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僕の世界  作者: Sal
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【第百三十八話】狂乱編:その者の正体

 狂人は目的の人物を探す。それは、彼にとってさほど難しい事ではない。


 彼は具現化されていない魔力を視認することが出来る。似たような力を持った魔眼も存在するが、彼の場合は生まれ付きだった。要するに、それが彼個人の能力。


 魔力は人の無意識下で体の外部へ漏れ、持ち主を中心に磁場のように取り巻いている。意識的にそれを防ぐことも可能だが、常に集中していることなど所詮は無理。故に、人に限らず魔力を有する全ての物体は魔力を放出せざるを得ない。ただし、それも微量だ。相当神経を研ぎ澄まさなければ、感知など出来っこない。魔力探知が人によって得意不得意で分かれるのはその所為。


 だが、彼は違う。神経を研ぎ澄ませるまでもなく、勝手に目に入り込んでくるのだ。大抵の物事の認識を視覚に依存する『人間』にとって、これほど使い勝手の良い能力も無い。だからこそ、彼は『感知能力』という点では、『家族』の中でも随一。逃がした敵の追跡をするのも、何者かの尾行を見抜くのも朝飯前。ましてや、特定の人物を限定空間内で発見することなど、最早言うまでも無い。


 狂人はさっさと目的地へ向かった。






 何か嫌な予感がした。


 『悪魔』の軍勢が学校に襲来した時と同じ、大切なものが奪われてしまうのではないかという不安。


 何かが、この学校に居る。僕に得体の知れない焦燥感を煽らせる、何かが。



「何か見えた? 秀くん」


「……うん、色々ね」


 生徒会の役員集会があるというのに、姿を見せないミラーカさんとよーこさんを捜索するために、僕と麻央さんは学校の屋上に来ていた。ここからは学校の敷地内が一望できる。あの人達の魔力と妖力なら、ここから探知できるはずと思ったのだが、どうにも予想と違った。


 まず第一に、よーこさんの妖力反応が探知するまでもないほどに巨大化していること。第二に、それとは逆にミラーカさんの魔力反応が感知できないほどに小さくなっていること。そして第三―――



「誰か、来る」



 次の瞬間、目の前に火柱が上がった。当たりはしない。単なる脅しか。


 炎の翼を生やし、火の粉を振り撒きながら高く舞い上がったソレは、屋上のフェンスの上に着地すると、ニヤリと口の端を上げ、僕らの姿を確認するかのように凝視していた。


「イヒヒ……見つけたじゃん」


 オレンジ色の髪をした若い男。年齢は二十代前半といったくらいか。全体的に暖色で姿を統一させているが、僕にはそれが酷く不釣り合いのように思えた。


 一目で感じるその男の異様感。魚の群れに入り込んだ獣のようだ。それも、魚の面を着けた狡猾な獣。細めた眼の奥に宿すは、勝手気ままな欲望そのもの。その内側はまるで掴みどころの無い闇。


 それはどこか、一羽の烏のように見えた。


「あんたら、桐谷 秀と黒井 麻央で間違いない?」


「……?」


 知っている人か、と麻央さんにアイコンタクトを送っても、返ってきたのは否定のサインだった。


「イヒヒ、ウチはあんたらにずっと会いたかったんじゃん」


 男は再び笑みを浮かべる。



「さて、どっちから殺そうか?」



 ……どうにも頭の狂った烏のようだ。






「… … …奴め。… … …やはり、あの二人に接触したか」


 初見 間士、山中 妖狐と交戦中の伺見 絶は、二人にも聞こえるように呟いた。


「その言葉、どういう意味だい?」


 『天眼通』と『他心通』で大凡の内容は把握している妖狐だが、敢えて訊いた。


「… … …云った通りの意味だ。… … …火神 輝彦が『天帝』の命を反古にし、独断で桐谷 秀と黒井 麻央に接触した。… … …『家族』には構成員内で絶対禁忌の項目が存在する。… … …『桐谷 秀と黒井 麻央に手を出してはならない』と云うな」


