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僕の世界  作者: Sal
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【第百四十七話】狂乱の後日談

 狂乱が幕を閉じてから数日後。


 学校の特別教室棟二階。その隅に、目立つ事無く佇む一つの部屋。その扉の上に掲げられている札には、行書体で『校長室』と書かれていた。


 校長室だからと言って、別段造りが他の教室と違う訳でもなく、一回り狭い部屋に一人用のワークデスクがどんと置かれているだけのシンプルな内装である。ただし、デスクの上は勿論、床の上にまで散乱した書類の数々が部屋の見栄えを著しく損なっていたのだが。


 そんなことは気にすることなく、デスクに足を乗せ、アームチェアに存分と背中を持たせかけている人物が一人。この部屋の主であり、学校の最高責任者なるその女は、最新機種の携帯電話を耳に当てていた。


「んで、結局長男坊は生かしたのか。甘いなぁ、お前も」


《死んどるのとほぼ同じ状態やけどな。『赤鴉』の力を抜いたってからは、毎日布団から出もせんで溜め息ばかり吐いとるわ》


「ハ、言っとくけど文句は言うなよ? それがお前の望んだことだ。あたし達は、お前の指示通りに全部やってやったんだからなぁ?」


 皮肉たっぷりの口調で喋る女は、どうやら相手にイラついているようだった。


《文句なんぞ言う気は無いわ。わしの指示が、そっちの生徒に危険を及ぼすことやったのは悪いと思てるし、そんでも協力したってくれたことに感謝しとる》


「その発言もどうだかな。どうも、今回はお前が随分と糸引いてたらしいじゃねぇか。果たして、お前に協力してたのは『どっち』だったんだか……」


《つまらん心配はせんでもええ。仮に火神組ウチが『家族』と繋がっとったとしても、もう手出しはせんわ。『ワガママ』が終わった以上、大人しく出資者スポンサーとしてあんたに就く》


 その言葉さえも、真実だという保証はどこにも存在しない。


 この裏の世界において、裏切り行為などは日常茶飯事だ。契約書を書かせたとしても、いざという時はただの紙切れと化す。


 信頼関係は目に見えない。それこそが、人間が真に他人を信じ切る事が出来ない所以だ。


 尤も、中には他人を心底から信用する馬鹿も居るのだが。


「……一つ、訂正を要求するぞ」


《?》


 ちなみに、女はそういう奴が大好きだったりする。



「あたしじゃなくて、学校に就きな」






 放課後、特別教室棟二階。生徒会室。


 雑務二人はいつものように姿を見せず、副生徒会長は用事があって遅れると言い、現在この場にいるのは生徒会長・会計・書記の三人だけだった。


「で、あんたはいつ全快するのよ?」


 会議用テーブルを囲むように座っていた三人の内の一人、書記の女子が呆れた様子で生徒会長に問う。


「腕の方は後二週間……だったような。アバラの方は、よく分からないですね」


 そう言った生徒会長の左腕には包帯が巻かれており、今は見えないが肋骨の方にも異常がある。ちなみに片方は火傷、もう一方はある人物に殴られて骨折したものだ。


「はっはっはっ、なかなか重傷だねぇ。……まぁ、それよりも酷い目に合った者も居るようだが……」


 会計の女子がちらっと書記の女子を横目で見ると、書記の女子はフンと鼻を鳴らして、わざとらしく顔を逸らす。


 かく言う会計の女子の方も、ぼろぼろだったりしたのだが。


「さっさと治しなさいよね。っていうか、確かクラスにそういうの得意な奴居たじゃない」


 実を言うと、書記の女子は現在、生徒会長から体調不良を言い訳に、例の毎晩の行為をおあずけにされて、かなり機嫌を損ねていた。


「フレディー君のことですか? うーん、でも彼にはいつも世話になってますし……たまには、って僕も思って」


「へえ? でも、いつも世話になってるって言う割には、今回の件に姿を見せなかったじゃない。愛想尽かされたかしら?」


「そこはどうやら、敵側に妨害があったようだねぇ。詳しくは知らないが、彼に来られては困ることでもあったのだろう。ワタシ達が気に掛けることでも無いさ」


 そう答えた会計の女子に、書記の女子は眉を顰めたが、その時点では特に何も言う事無く話を続ける。


「じゃあ、あんたの『真偽の決定』とやらで、その傷を『偽り』には出来ないのかしら?」


「そりゃ出来ればやってるでしょうけど……この能力って、あまり時間が経つとその『時間の流れ』っていう事象にも干渉しなくちゃいけなくてですね。だから、傷を負ってからすぐに『偽り』にしないと相当な魔力を消費するってことです。多分、三分も経てばもう無理になると思います」


