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僕の世界  作者: Sal
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【第百二十四話】修学旅行の話 3

 自分でも何をしているのか分からない。


 ただ、されるがままに。彼女のその美しさに見惚れ、堕ちていく。


「……あら何よ。随分、積極的ね」


 気付けば僕は彼女の背中に手をまわし、自分の意思で彼女に近付いていた。自他の境界すら曖昧になるような一線。その気になれば、全てを奪ってしまえる距離だ。


 彼女の顔がゆっくりと僕に近付き、その柔らかな唇が触れようとする寸でのところ。


「…………」


 彼女は何かに感付いたように上方を向いてから、瞬時にその場から離れる。すると、上から大量の木の枝がガサガサと僕に降り掛かり、その枝が落ちたことによって空いた隙間から眩しい日光が差し込む。


「邪魔しないでくれるかしら? あんた、KY?」


 日陰に避難し、見るからに気分を損ねた彼女は、憎悪の混じった眼でその人物を睨み付ける。


「お楽しみ中ならば悪いことをしたかもしれんが、生憎俺のセンサーが桐谷 秀の危機を察知したものでな」


 銀髪に銀眼。表情の変化が乏しいその男子生徒は、黒い短パンに白いTシャツという格好で腕を組んで立っていた。


「フレディー、君……」


 途端に、頭が冷えるのを感じた。今、自分が何をしようとしていたかを理解し、顔が恥ずかしさで爆発しそうになる。うわぁやばい、物凄く首吊りたい。


「一先ず無事のようだな。桐谷 秀」


「……礼を言うよ、フレディー君。君が来なかったら、僕は今以上に後悔することになったと思う」


「それはなによりだ。だが、俺の使命はお前の命を護る事。精神状態までは管轄外だ」


 ……相も変わらず淡々と喋る人だ。でも、こういう冷静さを欠かない人はいざという場面で心強い。


 僕は木の枝が落ちてきて葉などがくっ付いた髪を軽く手で払ってから、再びミラーカさんに向き直る。


「気に入らないわね。いっそのこと、殺してやろうかしら?」


「元々戦闘用に造られた身だ。気に入られるような構造にはなっていない」


「あっそ。自覚してるなら遠慮は要らないわね」


 次の瞬間、ズボッ! と地面から赤色の触手のような魔力がわらわらと一斉に這い出し、フレディー君をあっという間に拘束した。


「“大蚯蚓ナイト・クロウラー”。このまま圧迫死させてあげても良くてよ」


 殺気の帯びた紅い眼光。例の夏休み中の一件でも見た、あの眼だ。ヤバい、本気だこの人。


「フレディー君!」


「心配は無い、桐谷 秀。俺は再生・強化といった補助系機能専門。先程から肉体の靭性は補強済み。予め解析した奴の最大瞬間魔力放出では塑性変形を起こす事も無い」


 何とも落ち着いた態度で、時折訳の分からない単語を交えながら解説をするフレディー君。そして、その目線をミラーカさんの背後へ移す。



「それから、俺は一人ではない」



 ミラーカさんは後ろに居るもう一人の存在に気付き、その人物が攻撃を放とうとしているのが分かったのか、咄嗟に横っ飛びで立っていた場所から離れる。


「“捌拾鏖殺魔刃やそおうさつまじん”」


 その攻撃は目標を捉えることは無かったが代わりに、ズガガガッ! という土を何度も切り刻む音が響く。地面には、まるで猫が襖で爪を研いだ様な無数の跡が残り、その攻撃の威力が窺える。ってか、容赦ねぇ。


 短めの青い髪と、緑色をした双眸。人形の方がまだマシな表情をしていると思ってしまう程、感情の欠落した顔。紺色のスクール水着の格好をしたその女子生徒は、何を隠そう我らがクラスの謎のアンドロイド(のようなもの)の二人組のもう一方、ネルさんだった。……スク水?


 ネルさんは僕らの方に近付き、フレディー君に巻き付いている赤い触手を触って破壊する。


「あの……ネルさん……?」


「大気中に集積させた塊状の魔力を超速振動させることによる裁断術。私の機能の一つ」


 つまり……透明なカッターみたいな物だという認識で良いのだろうか。じゃあ、さっき木の枝を切り落としたのはネルさんのこの術だったのか? ……っていやいやいや、僕が訊きたいのはそこじゃなく。


「その格好……どうにかならないものかな」


「何か、問題でも」


 大ありだ。どこで用意した水着だか知らないが、明らかにサイズが間違っていたのだ。お蔭で水着はピッチリと張り付いていて、若干小柄な彼女の体のラインを浮き出している上に、面積が小さいので下手すれば……見える。


