驚いた。


 誰よりも独りなのに、誰よりも他人のことを考えていて、誰よりも平穏を望んでいて、黒いあたしとはまるで違ってて、憎らしくて、恨めしくて、うらやましくて。


 あたしは彼を裏切った。どこか灰色混じりの彼を、完全な黒に染めるため。


 だけど、彼は最後まであたしを見ていた。


 本気で怒ってたりもしたけど、最後にはあたしを許した。


 あたしは無理だと気付いた。この手で彼を黒く染めることは出来ない。


 でも、もう引き下がれなかった。黒は、白と一緒にいてはいけないことを知っていたから。黒の証が刻まれているあたしは、二度と元の世界に戻ることは出来ない。


 何も出来なかった。


 だから、あたしは刀を自分に向けた。目の前の全てに別れを告げて、過去の大切な人達に会えたらいいなと思っていた。



 その先は、あまり覚えてない。


 何せ、一回死んだのだから無理もないと思うけど、彼に救われたってことだけは覚えてる。


 目が覚めたら、『悪』の刻印は体から消えていて、『悪』を脱退する理由ができていた。


 その後の決断は、割と早かったと思う。


 あたしは、『魔王』を辞めた。


 先にどんな困難が待っていても、あたしは彼らと一緒に生きていこうと思った。


「どうかした、麻央さん?」


 彼には感謝してもし切れない。


 そもそも、彼はあたしに感謝される理由があることすら解っていないだろう。きっと、彼は当たり前のことをしただけだと思っているのだから。


「ううん、何でもないよ」


 でも、あたしはいつかちゃんと彼にお礼はしたいと思っている。


 いくら本人が解っていなくても、それを心の奥に仕舞い込んでしまうのは、人として決して正しくはないと思うから。


「そう? じゃあ――――」


 一体、彼はどんなお礼だったら快く受け取ってくれるだろう。


 あたしは彼に借りを作ってばかりなのだから、相応なことにしたいとは思っているのだけれど。



「じゃあ、何でそんなぶかぶかなTシャツ一枚だけの格好してるのさ?」



 少なくとも、こんな恥ずかしいことじゃないのは確かなはずだ。






 放課後の生徒会室。


 春休みが終わり学校は新学期を迎え、僕らは最高学年生となり、いよいよここに居るのも後一年かと思い耽ることにも飽きてきた頃のことだ。


 大体いつもと一緒だった。雑務二人は姿を見せないし、よーこさんはさっさと会計の仕事を終わらせて先に帰るし、ミラーカさんは夜に備えて保健室で寝てて居ないし、唯一麻央さんだけが部屋に居た。


 ただ何なのだろうか。彼女の服装に著しく問題が見られた。


 真っ白なTシャツ一枚。サイズは恐らく男用のXLだろうか。小柄な彼女が着ると、裾が膝を覆い隠すほどの大きさだった。


 嫌な予感が自ら異臭を放っているかのようだった。この感じは、ミラーカさんのとよく似ている気がする。


 首回りの寸法がかなり広く、彼女の襟元から見えてしまう鎖骨がとてつもなくセクシー……っていうか、見えすぎじゃないかこれは? そして、彼女これはもしかしなくても下着を着けていらっしゃらない?


 いやはや、これはいよいよ冗談で済まされる状況じゃないな。一つの部屋の中に一組の男女。それに加え、片方は欲情をそそらせる格好ときた。


 大方の見当は付く。どうせ、ヒナさんかトモダチ辺りが一枚噛んでいるのだろう。一体、何がしたいと言うんだ。


「秀くん……正直、今のあたしを見てどう思う?」


「凄く幸――じゃなかった。凄く困惑してるよ」


 危ない危ない。思わず本音が漏れるところだった。なるほど、こういう罠か。普段口に出さない僕の本当の気持ちを、麻央さんの前で吐かせようって魂胆だな。こんなことを考えたのは恐らくトモダチ、実行に移したのはヒナさんってとこか。だが甘いな、この程度の露出度で僕が揺らぐことは無い。


「秀くん」


「何だい、麻央さん?」


「去年の文化祭で、あたしに秘密にしてることって、なに?」


「ぶっ!?」


 マズい、動揺を隠し切れない。


 僕の脳裏を過ぎるのは、例のお化け屋敷での出来事。あの魔女が麻央さんにかけた呪いを解くために、僕が取った行動。おかしい、あれはクミさんと一部の先生しか知らないはず。まさか、誰か内通してるのか?


