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僕の世界  作者: Sal
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【第百四十話】狂乱編:その者同士の戦闘

「――……やられたね」


 白い髪の少年は呟いた。


「何がだ~ー……?」


 その言葉に、傍に居ただらしなさそうな半眼の中年男が訊ねた。


「――……『マウス』のクライシスセンサー用デバイスドライバーがデッドロックしてハングアップ状態になってる」


「……いやすまん、解りやすいように頼む」


「――……命令混同中、ってこと。――……誰かに禁厭まじないを弄られたみたいだね。――……と言っても、一人しか居ないけど」


 少年は犯人であろう男の顔を思い出し、困ったように溜め息を吐く。


「――……これじゃ例の二人の護衛は無理だよ」


「そうか……。その分じゃ恐らく、ゼツさんの方にも何か対策されてるだろうな~ー……。俺達は完全にあのオレンジ烏に一杯喰わされた、ってことか……」


 このままじゃ面倒くさい事になりかねないな、と中年男は考えていた。


 今回の件、あの狂人がこの任務に就いたのは、そもそも自分の怠惰が原因なのだ。これで万が一、取り返しの付かない事態になってしまって、上司の怒りの矛先が自分に向けられやしないかという、何とも小心者のような心配をしていると――――


「――……まあ、まだ打つ手は残ってるけどね」


「おお?」


 そんな少年の希望に満ちた言葉に、内心安堵する中年男。


 だが、それは次の少年の言葉によって絶望へと変わる。



「――……君が行けば良いんだよ、偲覇」



 一瞬で凍り付く『創造者』。その言葉の意味がどれほど恐ろしい物なのかを理解しているのだ。やがて思考能力は復活し、言い表せないような焦燥感が込み上げる。


 ――――いやいやいやいや待て待て待て待て。


「誰かが止めに行けば良い、ってことは解った。だが何故俺だ? その確固たる理由は何だ? 適任は他にも――――」


「――……今、この『フィールド』に君以外のメンバーは二人。――……ぼくと、それから『天帝』様だけ。――……『フィールド』の維持と管理はぼくにしか出来ないし、まさか『天帝』様を直々に戦場へ出す訳にいかないでしょ?」


 他のメンバーは皆それぞれ別の任務で、名前の聞いた事も無いような土地を飛び回っており、勿論ここには居ない。そんな中、この中年男が一人だけこの場所に残っているのは、やはり日頃の惚けている様が出ているだろう。


 言い返せない状況になり口籠っている『創造者』に、少年は更に続けて言う。


「――……君の『転移の粉トランスファー・パウダー』の位相設定は完了してるよ。――……もういつでも行ける状態」


 詰んだ、と『創造者』はその場で膝を突いた。


 もう出動する以外に選択肢は無い。


「……何で、運命は俺に味方しないのかね~ー……」


「――……寧ろ、その疑問を抱けることが驚きだよ、ぼくは」


 渋々立ち上がった『創造者』は、自らの能力で掌に白い粉末を顕現させる。これを使えば後には戻れない。


「はぁ~ー……」


 大きく溜め息を吐いた後、『創造者』は意を決してソレを自分の頭に掛けた。


 己の怠惰を大いに呪いながら。ただし、決して直しはしないと心に刻みながら。






 『人間』同士の戦闘というのは、技術面の差が大きく出る。


 『悪魔』同士の戦闘というのは、そのまま力の差が大きく出る。


 『天使』同士の戦闘というのは、慈悲深さの差が大きく出る(尤も、『天使』の間で争い事などまず起きないが)。


 そんな中で、『妖怪』同士の戦闘というのは、なかなか異質な物である。


 そもそも『妖怪』は、一言に『妖怪』と言ってカテゴライズされるほど単純な『存在』では無いのだ。


 『妖怪』は本を辿れば自然の権化である。『自然』とは言ってしまえば、最も生死を賭けた争いが絶えない――弱肉強食の絶対摂理が支配する、過酷にして残酷な世界。畜生道へ堕ちた者が集う、そんな血生臭い世界の具象化である『存在』こそが『妖怪』。