「気にしなければ、良い」


「いや、それが出来るならこんな質問しないけど……」


「それが無理なら私から目を逸らせば、良い。人間の視野は完全では無い。必ず死角が発生する」


 ダメだ、この人。何も分かっちゃいないよ。


「御託は充分かしら?」


 不意に聞こえたその言葉。どうやらミラーカさんが痺れを切らしたらしい。恐らく『吸血鬼』の変身能力だろう、コウモリの様な漆黒の両翼を生やし、目にも止まらぬ速さで距離を詰めてくる。


「“流血罪ブラッド・ギルティ”」


 それは彼女自身の魔力によって形成された、真っ赤な鋭い爪。見ただけで判る。とんでもない魔力だ。鋼鉄すらも切り裂く姿が簡単に想像できる。


 しかし、その爪の一撃を素手で受け止める人物が一人。いや、『受け止めた』というよりは、『打ち消した』が正しいかもしれない。その人物の手の平が魔力の爪に触れた瞬間、赤い光の粒と共にミラーカさんの爪が元に戻ったのだ。


「貴女の魔力解析は大方完了している。繰り出された術と同威力・逆性質を含有する魔力を以ってすれば相殺は容易」


 要は、型もクソも無いような極めてフリーな魔法に対して、反対詠唱をしたようなものか。僕には到底真似できなさそうだ。だがそんな離れ業をやってのけた張本人であるネルさんは、やはり眉一つ動かさない無表情でミラーカさんを静かに見据える。


「ただし、打撃は別」


「へえ、それは良いこと聞いたわ」


 次の瞬間から始まる両者の肉弾戦。


 ミラーカさんが打った左フックを、ネルさんが屈んで避けそのまま水面蹴りを放つが、これをミラーカさんは翼で飛翔して回避。そして空中からの加速を付けたニードロップでネルさんの顔面を狙うが、これもネルさんは紙一重でかわす。しかしミラーカさんが態勢を立て直す方が早く、ネルさんの鳩尾に肘打ちが入る。やはり機動力はミラーカさんが上か? だが、ネルさんも表情は全く崩さない。人外は鳩尾という弱点が無いのだろうか。肘打ちで自分の懐に潜り込んでいたミラーカさんの顔面に膝蹴りを思い切り喰らわせ、怯んだところを掌底で吹っ飛ばし、近くの木に叩き付ける。


「『吸血鬼ヴァンパイア』がこれしきで倒れるとでも思ったかしら?」


 ミラーカさんもこれまた丈夫な体をしている。さっきの攻防でまるで無傷だ。いつの間にかネルさんの目の前にまで迫り、その頭部を鷲掴みにして地面に叩き付ける。そのままマウントマジションを取ろうとするが、そこはネルさんがうつ伏せ状態から腕のみの力で跳び上がり、一気に態勢を立て直しつつ距離を取る。そして刹那の間、両者は駆け出し同時に互いの顔面に向けて拳の一撃を放つ。……いや、ミラーカさんの方が僅かに遅く出した。しかし、それはネルさんの拳の軌道を読むため。ミラーカさんは、拳が当たる瞬間に頭を背けるようにしてそれを避ける。スリッピング・アウェーか。ミラーカさんの放った拳は確実にネルさんの顔面を捉えている。完全にクロスカウンターが決まった。敵の攻撃に自身の攻撃の勢いが上乗せされた一撃は、凄まじく重い。ネルさんはトラックに撥ねられたかのように吹っ飛び、地面に墜落する。


「うわぁ……」


 自然とそんな声が漏れた。エグい。とても女性同士の戦い方には見えない。


 この後、ネルさんはすぐに立ち上がり、ミラーカさんにほぼそのまま刀の威力に近い手刀を喰らわすと、今度はまたミラーカさんがお返しと言わんばかりに、ネルさんに槍のような両脚突きを喰らわす。そんな一撃ずつの攻防が続いていたが、ネルさんには回復の機能が無い以上、ダメージは蓄積しているのだろう。ミラーカさんだっていくら『吸血鬼』が不死に近くても限度がある。ネルさんの破壊の機能は凄いし、そもそも今は昼。力が発揮されるような時間帯じゃない。このままじゃ、いずれ二人とも力尽きる。


「ちょっとフレディー君……見てるだけで止めなくて良いの?」


「止める理由が無い。それに、この戦いでどちらが負けたとしても俺が元に戻すだけだ」


 そりゃ可能だろうけどさ。


 …………それにしても、アレだ。二人ともあまり激しい動きをしないでほしい。ネルさんは極小スク水だし、ミラーカさんは横からの衝撃に弱いスリングショット。ただでさえ危ない格好なのに、さっきからこの戦いでだんだん破けてきているのだ。軽いフットワークをしただけでも、マジで見えそうになる。ほんとに心臓に悪いからやめてほしい。


「お前から命令したらどうだ。『やめろ』と」


「あっはははは……残念ながら、そんなこと言う権限は僕には無いよ……」


 全く、情けない生徒会長なこった。






 結局、この戦いという名の殴り合いは、十五分後くらいに「飽きた」というミラーカさんの言葉で終止符が打たれた。

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