「何故だ?」


 眉間に皺を寄せた初見が訊く。


「… … …あの二人は、後々この世において無くてはならない『存在』となる。… … …この世の運命は、あの二人次第と言っても過言ではない」


 作り話のような事を、ゼツは正気で言っていた。ただの子供二人の死が、この世界の崩壊と同義だと言っているのだ。


「……何の出鱈目だ」


 当然、初見は全く信じていなかった。


 しかし、妖狐は半信半疑といったところだった。もちろん内容自体はまるで根拠が無い。たかだか『人間』二人の死が、世界においてそれほど重大な影響を及ぼす可能性があるとは到底有り得ない事だからだ。ならば何故半信半疑なのかといえば、それは彼女の能力によって齎されたものだった。どうにもこのゼツが、嘘を吐いてる様子が無いのだ。いくら心を見透かしても、事実をただ述べているとしか言えないのだ。


「… … …勿論、信じるも否も自由」


「ならば仮におぬしの話を信用したとして、何故おぬし達の仲間がその二人を狙う理由がある? 世が滅ぶのであろう?」


 どう考えても、そこは矛盾していた。


 ゼツは一度、間を置いてから再び口を開いた。


「… … …それは奴が――火神 輝彦が、変革を求める者であるからだ。… … …この世の普遍性に倦怠し、刺激性の欠如に失望している。… … …故に、一度混沌を呼び出そうとしているのだ」


 単純に言えば、退屈だから。


 そんなクダラナイ理由で、クラスメイト二人が殺されそうになっているのだ。初見と妖狐は、これ以上無い理不尽さに憤りを覚えた。


「… … …いかるのも自由だ。… … …だが、真にあの二人の身を案ずるならば、こんな場所で某を足止めしている暇は無いだろう?」


 ゼツが言うことは尤も。今すぐにでも自分達が加勢に行くべき状況であり、その上ゼツ自身もその為に輝彦の監視に付いていたのだ。利害が一致している以上、争う理由など無いはずなのだ。


「……それもそうだの」


 初見は忍刀を鞘に収め、校舎の方角へ方向転換し――――



「だが、争う理由が無いのと、ワタシ達に手出しをしないというのは別だろう?」



 ゼツが初見に向けて放った剣戟と、間に割って入った妖狐の妖力の刀がぶつかる金属音を聞いた。


「やはりその傘、剣が仕込んであったみたいだねぇ」


「… … …案に違わず、貴様は騙されぬか。… … …この女狐」


 刃を振り抜き、一旦距離を取る両者。


 初見は一瞬状況に付いて行けず、呆気に取られていた。


「… … …初見 間士と云ったな。… … …まだまだ三流だ。… … …『忍』たる者、安易に他人の言葉を信用するものでは無い。… … …ましてや、敵の言葉などにはな」


 この時、初見がゼツに対してまず抱いたのは、絶望と驚愕だった。


 自分との圧倒的な実力差による、絶対に敵いはしないという絶望。本当に、目の前に立つこの人物が、『忍』の道を心得ていたという驚愕。


 伺見 絶という名前に、初見は聞き覚えがあった。だが、彼が知っているその人物は、『この世に存在し得ない』のだ。だからこそ、名前を聞いた最初は無関係だと決め付けていたが、今になって目の前の伺見 絶と名乗る人物が、ソレと同一人物なのではないかという疑問が次第に膨れ上がっていった。


 一体、誰だ。何者なんだ。今、ここにいるこの人物は―――


「初見くん」


 クラスメイトの呼びかけに、初見ははっと我に返った。


「先生達へ増援要請を申し込みに行ってくれないかい? これは少々、手強そうだからねぇ」


「……分かった」


 二言返事で初見は校舎の方へ去り、後には妖狐とゼツが二人残った。


「… … …そのような事をすれば、更に某に手間を取る事になるぞ?」


「構わないさ。余計な事を頭に入れるより、一つの事に集中した方が任務の成功率は上がる。そういうものだろう?」


「… … …飽くまで某を確保する気か。… … …目先の事に捕らわれ、貴様の大切な物が失われなければ良いがな?」


「はっはっはっ、心配には及ばないよ。ワタシの『友人』は、そんな事で死ぬほど柔じゃないさ」


 妖狐は強い口調で言った。



「……さて、ここからは隠し事などしないで、少し常識から逸れた戦いをしようじゃないか―――『傘差し狸』?」


「… … …分かっていたか。… … …だがな、『天狐』よ。… … …古来より、化かし合いは狸の方が狐より上と相場が決まっているぞ?」


 そして二匹の『妖怪』は―――ぶつかった。

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