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僕の世界  作者: Sal
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【第百三十話】変わる時

 話が分からない人のために少し過去の話をしなければならない。


 正直、僕自身そこまで思い出したい事でも無いし、他愛も無い他人の追憶レミニセンスなどに興味が無いのは万人共通ではあると思う。


 しかし敢えて話をするならば…………、こんな事が最近あった。






 意を決して好きな女の子に想いを伝えようとして、意地の悪い友人の所為でどっかのギャルゲのようなハプニングが発生し、女の子に殴られて鼻にヒビが入り、挙げ句の果てに告白のやり直しなどという、一生経験したくても出来ないような事態に陥り、羞恥が更に増してしまったのは最早言うまでも無い。


「……で、麻央さん。昨日の話の続きになるんだけど」


 と切り出したは良いが、次の言葉が出てこなかった。


 今の僕は不格好極まりないことだろう。こんな恥ずかしい事を二度もやるなんて、誰が予想するか。そもそも場所こそ同じだが、昨日と違って今は麻央さんも普通のTシャツ姿だし、ムードもクソも無い。こういうのはある程度その場のノリに任せるものだろう。


 チクショウ。全部アイツの所為だ。



「え、と……あたしも好きだよ。……秀くんのこと」



 思わず、耳を疑った。


「へ…………?」


「あ、あれ……? 告白の話じゃないの?」


「い、いや……それでいいんだけど」


 記憶が確かならば、まだ僕は『好き』とかそういうのは言ってなかったはず…………まぁ、あの流れじゃどんなに恋愛に疎い人でも分かるか。手間は省けた感じはするが、不意すぎてまた顔が熱くなってくる。


「……じゃあ、麻央さん……その返事って、つまり……」


 ああ、ヤバい。顔が熱い。気温も暑い。実際、こんな状況で緊張しない方がおかしいが、それを正当化できるほど僕は完成された人間じゃないぞ。


「あっ、でもさ秀くん。……付き合う、とか、そういうのは無しにしないかな?」


「? それはどういう……」


「えっと……なんて言ったらいいかよく分からないけど……あたし、今のままの関係がいいかなぁって思って……。その……付き合ったら、色々周りの環境とか変わって……お互いに気を遣っていつも通りに話せなくなっちゃう気がするし、それはちょっと嫌かなって……」


 ごめんね、と麻央さんは小さく言った。


「じゃあ……どうしたら僕と付き合ってくれる?」


 発言した後に大胆すぎると自分で思ったが、気にしないことにした。


「うーん……いつか、その時が来たら……かな?」


「……そっか。分かった、僕はその時を待ってるよ」


「うん。あたしも待ってる」


 最後に僕らは互いに笑った。






 決して成功した訳でも無く、決してフラれた訳でも無く。俗に言う『保留』ってやつなのだろうか。


 結果には半分嬉しく、半分悲しいと言ったところだ。色んな意味で最近、僕はちゃんと眠れていないと思う。学校の授業の内容も頭から抜け落ちている感じはするが、別に成績が下がっている訳でも無かった。トモダチから「ま、そう落ち込むな」とか言われても、まるで何も感じることは無かった。


 どこか微妙な感覚を胸に感じつつ、暦は師走を迎えようとしていた。


「3四歩」


「4二馬。へへっ、飛車取ったぜ、優?」


「同銀だよ、トモダチ」


「飛角交換ってとこか。まぁいい、普通に守らせてもらうぜ。8八銀」


「お前らは何で生徒会室で将棋指してんだこら!」


 僕の悩みの種はどこにでもあった。


「何だ、秀。そう怒るなよ。どうせ何もすることねぇし、気分転換も必要だぜ?」


「雑務が会長に口を出すな! っていうか高田君まで何やってんのさ!?」


「仰る通り、将棋を指してる」


「何で指してるかを訊いてるんだよ!」


 この二人は一応生徒会役員のはずだが、その自覚というものはあるのだろうか? こっちは建前だろうとそれらしく振舞っているというのに。


 生徒会長になってから、僕やトモダチは放課後に生徒会室に居ることが多くなった。たまに篭や筧君も顔を見せるが、もっぱら『くじ引きBOX』を持ってきてトランプで遊ぶだけだ。どうにもこの部屋は遊戯室になりがちのようだ。もう少し気を付けないといけないな。