「なんか、トモダチくんがこの格好でそう訊けって……あっ、この格好はトモダチくんにさせられたんじゃないよっ!? これはヒナに無理矢理……」


 予想通りの二人の名前が挙がったが、トモダチにそう訊けと言われただって? あいつは何も知らないはずだ。単なる鎌掛けか? それとも、やはりもう一人糸を引いてるのか?


 ……しかしまぁ、ひとまずそれは置いておき、


「……で、秀くん。反応したけど、やっぱりあたしに秘密にしてることがあるの?」


 この尋問を何とかしなくては。


「いやいやいやいや、ホントに、全然、全く、微塵も、麻央さんとは無関係の話なんだよ? だから、麻央さんが気にする必要はこれっぽっちも無いんだ。ゼロだよ、ゼロ。それから別に秘密にしてたって訳じゃなくて、無縁な話を聞かせるのは不快な思いをさせるだけかなーって思って、本当にそれだけだから、嘘は吐いてなかったりするからどうかその無言の圧力をどうにかしてもらいたいと本当にごめんなさい」


 参った。僕には言い訳スキルが皆無らしい。


「……えいっ」


「へ?」


 麻央さんがどんな問い質し方をするか内心怯えていると、突然二の腕に温い感触が。


 一瞬思考が停止するが、すぐに何が起きたかを理解した。


「ヒナに、教え込まれたの。怒る時は、相手を殴るんじゃなくて――――精神的に追い詰めろ、って」


 麻央さんが、僕の腕にしがみ付いてきていた。


「~~~~!」


 考えても貰いたい。好きな人にこんな密着されて、動揺しない奴がどこに居ようか。


 しかも、Tシャツ一枚しか隔てていない柔らかい感触が腕に当たり、どうしようもない羞恥心が押し寄せてくる。


「秀くん、あたしに秘密にしてること、教えてくれる?」


 駄目だ、どうしたらいいか判らない。


 脳内の思考回路がショートしそうになる、その時――――



 ガチャッ、と生徒会室のドアが開く音が響いた。



「……っ!!」


 我に帰ったのか、麻央さんは一気に顔を赤くして、慌てて生徒会室の隅にある掃除用具入れの中に身を隠した。その間、僅か一秒すらかからない程の無駄の無い動きだ。見ているこっちは思わず感心してしまう。


 って、そんなことじゃなく、一体誰だ。こんな時間に生徒会室を訪ねてきた変わり者は――――


「…………は?」


 僕は入り口に立つその人物を見て、呆気に取られた。


「やあ、久しいな、秀。尤も、キミとボクとの間に時間感覚の食い違いが存在すると仮定するならば、一概に適切な表現とは言い難いが」


 そいつは何やら、首元にフリルの付いた男物の貴族のような格好をしていたが、僕の知り合いでこんな小難しい喋り方をする奴は一人しかいない。


 何で、こいつがここに居る?


