【第百二十九話】それぞれの策
ある秋の夜のこと。火神組本家の屋敷にて。
火神 石切が佇む中庭に、二羽の大烏が舞い戻ってきた。
《只今戻った、御主人》
「ご苦労さん。お前らにしちゃあ、えらく遅かったやないか。それほど『家族』に関する情報は厳重に管理されとるっちゅうことやな。一体、誰がやっとるんやろな?」
石切が煙管を吹かしながら、知りもしない人物の顔を想像していると、
《報告に入っても宜しいかな、御主人?》
『思考』の意の名を持つ二羽が一方、フギンが若干不満そうな様子で石切に尋ねる。
「おお、すまんな。始めてくれ」
石切がそう言うと、フギンは目標の動向を、手に入れた情報通りに話し始めた。
誰も気付くことのないような、深く暗い森の中にひっそりと建つ廃墟。その中に広がるのは『フィールド』と呼ばれる、一個人によって展開された異空間。
そこは、『家族』のアジトとなっていた。
「お前さんは何時まで任務を保留しているつもりなのだ!」
そしてそこでは、『家族』の親玉・天神木 帝釈の怒号が木霊していた。
「ちょいと待ってくださいや、『天帝』様よ~ー……。そもそも、俺は任務を受けるとも言ってねぇだろう?」
「ならばその返事は何時寄越す!」
「あ~ー…………もちっと考えさせていただくって方向で―――」
「甘ったれるな!」
帝釈が怒るのも無理は無い。確かに、任務内容に不満要素が含まれているかも知れないがそれでも、偲覇は新たな任務を言い渡されてから、実に一ヶ月もの間、何も答えを示さずにいたのだ。流石にそれは怠けているとしか言い様が無いだろう。
「全く、お前さんは……」
「イヒヒ。まあまあ、そう怒ることもないじゃん? 『天帝』様」
帝釈の説教の合間に割って入る形で部屋に入ってきたのは、薄ら笑いを浮かべたオレンジ色の髪の若い男。
「何の用だ、輝彦? お前さんを呼んだ覚えは無いぞ」
「イヒヒ、呼んでなくても来たって別にいいじゃん? それよりも………今、偲覇にしてた話。ウチにやらしてくんない?」
「何?」
帝釈も偲覇も怪訝そうに顔を顰める。
「ここずっと、ウチらを嗅ぎ回ってやがる輩がいるのは、気付いてた? 火神組の情報蒐集屋が優秀なのは、ウチが一番よく知ってるじゃん。対策を講じられる前に、早めに。それが最善の手じゃん。偲覇がぐずぐずしてんなら、ウチがやるってこと」
至極真面目そうに言い放つ輝彦。実際言っていることは尤もで、筋は通っているが、ニヤニヤとした表情からはその裏面を探ることは出来ない。
帝釈は目を閉じ、しばらく間を置く。
「………良いだろう、輝彦。お前さんにこの任務を託す」
「イヒヒ、任せるじゃん」
輝彦はその言葉を待っていたと言わんばかりに力強く返事し、颯爽と部屋を出て行った。
「……良いのかよ、『天帝』様。彼に任せて」
残った偲覇は、帝釈に訊ねる。
「彼は得体が知れねぇぞ~ー……? 眼がギラギラしすぎだ。ありゃあ、内の野望を見合わん理性で抑えてる。覬覦な事だと言えばそれまでだが、如何せんあの歳には勢いってもんがある。どうなるかの予想が付かねぇのは危険すぎる。確かに彼の言うことには一理あるが、それであっさり任務を託すまでには………」
信用できない、と偲覇は言う。
「……ならばお前さんが行くか?」
「輝彦君で良いと思います」
帝釈の一言で、掌を返したように発言を変える偲覇。
「……彼奴が信用ならないのは、最初から解っている。過去、その破壊衝動によって多くの命を奪い、更なる殺戮を求め、この組織に加入した。同胞の中では最も野蛮な理由だ。かと言って、発言内容自体は紛う方無い事実。お前さんがぐずぐずしていることも含めてな。切り捨てるのは組織全体の信頼に関わる」
「もっと大きな犠牲が出ることになったとしても、か?」
「そうならないように儂も策を講じる。出て来い、ゼツ。ツカサ」
帝釈が手をパン、と鳴らすと、一人は一瞬で目の前に出現し、もう一人は数秒経った後に部屋に発生した空間の歪みから吐き出されるようにして着地する。
「ゼツは直接輝彦を見張れ」
「… … …了承した」
ゼツと呼ばれた、二本の傘を腰に差し、白い獣の仮面と黒い長着を着用した人物は、出現した時と同様に一瞬で姿を消す。単なる超速移動。この場に居る者は誰一人として驚きはしない。そして―――
「ツカサは『マウス』で『簒齎者』と例の二人の警護の強化を頼む。それから、この疑似空間の警備レベルも高くしてくれ。輝彦曰く、嗅ぎ回っている輩が居るようだからな」
もう一人―――ツカサと呼ばれた白い髪の少年は、不満そうな表情を見せる。
「――……『Factitious Imagination Exhibit Lunatic Domain』を略して『フィールド』。――……略称があるんだからそちらで呼んでほしいな」
「済まない。片仮名言葉は少々苦手でな」
「――……『マウス』は呼んでくれたのに?」
「それくらいはな」
「――……そっか。――……ま、いいや。――……言われた事はちゃんとやっておくよ。――……最近、ネルの調子がおかしいみたいなんだけどね」
能面のような表情でツカサは静かに虚空を指差す。そして空間に歪みが生じ、そこに吸い込まれるようにしてその場を去った。
「……相変わらず気味悪い連中だ」
「そう言ってやるな、偲覇。あの二人は優秀だ。そして、この組織にとって最も重要な役割を担っている」
「未だ成果は上がってねぇみたいだがな~ー……」
「怠け者のお前さんが言えた立場か」
偲覇はバツが悪そうな顔で帝釈に背を向けた。