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僕の世界  作者: Sal
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【第百二十三話】修学旅行の話 2

 何だかよく分からないうちに副生徒会長になってしまった先月の事から少し経ち、あたし達のクラスは今、修学旅行で亜熱帯に属する無人島まで来ていた。お蔭で十月なのに、かなり暑い。出発の朝は「寒い」と音を上げていた人も、今は水着一枚だったりする。これだけ気温差があると、簡単に体調を崩しそうだ。でも誰もそんなことは考えていないし、寒いよりはマシで、海で遊ぶには適した気温だと思う。


 そんな訳で、クラスの女子で集まってビーチバレーをしようとしたのだが………



「水辺であたいに勝てると思うかい、菊代?」


「はっはっはっ、手加減はしないよ、麻央。遊びだろうと本気でやれ、というのが我らが師の教えだからねぇ」


 何でこの人外二人が相手なのだろう。


「いや……これはさすがに手加減してもらわないと困るんだけど。っていうか、何でこんな無人島にこんな完璧なバレーコートが設置されてるの?」


 隣に立つ宇佐見ちゃんが溜め息混じりに訊く。ちなみにあたしとペアを組んでいる。


「大体分かるだろ? 雪合戦の時も、寸分違わずコートラインを引いてた先生がうちの学校には居るんだよ」


「遊びは本気でやってこそ面白いらしいからねぇ」


 そして、あたし達のペアと対抗するのは、自称人魚のれんちゃんと、更に強くなって帰ってきた四尾の狐のよーこさんの人外ペア。


 そもそも何であたしを含めたこの四人でビーチバレーをすることになったかと言えば、それは極単純な理由で、他の四人の女子がビーチバレーの出来る状況じゃないからだ。ヒナは海に来ても相変わらず人形を作ってるし、不知火さんは南条くんと一緒にいるし、ネルちゃんとミラーカさんはどこかに行ってしまった。従って、残った四人でじゃんけんでチーム分けをした結果、こうなったという訳だ。


 それにしてもこの二人………でかい。二人でそれぞれ青と白の三角ビキニなんて着ているからその大きさが余計に際立つ。軽く、女としての自信を失ってしまいそうになる。


「はっはっはっ、随分と可愛い悩み事じゃないか」


「か、勝手にコメントしないでよっ!」


「? 何の話してるの、麻央ちゃん?」


「ああ、どうやら胸の事で――」


「ちょっと、よーこさん!」


 うぅ……下手に考え事もできやしない。


「おい、前座は終わりにしな! とっとと始めるよ!」


 すでにボールを片手に定位置で構えているれんちゃんが声を張り上げる。その元気全開の姿を見る限り、手加減をしてくれる気はさらさら無さそうだ。


「はぁ……」


 渋々あたし達もコート内に入る。



「久しぶりの海だ。力の出し惜しみなんてしないよ!」


 審判なんていないが、その言葉が試合開始のホイッスルだった。


 れんちゃんはボールを左手で軽くトスしてから、助走を付けて自らもジャンプ。そして、空中で体を大きく後ろに反らせ、ボールがそのリーチに到達したその瞬間。


「せりゃあああああぁぁぁぁ!!」


 ドンッ! という大砲が撃ち出されたような音と同時に、物凄いスピードでボールが飛んでくる。しかし、目を見張るのはこの速さでしかも正確だということ。ボールは綺麗な弧を描き、コートの隅っこ目掛けて飛んでいる。


 思考を巡らす。ボールが向かっている方向はあたしの位置からは完全に逆サイド。つまり、これは宇佐見ちゃんの守備範囲。しかし、あのボール……どう見ても相当な威力がある。生身の人間がぶつかったらただじゃ済まない。身体強化系の魔法・魔術のセンスを持たない宇佐見ちゃんがアレを受ければ、どうなるかなんて明白。


 これはあたしが取らなければいけない、という結論に達する前に、あたしの体は動き出していた。


 黒魔術によって強化された両脚の筋肉のみによる、強引な超加速。蹴り出した瞬間と、到着する時のブレーキで大量の砂が撒き上がり、一気に視界が悪くなるが、ボールはすでに見通しが関係無いほど近くまで迫っていた。


「う……ッ!」


 これは……予想以上に、重い。しかも、これをただ受けるだけでは無く、レシーブとして成り立たせなければならないとなると、かなりの大仕事だ。咄嗟のことで出来るような業じゃない。


 案の定、あたしの腕に当たったボールはとんでもない方向に跳ね上がる。やはりダメだ。仮に、初めからあたしがボールを取ることを前提にしていたとしても、アレをレシーブするのは困難だろう。このビーチバレー、やっぱり無理が―――


「麻央ちゃん!」


 ポーン、という音。それが、宇佐見ちゃんがボールをトスした音だと気付くのに少し掛かった。どうやらあの跳ねたボールに追い付いたらしい。さすがの俊足だ。ボールがゆっくり高く空へ上がっていく。重力を無視したその動きは恐らく風魔法によるものだろう。あたしが目を合わせると、宇佐見ちゃんは微笑んで頷いた。


