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僕の世界  作者: Sal
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【第百四十二話】狂乱編:ワガママ

 ――――またお前か。


「よぅ、『創造者』。クソジジイはまだ元気か?」


「あ~ー……何となく嫌な予感はしたが、そういうオチか。……納得だな」


 『創造者』こと桐谷 偲覇は、盛大に溜め息を吐いた。


 ここは例の学校から少し離れたところにある廃れた採掘場。


 自分はただ、あの学校へ同志の暴走を止めに来ただけだ。学校側とは何度か敵対したことはあるものの、今回に限っては完全に利害が一致しているだろうに。恨まれるなど心外であるし、寧ろ感謝して貰いたい所存なのだが、どうにも向こうはその気が無いらしい。


 恐らく、『転移の粉トランスファー・パウダー』の位相設定を探知用青魔術でも使って算出したのだろう。以前の急襲時に自分の魔力をマーキングしていた可能性がある。だが勿論、考えすぎの可能性も十二分にある。理論的にはあり得る話なのだが、普通の人間が魔術をそこまで扱いこなすのは前提として無理がある。素手で糸を投げて針の穴に通せるかどうかとか、そんなレベルの話だ。


 しかし、どうにせよ、この相手には考えすぎくらいが丁度良いだろう。


 何故なら、『普通の人間』という根っからの定義から逸脱しているのだから。


「………………」


 偲覇は改めてその人物を、相変わらずやる気の無さそうな半眼で眺める。


 見た目は二十代前半と言ったところだろうか。家族構成から考えると、どう低く見積もっても四十辺りのはずなのだが、そのさらさらとした長い黒髪、端正な顔、それから完璧と言っても過言ではない身体のプロポーションは、最早詐欺レベルである。


 若作りって怖いんだなぁ、とつくづく感じる。


「何でだろうな? 何故かお前が、年齢隠すのに必死なオバさんを見る目をあたしに向けてる気がしてならねぇんだけど」


「はははっ……アタリだったりしてな」


 轟! と地面の爆ぜる音が、偲覇の鼓膜を揺らした。


 ――――駄目だ。この化け物、冗談が通じない。


 偲覇は背筋が凍る感触を覚えた。


「……ハ、それはさておきだ。こうしてのこのこやって来たからには、それ相応の覚悟があんだろうな?」


 その場であまりに強すぎる力で震脚したため地面に突き刺さった脚を、その姿勢のまま力尽くで引き抜きながら、その人物はそう訊いた。



 例の学校の校長であり、『最強』――――高田 倶毘は僅かに嗜虐的な微笑みを浮かべながら。



「おいおい……俺だって嫌々ここまで来てんだよ~ー……。この上、捕まるなんて冗談じゃねぇ。そもそも、輝彦君が暴れてんのは学校側そっちにとっちゃ損しかねぇだろ? 俺はそれを止めに来たっつってんだ。悪くねぇだろ?」


「んじゃ学校側こっちとしても言わせてもらうけどな。例えば、戦争の相手国の代表が、自国の幹部Aが大問題を巻き起こして大変だから手を出さないでくれ、なんて交渉されたらお前は受けんのか? 違うだろ。寧ろ、好機と見て攻め込むに決まってる」


 校長の顔から笑みが消える。


「損得の問題じゃねぇんだよ。第一、学校側こっちにそんな意思があんなら、最初はなっからあのゼツとかいう傘仮面に戦力なんざ送るかっての。『家族そっち』と学校側こっちは敵なんだ。そこんとこ、よく理解しとけ」


「……それが例え、学校側そっちに死者が出る結果になったとしても、か?」


 偲覇の言葉に、一瞬だけ校長の顔が曇る。


 『教師』の使命とは、『生徒』を守る事である。それは戦い云々や何よりも底にある大前提であり、それを忘れて敵組織の情報を探るのは、どう考えても愚かな行動としか言い様が無い。