「9五角。王手だよ、トモダチ」


 僕の忠告を聞く様子は無く、高田君は次の手を指した。


 ……4四歩パックマン。完全なハメ手である。正しい対処をしないと後手の高田君が勝勢になる。ここでの最善手は、7七飛で銀も守れる状況にしておくことだが……。


「まだ詰みじゃないぜ、6八金!」


 あちゃー、やっちまったこいつ。


「そりゃ悪手だよ、トモダチ。8八角成」


「あー! 銀取られた!」


 トモダチの悲鳴を聞いてくすくすと笑う高田君。完全に遊ばれてるな、トモダチ。こりゃ勝負は見えた。実力差がありすぎる。


 尤も、パックマンなんて対処方法さえ知っていれば先手優勢の典型的ハメ手だ。プロの世界でお目にかかることはまず無いだろう。鬼殺しの方がまだ実用的だ。高田君がそれを知っているか否かは知らないが……。


「はい、王手。今度は詰みだよ、トモダチ」


「……参ったぜ」


 ……素人相手には充分ってことか。


「……さて、終わったならさっさと将棋盤を片付けろ。そして今日は何もすること無いから雑務はさっさと帰れ」


「はっはっはっ、秀くん。君もなかなか観戦を楽しんでいたじゃないか。そう尖った口調で話すことも無いだろう?」


 突然背後からした声に心臓が飛び出そうになった。


「……よーこさん、こっそり後ろに立ってるのやめてくれないかな。それと、勝手に人の思考を見透かすのも」


 この人にこう言うのも、一体何度目だろうな。


「ワタシの記憶だと7度目かな?」


「いや、だからさ……」


 何を言っても無駄なのか、この人には……。


「おっ、よーこさん。生徒会室で会うのは久しぶりだぜ」


「仕事がいつも一番早く終わるからね。僕達が遅刻してきた時にはもう帰ってたなんてこともあったし」


 雑務の二人がそんなことを言っているが、全部事実である。会計の仕事は決まって一番最初に終わる。いや、気付いた時にはすでに終わっている。電卓も一切使わずに全ての費用の計算を、よーこさんが全部一人で算出してしまうのだ。お蔭で会計関係の仕事だけは物凄く楽である。


「……で、今日は別に仕事無いけど何か用かな、よーこさん?」


「うむ……少し、な……」


 ちらっと僕の顔を見るよーこさん。何か僕に伝えたいことでもあるのだろうか。……どうやら、正解らしい。今、確かにジャストタイミングで彼女が頷いた。さっさと言わないってことは、トモダチと高田君には聞かれたくないってことか? ……どうやらそれも当たりらしいな。


「トモダチ。高田君。僕は先に帰るよ。将棋盤の片付けと部屋の消灯は自分達でちゃんとやるように」


「ああ、お疲れー」


 僕はそんな適当な感じで生徒会室を出て、すぐに階段を上る。


 向かう先は――――


「ここなら大丈夫かな、よーこさん?」


「ああ、大丈夫だ。すまないねぇ、結果的に呼び出すような形になって」


「良いよ、別に。気にしないから」


 選んだ場所は屋上。何かしら内密な話をする時はここに来ることが多い。滅多に人も来ないし。ただ、問題点を挙げるとするならば、この時期だと寒いということくらいか。


 どこからともなく、ふっと現れたよーこさんは、生徒会室で見せていた時とは顔とは全く違う、真剣な表情だった。


「これはワタシがとある経路で手に入れた情報でねぇ。君に聞いてほしい」


「……ああ。良いよ」






 世界が、変わり始める。

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