 だからこそ、『妖怪』はとにかく弱者に対して容赦はしない。彼らにとって、弱者とは捕食対象でしかないのだ。無闇に他の生き物に手を掛けるその姿は寧ろ、頭が弱いとも取れるが一概にそうとも言えない。彼らは、この世が争いによって成り立つ事をきちんと理解し、敵を殺す事にも敵から逃げる事にも躊躇しない。言うなれば、理念を持った上での戦いを行うのだ。


 この傾向は、長く生きた獣が『妖怪』と化した場合において特に顕著に見られ、このタイプの『妖怪』同士が戦闘を行うと、それはそれは激しい物になると言われている――――



 ――――それはつまり、この狐と狸の事なのだが。



「“狐の嫁入り”」


 狐の生み出した無数の“狐火”が、狸に襲い掛かる。


 しかし狸の方は慌てふためく事もせず、ただ静かに、先程剣を仕込んでいた物とは別の傘――日傘の方を構える。


「……!」


 狐はすぐにその異常に気付いた。


 霧。


 日傘から放出される真っ白な霧に触れた“狐火”が、忽ち消えていくのだ。


 狐は、すぐさま『天眼通』で霧の正体を見極める。


 驚くべき事に、それは『ただの水』だった。妖力も魔力も何も超常的な物質で構成されていない、霧状に分散した『ただの水』。


 しかし――――それが『ただの水』であるが故に、その存在はあまりにも異質だった。


「… … …妖力によって形作られているとは云えど、所詮は火。… … …真にその『存在』を確立された水の前に、抗う事は許されない」


 狐はその霧について、思い当たる節があった。



「『宝貝パオペイ』の――――霧露乾坤網むろけんこんもうか」



 霧露乾坤網。それは純粋な水によって編み込まれたという、いかなる炎も消し去る伝説上の網の事だ。


 そう推測した狐に、狸は肯定するように説明をする。


「… … …その昔、『仙界』で拾った産物だ。… … …今は使い勝手の良いよう、こうして日傘に練り込んでいる。… … …その水の純度は、『人間』の科学で理解できる域を遥かに超え、理論純水をも超越する完全な水。… … …『自然』の世界における、奇蹟きせきの一つ」


 狸はその白い獣の面の下から、狐の姿を見据える。


「… … …本気を出せ、女狐。… … …そのままでは『友人』どころか、貴様も死ぬぞ」


 それは忠告、というよりは警告。いや、単に事実を述べただけとも言える。


 『友人』達は狂人に殺され、狐はこの場で狸に殺されるという――――最悪の未来を提示しただけ。


「はっはっはっ……なるほど」


 狐は嗤った。


 ――――当たり前だ。何の為にここで戦っている。


 狐は手首をコキリと鳴らす。


 安い挑発だ。あの狸は、どうにかして狐に本気を出させるように仕向けているのだ。


 『妖怪』同士の戦闘というのは、ただ力任せに暴れてその差を比較するような物では無い。それは、自然界において戦う術を互いに熟知しているからこそ、力の扱い方や使用タイミングも同程度に極めているため、ただの力比べではそれだけで勝敗が決してしまうからだ。



 つまり、『妖怪』同士の戦闘というのは、相手を化かす力の差が大きく出る。



 上手いこと敵のペースを乱し、如何にその力を封じるかが重要なのだ。


 冷静になれば、ここで本気を出し元の姿に戻ったとして、まともに戦えるかと言えばそうじゃない事は明らか。元の姿は、あまりに巨大すぎる。巨大すぎる身体は、それだけ敵の攻撃も受けやすい。強大な攻撃力を得る代わりに、得体の知れない敵の攻撃を避けられないのはリスクが大きい。更に言えば、強大すぎる力というのは、俗に言うオーバーキル――過剰な破壊力故に、敵を倒すには充分を通り越して余計な上、辺りに被害を及ぼしてしまう可能性が高い。


 だからこそ――――


「本気を出さなければならないようだ」


 狐は、今の姿で出し得る限界の本気を出す。


「… … …云っている事とやっている事が違うな。… … …その姿のままで某を倒し切る実力が出せるのか?」


「違わないねぇ。これから出すのは本気の力さ。ただし、『敵を倒す』本気では無く『敵を捕らえる』本気だがねぇ。ワタシが本来の力を出したら、君はここら近辺の土地ごと消し飛ぶことになってしまう」


