【第十四話】崩壊編:幕引きと長い朝
少女は、目を覚ます。
辺りはすっかり暗くなっていたが、そこは気を失う前からいた採掘場だ。
「…………?」
少女は、自分が死んでいないことに疑問を抱いた。
確かにあの刀で自分を貫いたはず。
傍らに、黒い大刀と真っ黒な岩の塊が転がっている。
「お目覚めになりましたか、閣下」
少女は、声が聞こえた方へ振り向く。
黒いローブ。頭にフードを被っておらず、その不思議な紋様が刻まれた顔と金色の髪を晒し出している。
「マルティム」
そう呼ばれた者は、『魔王』である少女の側近である『悪魔』だ。ちなみに、彼は正真正銘の『悪魔』であり、『人間』ではない。
「制圧計画は失敗、ですね。教師達の邪魔が予想以上でした。まさか、全員導入してくるとは、思いもしませんでしたよ。しかも、校内に侵入した部下共が生徒の反撃で完全沈黙とは………」
マルティムは、やれやれ、と言った口調で話す。
「それと何より、閣下のご指示が無かったのが痛かったのですがね」
少し険しい表情になって、少女に言う。
「一体、ここで何があったのです?」
「………マルティム」
「何です?」
「お願いしたいことあるんだけど、いい?」
「本当にあんなんで生き返るのか、秀?」
「ああ、っていうかちゃんと息してるの確認したから、もう生き返ってる。そろそろ目を覚ます頃かもな」
僕とトモダチは、学校へ戻っていた。
ちなみに筧君は「『魔王』が死んだ以上、今のボクに使命はない」と言って、先に学校に帰っていった。空気が読める人だ。
破壊剣『ハデス』。『直接触れた物を破壊できる』魔導具。アレがあの場に無かったら、もっと面倒な事になってただろう。
まぁ、何をしたかというと『ハデス』を使って『死』という事象自体を破壊したのだ。あんまり規格のでかいものを破壊すると、運命改変が必要なのだけど、そこらへんは割と僕の専門分野なんで問題は無い。それに、もともと呪術的な効果によって招かれた『死』なんてのは、回避が容易だったりする。
「けどよ、目を覚ましたあと、また同じことしたらどうすんだ?」
「それは、麻央さん自身の問題。一度『死』から救ってくれた友人達がいるのに、また同じことが出来るかどうか、って話。でも、きっと麻央さんは戻ってきてくれると思う。僕の『友人』の一人だしね」
「…………はぁ。だからお前はそういうとこが自分に正直じゃねぇって言ってんだよ。お前、まーさんのことす――」
バキッ
「根も葉もないことぬかさないでくれるかな、トモダチ。そりゃ、彼女は数少ない女友達だったりするけれどだからと言ってそんな特別な感情を持っているわけではないし第一そんなこと先に言ったお前の方が怪しいと言うか何というか」
「……せめて最後まで言わせろ。っていうか、顔面殴るな、めちゃくちゃ変な音したぞ、今。っていうか、お前動揺しすぎだ」
「別に動揺してねぇしざけんなてめ。そりゃ多少は意識することはあるかもしれないし黒髪のストレート背中までとかぶっちゃけタイプど真ん中だったりするし笑顔が可愛いとか思うことはあるけれども決してそんな変な感情とか持ち合わせてないしそもそも向こうがこっちのことそんな風に見てるわけもないし」
「とりあえず、落ち着け。お前が変人になりかかってる」
そうだ、落ち着け僕。クールダウンだ、Cool down。…………ふむ。
「……ったく、お前が変なこと言い出すから」
「俺のせいか、そこ?」
そんなやりとりをしながら僕達は寮の部屋に入った。騒ぎはもう収まっていて、先生の姿も見えたし、学校の授業も終了してる時間だったから、勝手に戻ってもいいよね別にもう。
「ま、平穏を望んでいることに関しちゃお前は自分に正直だがな」
笑いながらトモダチはそう言った。
「おはよ、秀くん」
「おはよう、麻央さん」
翌日、教室に入るとそこにはいつもと変わらない様子でいる麻央さんの姿があった。
「『悪魔』の統率っていうのは難しい仕事なのかな?」
「あたしもう、『魔王』辞めちゃったからよくわかんないや」
そして、僕らは笑い合った。
「え~、あ~、お前らもう知ってると思うが、昨日2時限目から先生達は、学校のためにめちゃくちゃ頑張ってました」
今は、朝のホームルームの時間。
ちなみに、この人は神谷 良介。僕達のクラスの担任の先生であり、同時に社会科担当の先生だ。
祖父だか祖母だかがアメリカ人のクオーターで、紅毛碧眼。授業中も常に煙草を銜えているという、なんとも教師らしくない人である。まぁ、それがまた親しみやすかったりするのだが。
「あ~、常日頃から言ってるから大丈夫だとは思うが、一応訊いておく。昨日、『大人しく』してたやつ手を挙げろ」
沈黙。
「全員、立ってろ」
なんとも長い朝だった。
【崩壊編:完】