「……あっそ」


 書記の女子は諦めたようにそっぽを向いた。


「残念だったねぇ、ミラーカ。それよりも秀くん、君は彼女に対していつもそんな敬語なのかい? 基本、君は敵対者やワタシや清憐を除いて、年上に敬語を使う傾向があるようだが、彼女は『吸血鬼』でも実は見た目通りの十七歳だぞ?」


「えっ、そうなの!? 人外だから、てっきり人より長く生きてるとばかり……」


「はっはっはっ、若返るために必要な量の人間の精気を一度も吸ったことが無いようだからねぇ。通常の成長姿と全く同じという訳さ。尤も、そうして生き長らえるべき『存在』が、十七年間もそうしなかったのには、些か理由があるようだがねぇ……」


 もう一度会計の女子は、書記の女子の方をちらっと見ると、ついに書記の女子の不機嫌状態がピークに達したらしく、歯を軋ませ、何やら怒りが込められた視線で睨み付けられる。


「……薄々思っていたけど、さっきからあんたもしかして遠回しに私に喧嘩でも売ってるのかしら? だったら良いわ。良いわよ。良いに決まってるじゃない。買ってやるわよ、その喧嘩。返り討ちにしてやるわよ、夜の殿」


 引き攣った笑みを浮かべながらテーブル越しに放たれる殺意が、会計の女子を捉えた。


「参ったねぇ、そういう意味合いで言ったわけじゃ無いんだが……」


「ちょっ、駄目だって! 貴女達二人が喧嘩したら、この部屋は勿論、まずこっちに余波が――――」


 生徒会長が言い終える前に、書記の女子は動き始めていた。


 片手でテーブルを会計の女子に向けて引っくり返し、それを相手がこれまた片手で払いのける隙に懐まで潜り込み、鳩尾目掛けて拳を放つ。


 しかし、テーブルを目晦ましに使っても、会計の女子の『天眼通』の前では無意味。会計の女子がふっと体を逸らすと、行動を読まれた書記の女子の拳が空を切る。が、彼女の手が止まる事は無い。


「神通力だか何だか知らないけど、そりゃ他人をもてあそぶための力なわけ? だったら面白いわね、私にくれないかしら? あんたの精神が壊れるまで弄んでやるわよ!」


「そんなつもりじゃなかったんだが……、ワタシはただ君とのコミュニケーションを図ろうと……」


「黙りなさい! だったら私に馴れ合いを求めるんじゃないわよ!」


 鬼神の如き形相で手近なパイプ椅子を振り回したり、ぶん投げている書記の女子と、それを上手くいなしている会計の女子から距離を取り、生徒会室の扉の前まで一人避難した生徒会長は、とばっちりを喰わないようその様子を静かに眺める。


 ――――あの机とか椅子の値段って、割と馬鹿にならないんだけどな……。


 校長先生に叱られる、と思いつつも、止めに入ることが出来ないのがこの上無く情けないのだが、それでも命は惜しいので仕方が無い。


 そして、書記の女子にしてはあまり派手な攻撃をしていないことに気付くと、案外本気でやってる訳じゃなさそうだし被害もそんなに出なさそうだ、と生徒会長は結論付け、とうとうその場に腰を下ろした。



「フーン……楽しそうだな。僕も今期に配属されたかったものだ」



 突然上から聞こえた声に、生徒会長は一瞬飛び上がった。慌てて立ち上がり、姿勢を正してから後ろを見ると、扉から入ってきた眼鏡をかけている身長二メートル程の人物は、その生徒会長の動作を可笑しそうに微笑んだ。