 嘘は無い。単なる事実。最初から、狐の目的はこの狸を捕まえる事なのだ。


「……それに。本気を出せと言うならば、君もちゃんと本気を出したらどうだい? そっちの日傘にも仕込んであるんだろう?」


「… … … …」


 狸は何も言わなかった。


 ただ沈黙したまま、その日傘の中棒と柄を固定していると思われる金具を外し、ゆっくりと、まるで鞘から抜き出すように、その剣の姿を露わにする。


 眩いまでの輝きを放つ、亀甲形の文様が浮かんだ剣身。雨傘の方から抜き出した剣の波紋状の文様とは、対を成しているようにも伺える。


「… … …これで貴様がその本来の力を出すと云うのならば惜しむ事は無い、が… … …出来れば、使いたくは無かった」


 それは、双剣だった。


 表と裏。光と闇。


 『陽』と『陰』の関係にある一組の夫婦の、愛の印。



 名を、干將かんしょう莫耶ばくやという。



「… … …忍ぶ者が扱う武具として――――この二振りの力は、派手過ぎる」


「敵をほふることに手段を選んではならないよ。ただし、ワタシは本来の力を出さないがねぇ」


「… … …出さないならば、結構。… … …こちらがそうならざるを得ない状況を――――いや、そこまでするならば、寧ろ貴様が本来の力を出す前に殺すか」


 妙に支離滅裂な会話を繰り広げる両者。


 それは最早、会話と呼べる物かも怪しいが、狐と狸は互いに言葉を並べていった。


 心底の探り合いだった。


 狐の『他心通』は他人の心を読むはずだが、どうにもこの狸については先程から漠然とした物しか見えて来ない。そのため、言葉による読心を試みていたのだ。


 一方、狸は長年の鍛練によって身に付けた閉心術で、神通力による読心すらも無力化していたものの、読心についてはこの狐が奇怪な性格をしている所為で、困難を極めていた。


 ――――埒が明かない。


 先にそう結論を出したのは、狸だった。


 右手に干將、左手に莫耶を握り、姿勢を落とす。


 刹那。


 金属同士がぶつかる特有の音が、辺りを木霊した。


「『神足通』……君も持っていたようだね」


「… … …貴様こそ、六神通の内四つを会得しているだろう? … … …そして内一つは三明さんみょうの一つとは、大した才だ。… … …こちらは千七百年生きて、二つが精一杯と云うのに」


 狐の刀と狸の剣が互いに動かない中、狸のもう一方の剣が狐を襲うが、狐はそれを難なく避ける。


 『神足通』による神速の攻撃は、魔術で強化でもしなければ本人すら目で追うのは至難の業であるのだが、『天眼通』を併せ持つ狐はその軌道を見切り、尚且つ動きを合わせる事が出来た。


 勿論、そんな事は狸も承知だ。


 間髪入れずに次の剣戟を繰り出す。


 元々、『突く』という動作が主な剣は攻撃スピードが速い。更に、それが今は二本あるのだ。『斬る』という動作が主な刀を使っていれば、どうやったって後れを取るに決まっている。


 事実、狐はだんだんと狸に押されていく。この辺は、刀剣による戦闘経験の差もあるだろう。徐々に狐の体勢は崩れ、遂にそこへ一瞬の隙が生まれる。


 この瞬間を待っていたとばかりに、右手を大きく振り被る狸。


 ――――来る!


 そこは才能か、気合か、はたまた偶然か。


 崩れていた体勢を無理矢理立て直す事に成功し、狐は身構える。


 そして、再び辺りに鋭い金属音が響き渡った。


「……っ!?」


 その瞬間、狐は異常に気付いた。



 狸の振り下ろした剣の文様が、波紋状だという事に。



 そのはずだという先入観と、現実の食い違い。狐は一瞬だが、大きく動揺した。


 そして――その動揺は結果として、致命的な隙となる。


「… … …哀れ」


 一突き。



 狐の右腹部に、干將が突き刺さった。

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