「『家族』にも一応、格付けランクってもんがある。まぁ、まんま力の差だな~ー……。俺だと序列『ホ』番……つまり俺は戦闘じゃ『家族』で五番目ってことだ。ぶっちゃけた話、俺の上の四人はもう別次元だよ。『最強』のあんたでも敵うかどうか怪しいくらいにな。その中には、『イ』番である『天帝』様も、…………『ハ』番のゼツさんも含まれてんだ」


 偲覇は、いつものだらしそうなものでは無く、どこか冷たい半眼で口にする。


「死ぬぞ。あんたが言ったその、ゼツさんに送った戦力、っての」


 偲覇は続ける。


「もちろん、序列は俺やゼツさんより後だろうと、輝彦君だって並みの実力者は瞬殺するくらいの力は持ってる。『元魔王』と『決定者』も危険な状況下にあるのは同じだ。あの二人に関しちゃ、『家族こっち』としても死んでもらっちゃ困る。ってか、二人が死んだらこの世の終わりだなんて言ってる予言者染みた奴が居るんでな~ー……」


「………………」


「まぁ、率直に言うとだな。色々と手遅れになる前に、さっさと俺とゼツさんを輝彦君のとこに通して貰いたいって事だよ。ゼツさんに送った戦力ってのにも撤退命令を出してな。あんたが連絡用青魔術とか用意してんなら、今すぐにでも出来んだろ」


「……一つ訊くぞ」


 黙していた校長が口を開く。


「何だ?」


「お前らの選択肢に、あの火神組の長男坊を学校側こっちが止める、ってのはねぇのかよ」


「可能だろうが、んまぁ、ねぇなそりゃ。規律を破ったとはいえ、輝彦君はまだ同志……形は違えど、目的を共有する仲間だからな~ー……。彼の力が必要な場面もある。あんたらに処理されたらどうなることやら分かったもんじゃねぇ」


「そうか。ならやっぱお前らは敵だ」


「は?」


 偲覇はまぬけな声を出した。


「いやぁ、お前が言う事は尤もだ。『教師』は『生徒』を守らなきゃならねぇ。学校の警備や、『悪魔』の襲撃時には、生徒にも頼むことはあるけど、それも最低限度。最終的に『教師』は、一番危険な役目は自己で負い、生徒の被害を抑える判断を下す訳だ」


 だがな、と校長は付け加える。


「『生徒』以外にも、『教師』の行動を左右する『存在』は居んだよ」


「何だって?」


 偲覇は怪訝な表情を見せた。


 学校の住人というのは、必然的に二つに分けられる。


 一つは、学校本来の目的の学ぶ者である『生徒』。また一つは、それを補佐する役割を持つ教える者である『教師』。


 学校はその二つの住人によって成り立つ。片方が欠けてもならず、他者の介入は志願者ボランティアしか許されぬ絶対的関係。住人は、それ以外にあってはならない。


 もし、『教師』に影響を及ぼす者が『生徒』以外に存在するというのならば、それは双方の関係の枠よりも外。関係者と呼び得るか否かも疑わしい、不明瞭な『存在』だ。


 ――――居るのか? そんな奴が?


 ――――『教師』の意志をも曲げ得る、住人以外の者が?



「学校の出資者スポンサーだ。後援者パトロンとも言うけどな。火神組あっちは、その一つなんだよ」



 偲覇の脳内に電流が奔った。


 今のこの学校は、最早学校と呼べる機能を果たしていないのだ。今のこの組織を動かしているのは、『教師』と『生徒』の教学関係では無い。


 支配関係。出資する者と、される者。どちらが立場的に優位であるかなど、考えるまでもない。


「そりゃ何でも出資者スポンサーの言いなりって訳じゃねぇよ。学校に資金投資してる団体はいくつかある。それ全部の意見を聞き入れるなんてのは、まず無理だ。だから、学校側こっちの見返りは、その団体から事前に『ワガママ』を一つだけ受ける事にしてんだ」