 ……うん、やっぱりこのチームで頑張ってみよう。


 神経を研ぎ澄まし、魔力を両脚に蓄積していく。イメージはバネ。高く。速く。柔軟に。


 そして、跳躍。やはり上空は砂煙が無くて、見晴らしが良い。あたしがボールに追い付く瞬間に、ボールは静止する。ここが最高到達点。ドンピシャだ。脚に蓄積した魔力ごと移し変え、今度は右腕に魔力を集中させる。


「せっかくの海だもん。力の出し惜しみなんてしないよ」


 そして、純粋な『力』なら負ける気は無い。



 あたしは渾身の力で、ボールを叩き落とした。






 山中 妖狐は思考を巡らす。


(入射角ほぼ90°。時速約360キロ……手の接触時間約0.01秒から考えて加速度約100メートル/セカンド2乗+重力加速度約9.8メートル/セカンド2乗。ボールの質量約260グラム。空気抵抗は……風魔法で援護しているようだし、関係無さそうだ。白魔術でボールの強度もいじっているね)


 どう計算するにせよ、相当な威力に変わり無い。


(取れるかい、清憐?)


(無理だろ)


 だろうね、と適当なアイコンタクトによる一瞬の会話。計算上、圧力のみならばダンプカーに撥ねられるのとほぼ同等。


 妖狐にはじゃんけんの手が判る。無論、それは今回のチーム分けの時も例外では無かった。妖狐は敢えてこのチームになるように仕組んだ。その理由は、至極単純。


(麻央は、人外二人相手でも充分な『力』を持っている……)


 人外という『存在』は基本的に勝負の世界ではチートである。しかし、『彼女』は人間であるのに、人外以上のチートになり得るのだ。


 だからこそ、こんな剛速球を放つことができる。


 そして――



「“狐の手袋”」



 それを防ぐのは、やはり同じチート的『存在』でしかあり得ない。


 隕石の如く落下するボールを、妖狐は妖力によって巨大化された手で受け止めた。










 すぐ近くの砂浜で、女子達による遊びとは思えないビーチバレーが展開されていた頃。ほとんどの男子勢は、海の散策に耽っていた。



「魚正、あの魚なんていうッスか?」


「どの魚だ?」


「そこの岩場の陰にいる小さいオレンジ色のやつッス」


「カクレクマノミだな。漢字で書くと『隠熊之実』または『隠隈魚』。あと、それサンゴ礁だから。岩場じゃねぇから」


「細かいことは気にしない方が良いッスよ」


「……なぁ、気になったんだが、お前のそれ口癖か? 結構、ムカつくんだが」


「細かいことは気にしない方が良いッスよ」


「いや、だから……」


「細かいことは気にしない方が良いッスよ」


「…………」


「冗談ッスよ。ちょっとからかってみただけッス。だから、そう腐った野菜を見るような眼差しはやめるッス。かなり傷付くッスよ」


 普通、傷んだ食物に更に傷が付こうが知ったことでは無いが。


 実のところ、最近の『勇者』達は『天界』での緊急召集からあまり機嫌が良くない。それほど、ガブリエルから告げられたことは、『善』という組織……いや、この世において重大極まりないことだった。


 だからこそ、今は休養としてこの緊迫した空気を緩和し、この先にあるであろう戦いに備え、ほんの少しでも休むことも重要なのだ。


「機嫌直すッス。ほら、あそこにいる貝はなんていうッスか?」


「アンボイナガイ。イモガイの一種だ。毒針持ってるから、刺されたら死ぬぞ」


「うげっ!?」


 だが見る限り、そこに関しては割と問題は無いのかもしれない。






「いてっ! くそ、何か刺されたチクショー!」


「騒ぐな、馬鹿者。おぬしはどうせ死なぬのだから」


「もうちょい心配してもいいだろうが! ってか何で、お前さっきから水面歩いてんだ! 傍から見たら気持ち悪いぞ!」


「形状を具現化しない水魔法の一つ。覚えて損は無い」


 この世の裏で生きる者、戦う者として、あらゆる戦闘パターンを想定しなければならない。例え、その状況が来る可能性が限りなく低いとしても、無ではない限り、対策を考えておく必要がある。水上での戦闘も例外ではないということだ。


「日々の鍛錬こそ強さへの近道。それを怠らぬ者が勝利を手にする」


 少なくとも、初見はそう考えている。


「お~い、ハク。お前からも何か言ってやってくれ。こいつ修学旅行中まで修行してやがるぞ」


 富士田は、砂の上にビニールシートを敷いて座っているクラスメイトに声を掛ける。


「……む、何だ富士田?」


「おいおい、聞いてなかったのか?」


「すまん。少し考え事をしていた」


「なんだ? 珍しいな、悩み事か?」


「いや、そうではない。ただ……」


 ハクは後ろを振り向き、森が茂っている島の奥を見据える。



「この島……何か妙な感じがする」



 誰にも聞こえないような小さな声で、そう呟いた。

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