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僕の世界  作者: Sal
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【第百三十二話】とある小遣い稼ぎ

 何とも憂鬱な季節だ。


 学校が冬休みに突入し、空気はまた一段と冷え込んだ気がする。せっかくの長期休暇だというのにあまりテンションも上がらない。ちゃんと働いてはくれまいか、グリーンハウス効果とやらは。


 今年の春まで愛用していたコートは、ボロボロになっていて使い物になりゃしない。三月のあの一件が原因だ。かと言って、新しいコートを買うには僕の財布は軽すぎる。


 基本的にこの学校の生徒に授業料を払う義務は無いが、その他私生活に関する物はもちろん自費である。僕のように何かの組織に加入しておらず、保護者に該当する人物がいない――本当はいるのだが――生徒は自分で金を稼ぐ必要がある。


 これがなかなか厄介だ。もちろん表の世界で何かする訳にはいかない。裏の世界での小遣い稼ぎと言ったら、道具売り辺りが妥当だが、売り物にできるマジックアイテムも、それを作る技術力も無い。お気に入りだった『エレクトリック・バインダー』もコートと同様にお亡くなりになってしまったしな。他の手段としては、賞金首狩りというのもあるが、賞金首というのはそもそも危険だから賞金首なのであって、素人が気安く手を出すようなものでは無い。さらに言えば、目標ターゲットを捜すのも手間が掛かる。短期間で出来る仕事じゃないのだ。それで冬が越しては意味が無い。


 特に用意する物は要らず、それなりに安全が保障されていて、短期間で金が稼げる方法………いや、一応は該当するものがあるのだ。今年の夏休みもソレで乗り切っていた。だがしかしだ。ソレは、あまりにも僕の身体的・精神的に負担が掛かる手段なのだ。年に何回も出来たものじゃない。出来れば、僕はあの場所には行きたく無い。


 しかし悲しい事に、僕はそんな悠長な事が言っていられるほど余裕が無いのも事実だ。年一回で済んでいたあの方法も、今年に限って何故足りないかと訊かれれば……単純な事だ。例のあのクリスマスプレゼントである。一高校生にとって、あのアクセサリーは少々値段が高すぎた。にも関わらず買ってしまったのは、僕の非ではあるが……。参ったもんだ。決断の時は迫っているらしい。


 僕は適当に身支度を済ませて、寮部屋の扉に手を掛けた。


「どこ行くんだ、秀?」


 出したばかりのコタツの中で丸まっているトモダチが声を掛けてきた。


「……バイトだよ」


 僕は地獄への一歩を踏み出した。











 そこは亜人生命体の中で、ある意味で『人間』に最も近く、最も遠い『存在』が住まう場所。裏の世界ですら異質だと蔑まれ、心を酷く傷付けられた彼らは、この地でひっそりと暮らしている。


 その場所の名は、『サイハテ』。絶望を知る者達が集まった楽園だ。


「……やっと着いた」


 そんな独り言が自然と漏れてしまうほど、僕は疲労していた。そもそも、青魔術のセンスを持ち合わせていない僕が空間転移しなければならないという理不尽な選択肢しか無いのが悪い。一体、いくつの事象に干渉して真偽を決めたか。かと言って、篭に協力してもらうのも気が差すのだが。どうにか、もっと簡単に到達できる手段は無いものか。あと、ついでにこの時期は寒い。


 足がふらつくまま、僕は目の前にそびえ立つ建物の扉を開けた。どっかの崖の上に建ってそうなレンガ造りの洋館だ。尤も、崖の上などでは無く、荒れ果てた野原の真ん中にでかでかと居座っているのだが。傍から見れば何とも不釣り合いな光景だ。