「……サレナ? お前、何だって『サイハテ』の外に居るんだ? いや、っていうか何で学校ここに……」


「理由を述べる必要があるのか? だとしたら実に煩瑣なことだ。気紛れよる行動に、真意を問うことは極めてナンセンスだからね」


 相も変わらず理屈めいた奴だ。


「いや、だからな……」


「フフッ、冗談さ。そう困却した表情をしないでくれ。なに、単純なことだ。少し、キミの顔が見たくなっただけさ」


 そう言いながらサレナは生徒会室に足を踏み入れると、ある場所に向かって歩を進める。


 ……って、ちょっと待て。そこは――――


「それから、キミがほの字だと言う女性の顔もね」



 サレナは、勢い良く掃除用具入れの扉を開け放った。



「!」


 扉が開いた瞬間、中に入っていた麻央さんが体を縮こまらせる様子が見えた。


「黒井 麻央さんだね? 初めまして、ボクの名前はサレナ。お噂はかねがね聞いているよ、秀からね」


「……えっ、あ……はい……」


 麻央さんはどうにもぎこちない調子で返答した。


「随分と珍妙な趣向の服装をしているね。何かの遊興かな?」


「ち、違っ……これは……!」


「フフッ、なるほど予想通りの反応だ。まさに、秀が惚れそうな心理特性を持ち合わせている女性だね」


「………………」


 麻央さんが僕の方に視線を向けてきた。助けを求めているようにも見える。


 ごめん、麻央さん。凄く絡みづらい奴だろうけど、面倒なことに僕の力じゃこいつを止められないんだ。



「Have you done it with him yet?」



 サレナは僕の方を指差しながら、真央さんにそんなことをいつもの笑みを浮かべながら訊いていた。


 僕は自分の顔が真っ赤になっていくのが分かった。


「お前、何訊いてんだよ!」


「?」


 麻央さんは何を言っているか解らなかった様子だ。無理は無いだろう、かなり早口だったし、授業でスラングなんて習わないのだから。ハウスラー先生は時々、日常会話で使っているが。


「何と訊かれたならば、それは勿論、彼女がキミと経験済みか否か――」


「少し口を閉じてろ!」


 こいつは昔からそうだ。唐突に、声の調子一つ変えること無く平然と危ない単語を口にする節がある。二人だけの状況だったら慣れたものなのだが、流石に他の人が居る時までお構いなしに言うのは友人として……というか女の子なんだから、切実に止めてほしい。


「フフッ、無味乾燥といったところだな。秀、キミはいつまでそこに佇んでいるつもりだ? 物事は多視点から観察しなければ、新たな境域は見えないものだ。進展を望むならば、キミはキミの思想を改善していく余地があると窺えるはずだよ」


「……お前の言ってることは大体難しすぎる。もう少し、解りやすい説明は出来ないのか?」


「例えば、彼女を下から見上げてみたらどうだ。今の彼女の服装ならば、定めて絶景だろうが」


「……っ!」


 麻央さんは顔を赤らめて、Tシャツの裾を押さえた。麻央さん、そんなに警戒しなくてもやらないって。



「さて、喋りたいことは粗方喋り尽くしてしまったし、ボクはもう去ろう。楽しかったよ、秀」


「え、ちょっ、お前、本当にこれだけのために来たのか? 何か別の目的とか無いのかよ?」


「フフッ、言っただろう。それが心情のイレギュラー動作――気紛れというものだ。終わってしまえば、たったそれだけこと。何の仔細な事情は無いのさ。これで失礼するよ、お二方。また、いずれどこかで」


 そう言い残してサレナは生徒会室を出て行った。いまいち納得がいかないため、僕は少し後を追おうとしたが、廊下へ出たところで既にサレナの姿はどこにも見当たらなかった。


「……ねえ、秀くん」


 生徒会室から麻央さんが声をかける。


「あのサレナ、っていう人……何者?」


 そりゃ、ごもっともな質問だろうな。あれだけ変哲な奴なら。


 しかし、思い返してみれば、僕はあいつを含める『サイハテ』の住人に関して特に深く考えることは今までしたことが無かったように感じる。『ハグレモノ』の大まかな説明は、あいつ自身が僕に教えてくれたことで、具体的に何なのかというのは全くと言っていいほど把握していない。


 僕は答えるのに少々考え込み、やがて結論だけを簡潔に伝えることにした。



「ちょっと『人間』とは違う、『変人』かな」






「よぅ、ちょっと待ちな、そこの『黒百合』」


 学校敷地内。サレナ=コールブラックは呼ばれて足を止める。


「……フフッ、これはまた実に大層な顔触れだ」



 『ハグレモノ』の統率者と、学校の最高責任者のお喋りが始まろうとしていた。

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