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僕の世界  作者: Sal
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【第百三十四話】悪の誇り

 騒ぐ者は動き出した。『悪』の旗を掲げる者として、その信仰の妨げとなる障害を取り払う。


 冬は彼らの独壇場。その力は止まる所を知らない。


 何も躊躇は要らない。かの裏切り者―――『元魔王』を殺す。


 それだけで、彼らの目的は達せられる。






 『氷界』。


「……して、何故汝はここに居る」


 全てが氷結するような世界で、『氷王』は問う。


 幾多の部下を連れ、今まさに戦場へ発とうとした瞬間。


 その招かれざる客は一人、突然にやって来た。


「……ふむ、ならば逆に訊こう。今、貴様等は何処へ発とうとしていた?」


 『何処』という言葉をいやに強調して、その客は目付きを鋭くした。


「まさか、『氷界』の長たる貴様がその存在意義を忘れてはいないだろうな?」


「黙れ。たかだか百と数年しか生きとらん若造が、余に物申す気か? だとするならば、とんだ身の程知らずだ。相手との力量を見抜けん輩程、愚かな『存在』も居らん」


 嘲るような口調で『氷王』ユミルは続ける。



「それとも……本当にそんな愚者に成り下がったのか? 『魔王』バアル=ゼブル」



 蝿の王は黙ったまま、重圧プレッシャーを放った。


 禍々しい『悪』の圧力は、味方であろうと畏怖を抱く。『氷王』の後ろに並ぶ部下達は、立っているのがやっとの状況だ。


「……ふむ、愚者はどちらかな」


「汝に決まっておろう。そもそもの話をすれば、余が『元魔王』を狙う理由は汝の怠慢にある。汝はたかが小娘一人如きに気を逸らされ、『魔王』の職務を怠っている。『魔界』の乱れは『氷界』と『炎界』の乱れに繋がる。そんな事は汝も解っておろう?」


 二人の王は、ただ冷静に向かい合う。


「だからこそ余が殺す。汝に余計な気を逸らさせず、布教の活動をきちんとして貰わねばならん。全てはこの世の『悪』の為だ」


「下らぬな」


 『魔王』は『氷王』の言葉を一蹴した。


「『氷界』と『炎界』が機能しなければ、『挟間』は生まれぬ。貴様等は元より、大閣下のいぬとしてでしか存在出来ぬ。貴様が近頃勝手な行動を取るのは、大閣下の目から逃れる為だろう? 『悪』の為と言うならば、さっさと己の使命を果たせ。大閣下はさぞお怒りだろうがな」


「黙れ! 汝の指図は受けん!」


 『氷王』は一歩も退かない。寧ろ、『魔王』に対して殺意を放ち、この場で殺してしまいそうな程だ。


「……ふむ、困った老いれ『巨人』だ。口で言っても解らぬとは」


 『魔王』と『氷王』の力の差は歴然。能力面は勿論、生きた年月も、キャリアも、『氷王』は今の『悪』という組織の中では最古参レベル。『大魔王』からの信頼も厚い、『悪』の重鎮。


 全てを承知の上で、『魔王』は一人でここへ来た。誰も巻き込まず、己の問題を己自身でケリを付ける為に。


「余を力尽くで止める気か? どうやら本当に力量を見抜けん愚か者だったようだな。汝に『魔王』の座は重過ぎる! 『元魔王』の抹殺は止めにして、汝を殺してくれる!」


 普遍的な事実を述べるならば、足掻いた所で何も起こる事は無い。努力が才能を凌駕するというのもある程度までは真実。だが、最終的に辿り着くのは強者は強者で、弱者は弱者でしか無いという現実。


 圧倒的な実力差。勝算は――――あり過ぎた。


「蝿の王たる俺が言うのも何だが、五月蝿うるさいぞ。騒ぐ者よ」


 『魔王』は虚空に手を翳す。


 『魔王』と『氷王』の決定的な違い。それは、種族。『悪魔』と『巨人』。実質的な力の差異は明確には無い。だが、その『存在』の意味はまるで違う。『巨人』は『人間』の亜種であり、『悪魔』は『悪』の権化である。『悪』の力を扱う事に関して、『悪魔』の右に出る者は居ない。だからこそ、ある一定の土俵に立った時、そこで両者の強弱関係は一気に覆される。



「魔剣『グラム』」



 それは、地が齎した『悪』への祝福。『怒り』の名を持つ二メートルの長剣。どこまでも鋭利な刀身は、全てを穿つ力を持つ。


「身の程知らずの愚者は貴様だ。『巨人』如きが、気安く『悪』を語るな」


 どこまでも深く凶悪な重圧は、それだけで対象を死に至らしめる事も可能。『氷王』の部下達はほとんど気を失っている。あまりに異様過ぎるその力に、『氷王』は驚愕した。


「その『魔装』……古その者か!? だが、そやつはヴァルハラに……!」


「ふむ、北欧の古の名を継ぐ者である貴様ならば判るか。確かに、この魔剣は古その者。正真正銘のオリジナルだ」


 神話として語られてきた伝説は、新しき時代へその名を残す。古に存在した者達の名は、その者の存在意義が相応しい者へ受け継がれ、伝説で在り続ける。だが、偽物は本物を超越する事は無い。伝説が増え過ぎた今の時代が力を失い始めているのは、そのためだ。


「俺も貴様も、古の名を継ぐ者。所詮は偽物だ。だからこそ偽物が蔓延する現代で、本物―――古その者は強大な力を持つ」


 目の前にあるのは、伝説だ。かつて北欧の最高神によって創られ、悪竜の血を啜った呪いのドラゴンスレイヤー。一度振るえば、『氷界』の軍勢など一瞬で闇に帰す。


「……一つ教えてやろう。俺はもう『元魔王』などに興味は無い。今は寧ろ、もう一人の方が気になっているくらいだ。直に布教活動も再開する。『魔王』らしく『悪』を遂行するつもりだ」


 『魔王』は『グラム』の切っ先を『氷王』に向け、言い放つ。



「退くがいい、氷の王。それともまだ抵抗するか?」



 『氷王』は二の句が継げなかった。

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