「お邪魔します……」


「はいはーい、少々お待ちくださーい」


 館の中に入り、小声で挨拶したのだが、どうやら聞こえていたらしい。奥の方から女性の返事と走ってくる足音が聞こえてくる。


「お客様この度はどういったご用件で……って、あー! しゅーくんだー!」


 ……げっ、一番出てきてほしくない人が来てしまった。


「アハッ、久しぶりー! あ、でも今回はそうでもないかー。いつも一年に一回なのに、今年は二回目だねー。 なんでー?」


「んまあ……答えても良いけど、まずその前に僕から離れてくれないかな、デザイアさん」


「やだー、離れたくなーい!」


 ……本当に困った人だ。


 この人は、デザイアさん。物凄い童顔で、唇の合間からは八重歯が覗き、肩までの長さの栗色の髪をツインテールに結んでいる。割と低身長だが、出ている所は出ているというかなりグラマラスなスタイルをしている。黒のワンピースに、フリルの付いた白いエプロンドレスと、同じくフリルの付いた白いカチューシャ―――所謂、メイド服を着ているのは、もちろん彼女がこの館のメイドの一人であるからだ。ただ、そのメイド服が多少着崩れしているのは、彼女の性格によるところが………ん? 属性多すぎ? 何の話だ?



「離れなさい、デザイア。客人が困っているでしょう」



 突如、耳元で聞こえたその声に、僕は背筋が凍る思いがした。


「あ、デドリーさん。見てくださーい、しゅーくんが来たんですよー」


「それは一目瞭然です。再会を喜ぶのは、後にしなさい」


 いつの間にか僕の背後に立っていたこの人は、デドリーさん。デザイアさんとは対照的に、可愛らしいというよりかは美しい顔立ちに、手入れの施された黒のロングヘアー。モデルのような抜群のプロポーションは、その姿を見た男性を確実に魅了することだろう。これまたメイド服を着用しているが、こちらは寸分の狂い無く完璧に着こなしている。何を隠そうこの人は、この館のメイド長である。メイドに関する事でこの人の右に出る者はいない。………ただ、玉に瑕と言うか、何と言うか、その刃物のような鋭い目付きと、金属のように冷たい声は………相変わらずである。


「ご用件は解っています。またアルバイトしに来たのでしょう」


「ああ……まぁ、そんなとこです」


「では、ご主人様の部屋へご案内………する前に、貴方は休憩を取りますか。随分と疲弊しているご様子ですし」


「あ、じゃあ、そうさせてもらいます。部屋は?」


「二階の客人用寝室で丁度イディエットがベッドメイクをしている筈です。そこまでご案内致しましょう」


「イディエット……?」


 聞き覚えの無い名前だった。


「先日雇った新人です。真面目ですが……少々間抜けなのが問題です。改善されれば良いのですが」


「そりゃまた……大変ですね」


 どの程度間抜けなのか知らないが、適当に相槌は打った方が良いだろう。


「さて、じゃあ寝室の方に……」


「ねー、しゅーくん。アタシと一緒に寝ようよー」


「デザイアさん、それは解釈のしようによってはかなり危ない意味になるんだけど!?」


「しゅーくん、フリーだからオッケーでしょー?」


「フリー………まぁ、そうと言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃないんだよな……」


 かなり勝手な答えになったが、周りから見ればフリーに見えるのだろうか。


「まだ『どーてー』なんでしょー?」


「そういう言葉を軽々しく発さないでくれるかな!?」


「アハッ、アタシが女を教えてあげるー♪」


「いやだから……って、ちょっ、腕引っ張らないでって!」


「止めなさい、デザイア」


 その一言でピタッと動きを止めるデザイアさん。


「貴女は持ち場に戻りなさい。彼は私が案内します」


「なんでですかー? アタシだって案内できますよー」


「貴女は言動が軽率過ぎます。メイドとは、主君に従える『存在』であり、その敵には刃を向け、その客人には無礼無き様、接するが定め。貴女はそこを良く学びなさい」


「そんなー……」


「口答えは無用です。早く戻りなさい」


「……はーい」


 ……やはり、この人達は相変わらずだ。


 デザイアさんは僕から離れ、大人しく館の奥の方へ去って行った。あそこは最初に彼女が走ってきた方向だが、どうやらあそこ辺りが彼女の持ち場らしい。


「では改めまして、ご案内致しましょう」


 デドリーさんが歩き始め、僕はその後を付いて行くのだった。

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