【第十五話】平穏
「………はい、この時ガイウス=ユリウス=カエサルが言ったとされる、シェイクスピアの悲劇『ジュリアス・シーザー』でも有名な言葉は何かわかるか? あ~、じゃあ、桐谷」
「『Et tu,Brute?』ですか?」
「発音良すぎてきめぇんだよ、てめぇ。しかもラテン語で言うな、死ね」
「その発言、教師としてどうなんですか」
本当に、つくづくこの人は教師らしくないと思う。
ちなみに今は、神谷先生の世界史の授業の時間である。
あ、忘れてる人もいるかもしれないけど僕の名字は『桐谷』である。先生以外はみんな『秀』の方で呼ぶ。だって、その方が言いやすいし。
「『ブルータス、お前もか』だ。テストにラテン語で書いたら間違いにするぞ」
「いや、そんな問題テストに出ないですよ」
あれは確か、言ったかどうかも怪しい言葉だし。
「はい、この後、第二回三頭政治つーのになって、オクタヴィアヌスがアントニウスとクレオパトラの連合軍を破り、権力を握って、地中海沿岸の世界を統一するわけだ」
無視ですか。
「んでもって、オクタヴィアヌスは『プリンケプス』、市民の第一人者のことだ、そう名乗って元首政を開始するんだが、元老院から『アウグストゥス』、尊厳者のことだ、その称号を授かった。そんなわけで、実質上の帝政が開始する。わけのわからん話だ」
わけがわからんのは、こっちだったりする。
「ここらへんのくだり、どうせテストに出るだろうから、ちゃんと覚えとけ。点数下がったら困んのは先生なんだからな」
「適当ですね、先生」
キーンコーンカーンコーン
「あ~ったく、もう終わりかよ。次のテストまであと授業数いくつだ? 1、2……げ。テスト範囲までいけるか、コレ?」
「それ、僕らが知りたいです、先生」
「うるせ。はい、じゃ日直、今日は富士田か。号令かけろ」
「うぃ~す、キリーツ。レーイ」
今日の日直である富士田 健司君は、凄い棒読みで言った。
「は~い、お疲れ~。あ、黒井、少しいいか?」
「? ……いいですけど」
生徒がぞろぞろと次の授業の準備をする中、麻央さんが先生に呼び止められた。
遠くで、眼鏡をかけた筧君が少し反応を見せたが、すぐに別のことを始めた。
「………お前が『魔王』だって話を聞いたんだが」
何となく聞き耳を立ててみる。
「んでもって、この前の事件はお前の差し金だっつーことも聞いたんだが、そこんとこどうなんだ?」
「事実です。でも、安心してください。『魔王』はもう辞めましたから」
先生は少し驚いているように見える。そのあっさりすぎる返答にか、最後の一言にか、それともその両方にか。
先生は、少し間を置いて、
「……そうか。なら良かった」
と、深く問わずに終えた。
……うん。この平穏は、もう少し続きそうだ。
「なに一人で笑ってんだ、秀? きもちわ――」
「黙れ、トモダチ」