 校長は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。


火神組あっちの『ワガママ』ってのは、まさに今回の一件そのもの。『火神 輝彦が校内にて出現した場合、学校側は火神組に指示を仰ぐ』ってな。……んまぁ、『教師』の立場から言わせてもらえば心底不本意だらけだけど、それが火神組あっちのたった一つの『ワガママ』である以上、反古にする事は出来ねぇって訳だ」


「………………いつだ?」


 偲覇の目には、まだ驚愕の色が浮かんでいる。


「いつ、火神組あっち学校側そっち出資者スポンサーになったんだ?」


「あん? 去年の末頃ってとこだけどな……それがどうかしたか?」


 ぴたりと一致。


 ――――手を回されていたんだ。


 偲覇はまだ上手く回らない頭で、思考を巡らす。彼は、輝彦に任務を継がせるにあたり、個人的に火神組という組織を調べていたりしたのだ。


 火神組の目的は、最初から一つだった。


 火神 輝彦を自分達の手で処理する、というただそれだけのこと。


 だが、それを達成するには駒が足りなかったのだ。即ち、肝心の輝彦自身を処理し得る、彼を上回る実力者。


 ――――だから、『元魔王』と手を組んだ。


 しかし、そこまでしても『元魔王』と輝彦を殺し合わせる機会が無ければ意味は無い。仮に、火神組の誰かが何処かで輝彦を発見し、本家に連絡、『元魔王』の到着を待ったとして、向こうは尾行感知のエキスパートであり、逃げられるのが必定。


 とすれば、必ず『元魔王』が輝彦と対峙する状況を作り出す必要がある。そこで、舞い込んできたのが、輝彦が『簒齎者』の仕事を受け継いだ、という情報。


 ――――だから、『簒齎者』が通う学校の出資者スポンサーになった。


 何から何まで、全ては輝彦を処理するために、利用してきたのだ。



 火神組の元締めであり、輝彦の実の父――――火神 石切は。



 だとしたら。


「全部、見越してたってのか……?」


 輝彦は完璧主義者だ。自身に関する情報の漏洩などというヘマはまずしない。


 だが、予測されていたとしたら?


 輝彦本人の情報ではなく、その周り――――つまり、『家族』の情報からその行動を予測されていたら。


 実際、火神組が手に入れた、輝彦に関する情報は二つ。『家族』という組織に属していること、そして『簒齎者』を狙っている――――いや、『簒齎者』の一件を継いだこと。


 もしも、輝彦自身ではなく、『家族』に関する情報が徹底的に調べ上げられていたら。


 もしも、『家族』が例の二人に手を出してはならない、という規律の情報を手に入れていたら。


 輝彦の飄々とした態度からは、その行動は予想が付かない。あの狂人が考えている事など、分かるはずが無い。


 だが、親なら? 息子の考えている事の想像が付く親など、珍しくも無いだろう。


 輝彦が、『元魔王』と『決定者』を狙っているという事実に気付くのも、訳無いのでは?


 ここからは完全な憶測。もしも、その事実にもっと以前から感付いていたとしたら。


 全て知った上で、『元魔王』と手を組んだと考えてもおかしくは無い。


 そもそも、それすら狙っていたという可能性もある。


 更に言えば、『元魔王』に絡んできたあの不良達でさえ、最初から火神組と繋がっていて、全て指示を受けてやっていたのかも知れない。


 全部、たった一つの目的のため。



 火神 輝彦を、自分達の手で処理するため。



 ――――異常だ。


 偲覇は静かに思った。


 何故、そこまで執着できる? 逆に、何故、そこまで見放さない?


 行方不明の息子にどうしても会いたい、という親の気持ちも分からなくもない。しかし、息子がどうしようもない問題児だったら話は別だ。寧ろ、どこかで野垂れ死ねば良いと思う親だって居るんじゃないか?


 それとも、組織の一人という形でケジメを付けさせるためだとしたら、また話は変わってくるのだろうか。だが、そんな極道者のような考え方だったとしても、それすら偲覇には理解できない。


 ――――何かあるのか?


