【第十三話】崩壊編:小さな想い
これだけ派手に戦ってるんだ。気付かれても無理はない。
でも、一番来て欲しくない人が来てしまった。
「麻央さん」
彼は微笑む。
「チョーク、黒板に置いておいたよ」
「あ………うん」
彼は表情を元に戻した。
彼は、誰よりも平穏を望む人間だ。普通に過ごす日常こそが彼の願い。それを崩壊させてしまったあたしを、彼は許さないだろう。
「まーさん………やっぱあんたが『魔王』なのか」
トモダチくんが言う。口振りから察するに、誰かから聞いたようだ。
あたしは黙って小さく頷く。一瞬、トモダチくんの顔が歪む。受け入れたくなかった事実を再認識したようだった。
しばらくの沈黙の後、彼が口を開く。
「………麻央さん、僕は………」
その瞬間、彼を中心に魔力がぶわっと広がる。
何かの封印を解放したかのように、何かの枷が外れたかのように。
凄まじい重圧。
あたしですら、多少威圧感を感じる。
「君を許すわけには、いかないんだと思う」
その言葉に、心がちくりと痛くなる。
「……筧君、少し手を出さないでくれるかな?」
「………承知した」
『勇者』は、一歩下がる。
そして、あたしの前に、『彼』が立つ。
「……覚悟してくれ、麻央さん」
勝敗は一瞬で決した。
あたしは、腹に拳の一撃を喰らって吹っ飛んだ。
それは魔法も魔術も何も使っていない『人間』が本来出せる領域での一撃。
けれども、今のあたしにそれは重過ぎるものだった。
硬い地面の上に仰向けに倒れる。
「…………」
何も言えない。体の痛み、そういうのではなく、心の痛みがあたしを押し潰す。
当然の事、そう思っても、耐え切れない自分の非力さに泣きそうになる。
灰色一色の空をしばらく眺めていたあたしに声がかかる。
「麻央さん、ごめん」
謝られた。
「今の一発で吹っ切れた。やっぱり、僕は君を許す」
「え……?」
「僕の世界には、君がいて欲しいんだ」
「…………」
「君がいないと駄目なんだ。君も、トモダチも、筧君も全員、僕の大切な友人なんだ。一人でも欠ければ、意味がないんだ」
心が軽くなっていくのを感じた。
突然の事に、今度は嬉しさで泣きそうになった。
「また、みんなでさ。トランプでもやろうよ」
彼は、小さく微笑んだ。
そして、あたしは自分の感情に気付く。
あたしは、この人が好きなんだ。
誰よりも異質な能力を持ち、誰よりも平穏を望む。
優しすぎる心を持つ、彼が好きなんだ。
心が安らぐ。心が落ち着く。
きっとこの人と一緒に過ごし続ければ、楽しい日々が待っているんだろう。
でも―――――
「だめなんだよ、秀くん」
あたしは、立ち上がる。
「あたしは、『魔王』なんだよ」
仲間も家族も、大切な人達をみんな奪われ、強制的にあたしは『悪魔』に堕とされた。
そんな憎い『存在』の頂点に立ってしまった時、あたしは自分の力に呪いたくなった。
何故、自分はここにいるのか。自分の存在意義は何なのか。
そんなとき叩き付けられた現実が、自分が『魔王』であることだった。
「あたしだって、みんなと一緒にいたいよ。でも、あたしはみんなと一緒にいちゃいけない『存在』なんだよ」
理由はそれだけ。それ以上のことは無い。
学校での日常は、楽しかった。
でも、『魔王』である以上、それを継続させるのを望んではならなかった。
学校の制圧計画を実行しなくてはならなかった。
「だから――――」
傍らで転がっている『ハデス』はほっといて、別の物を出す。
漆黒の大刀。
虐殺刀『プルート』。正式名称は『ブラック・ジェノサイダー』。
『斬った者を死へ招く』能力を持つ魔導具。
「ごめんね、秀くん」
目から水滴が零れた。
「あたしは自分を許せないから、罪を償うよ」
そして、あたしは『プルート』で自分の腹を貫いた。