「やあ、腕の調子は如何かな、現生徒会長君?」


「は、鋼鉄先輩……? 一体、何でここに……」


 彼は旧生徒会長であり、生徒会長とは先日の一件で戦線も共にした間柄だったりする。


「なに、改めて礼を言いに来ただけだ…………彼がな」


 すると、旧生徒会長の後ろから、またもう一人が生徒会室に足を踏み入れる。


 その人物は、茶髪をした上級生。先日の一件での中心人物の一人であり、生徒会長が戦線へ出ることを許可したのも彼である。


「……火神先輩」


「………………」


 茶髪の上級生は照れ臭いのか、顰め面でその髪を掻いていた。


「……まあ、まず悪かったな。その腕。俺がお前を戦わせちまったから……」


「良いんですよ。僕自身が望んだことです。僕はあの時の自分がした選択肢が間違っていたとは思ってません。寧ろ、こっちを選んでいなかった方が後悔してたと思います」


 生徒会長の言葉に嘘は無かった。生徒会長は、『彼女』の為に行動した事に対して何ら悔いは無いのだ。


 茶髪の上級生はそれを改めて確認すると、今度は笑みを浮かべて口を開く。


「ありがとな、桐谷。今はここに居ねえみたいだけど、後で黒井にも伝えといてくれ。それから――」


 彼は生徒会長にだけ聞こえるように囁く。



「ちゃんと、黒井のこと守ってやれよ? 騎士ナイトさん」



 それを聞いた生徒会長は、瞬く間に顔が赤くなる。


「ちょっ、先輩何でそのこと知って……!」


「あーはい、用件は済んだし帰るぞ、強士郎」


「フーン……もう少し居ても良かったのだが」


 そう言うと、上級生二人はさっさと生徒会室から出て行ってしまった。


 机や椅子が転がっている生徒会室の中、まだ暴れている書記と会計は気付いていないが、生徒会長の体はぷるぷると震えていた。


 それは、ある人物に対する激しい怒りによるもの。自分のことを『騎士ナイト』などと呼んだことがあるのは、一人しかいない。


「ヒナさんめ…………!」






 特別教室棟、屋上。


「……で、用ってなに? ヒナ」


 麻央はヒナに呼び出されてここまで来たのだが、何故か場にトモダチまで居ることに何か嫌な予感がした。


 そして、ヒナは妖しい笑顔を浮かべて答える。


「いやぁ、わたしは少し思い違いをしていたわ。てっきり、問題は秀にあるとばかりね」


「? 何の話?」


 麻央が首を傾げると、ヒナは呆れたように肩を竦める。


「ダメだってあんた。騎士ナイトに対して殴って骨折なんてさせちゃ」


「!? 何でそれを……」


「わたしに隠し事なんて無駄だっつの。ま、そういうわけで、わたしは一つ良いこと思い付いたのよね」


 言うと、ヒナは後ろ手で不自然な形のまま固定させていた指を、素早い機械的な動きで元に戻す。


 瞬間、麻央は理解した。


 まずこの屋上に、のこのこと不用心にやって来たこと自体が失敗だったと。



「名付けて『新学期までに麻央を更生させちゃおう計画』」



 ヒナの念糸は、本人の意思次第で様々に性質を変化させる。


 人形を操ることも、『支配権』剥奪も、質量を持たせることで通常の糸と同様の用途で扱うことも可能となる。


 詰まるところ、場所を固定して時間さえあれば、彼女は自分に圧倒的有利な状況を作り出せるのだ。


「念糸のマルチフィラメントって…………いくら何でもやりすぎでしょ?」


 不可視にされていた、屋上に無数に張り巡らされている念糸が姿を現し、麻央は溜め息を吐いた。


 今、自分の体を縛り付けているのは念糸が数十本合わさって束となったものだ。その強度は、スチールワイヤーを軽く超すだろう。その上細いので、無理に力を入れれば肉が切れる可能性もある。


 強制的に動きを封じられた麻央は、『ハデス』を顕現させてしまおうかとも考えたが、トモダチが背後に回り込んでいて、どちらにしろ逃げ場が無いことに気付く。


「悪いな、まーさん。こんなことするのは、俺もほんとは不本意なんだぜ? でもやっぱヒナさんには逆らえねぇし、根本として願ってることは同じなんだぜ、これが」


「……トモダチくん、大嫌い」


「ぐ……、女の子に涙目でそう言われるのは精神的ダメージ極大だぜ……」


 などと言いつつも寝返る気配無しのトモダチに、半ば本気でこれから口利かないでやると思う麻央。



「さて、麻央。まずは、女の子が無闇に暴力を振るっちゃいけないってことから、みっちり教えてやるから」


 今日から放課後は長くなりそうだった。

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