 火神 石切が、そこまで火神 輝彦という人物に執着する理由が。


 何かが、あるのだろうか。


「………………」


 偲覇は、それ以上の思考を止めた。


 何か、一つの真実に辿り着きそうだったのだが、それが判明したところで、自分の目的は変わらない事に気付いたのだ。


 柄にも無く深く考えすぎた、と偲覇は頭を掻き、一息吐いてから本題へ移る。


「……まぁ、学校側そっちの事情はよく分かった。『家族こっち』に対する人選も本意じゃねぇってことだろうが、生憎それに合わせてる程、暇でも無いんでな~ー……。『家族こっち』としては、輝彦君を処理される訳にはいかねぇし、ちゃっちゃと――――」


「ん? お前らに対する人選は、あたしが決めたぞ?」


 は? と偲覇は眉を顰める。


「確かにあの長男坊に関しては火神組あっちの指示通りにやってっけど、『他の奴はどうでもいいけど、回収だけはさせるな』って言われててな。あの傘仮面とお前は、学校側こっちの好きにやらせてもらってる」


「……んじゃあ、あんた自分の意思でここに来て、ゼツさんには他の戦力を送ったのか? だったら尚更じゃねぇか。そこまで出来んなら、さっさとゼツさんの方の戦力を退かせて……」


「勝手に話を進めんな、ボケ。アレか? お前には、あたしが余程の常識外れに見えてるってのか? だったら、心外だな。あの傘仮面には既に、学校側こっちの『とっておき』を送ってあんだ。死にゃしねぇよ」


「『とっておき』だと?」


 例え、どんな『存在』だろうと、あのゼツに敵うとは考えられない。それは同志であるが故の贔屓もあるかも知れないが、それを抜かしたとしても、この学校には『最強』以外に渡り合える者すら――――


 ふと、ある顔を思い出す。


 以前の急襲時に、自分の銀の弾丸シルバー・ブレットを素手で止めた、もう一人の化け物。


「まさか、アレか? 『とっておき』ってのは」


 偲覇は嫌な事を思い出したように訊ねると、校長は口の端を上げる。


「『生徒』を危険な目に合わせねぇようにすんのが、『教師』の役目なんだけどな……アイツは特別だ」


 その校長の顔は、心底嬉しそうに見えた。



「アイツは、あたしと喧嘩しても互角なんだよ」






 伺見 絶は、仮面の下で顔を顰めた。


「… … …喰えぬ奴だな、女狐」


 彼の放った干將の一撃は、確かに山中 妖狐を貫いた。



 だが、それと同時に、彼の右肩も刀によって貫かれていた。



「……敵を屠ることに手段を選んではならない、……と、言っただろう? 『肉を斬らせて骨を断つ』など……人の世にも遍在する言葉だ」


 妖狐の“狐の剃刀”の刃は、彼女自身の妖力によって形作られた物だ。


 故に、彼女の意思次第でその形状はどのようにでも変化する。言うなれば、無形刀なのだ。


 だから――――絶による莫耶の一撃を刃で防いだ後、その形状を無理矢理彼の肩を貫く形にしても、何らおかしいところは無いのだ。



 両者がそれぞれ相手の体から刃を引き抜き、鮮血が舞う。


 次の瞬間には互いに距離を取り、状況確認。


 敵へのダメージは如何ほどか。自分の負った傷は問題無いか。


 ……いや、そんなことは確認しなくても判るだろう。両方とも酷い。


 両者とも、たった一撃の攻撃を喰らったにしては、疲労が目に見えるようだった。


 しかし、だからと言って、こんな所で退く訳にはいかない。


 己の目的を果たすため、ここでこの敵に背中を向ける訳にはいかないのだ。



「“大狐の剃刀”!」


「『宝貝パオペイ』… … …八卦紫綬衣はっけしじゅい!」



 両者は新たな力を解放する。


 それは、戦闘を更に加熱させる双方の意思表示だ。


 倒れ行くその時まで――或いは、倒れても尚、彼らは互いに退く事は無いだろう。


 例え、その辿り着いた先が、何も見えない闇だったとしても。

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