【第百二十話】引き継がれる組織
夏休みが終わると、そろそろ一番上の学年が卒業後の進路に向けて本格的に準備をしだす訳だが、裏の社会には大学なんてものは無いし、大抵が賞金稼ぎかどっかの変哲な組織の一員にでもなって一生を過ごすこととなるのだろう。
今の環境でさえ色々と事件に巻き込まれるのに、学校から出れば更に死の危険と隣り合わせの生活を送ることになる。結局はそういうことだ。異能者としてこの世に生まれてきた以上、それは逃れられない運命。最上級生一歩手前である僕も、来年の今頃はそんなことを真剣に考えなければならないと思うと、面倒極まりないことだ。
……ってな訳で、それは九月の下旬。ミラーカさんが大分クラスに馴染んできた頃。十月の修学旅行を目の前に控えた僕らの学年が突き付けられた課題は、上級生からの『生徒会の引き継ぎ』であった。
「つーことでお前らの学年の中から立候補者……まぁ、推薦された奴でもいいが、誰かしら名乗り上げねぇ限り修学旅行は先延ばしになるぞ」
放課のホームルーム。教壇の上でそう述べるのは我らが担任、神谷先生。
ちなみにだ。僕らの学年とは言っているが、僕らの学年はこのクラス一組のみ。つまり、この男子13名、女子8名の計21名の中から生徒会長を決めなければならないのだ。
正直、生徒会など在って無いようなものだが、それでも面目というものがある。それなりに成績優秀で、全体を纏める統率力があり、人望が厚い。生徒会長とは、そんな『存在』でなくてはならないのだ。
そう考えると、現生徒会長の鋼鉄 強士郎先輩はその典型例。成績面はもちろんのこと、最強の精錬術師の家系である鋼鉄一族の跡取り息子としての圧倒的なまでのカリスマは、長の鑑とも呼べよう。
「はーい先生、秀が適してると思いまーす」
……は?
「おい、トモダチ。お前、なに勝手なこと――」
「あー、桐谷か。良いな、採用」
採用? ちょっと先生、今なんと?
「おー、秀なら良いんじゃね?」
「適任だ、適任」
「異議無し」
「あんたら、新手のイジメか!?」
気付けばクラスのほとんどの男子が首を縦に振っている。待て待て待て待て、何故こうなった。
「ってな訳で賛成多数だ、桐谷。やってくれるな?」
神谷先生は返済を責め立てる借金取りのような笑顔で、僕の肩をポンッと優しく叩く。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕よりも生徒会長に適した人なんて他に居ますでしょう!? 筧君とかハク君とか初見君とか!」
「あいつら全員、性格がつまらん」
「それ好みじゃないですか!?」
しかし、周りの人達は何故か深く頷いていて、名前を挙げた3人は自分には無縁の話だと言わんばかりに窓の外を眺めていた。
「え、と……じゃあ、富士田君とか足立君とか……そうだ、トモダチとか!」
「成績が芳しくない」
即答だった。
「教師に改めてそう言われっと……」
「何かキツいもんがあるなァ……」
「だぜ……」
三人が落胆している光景が視界の隅っこに見えた気がした。
「いや……っていうかそもそも、僕がそんな面倒なことに対してやる気のある人間に見えますか!?」
僕がそう言うと、一瞬だけ神谷先生の表情が硬くなる。効いたか?
「……桐谷。確かにお前はやや面倒臭がりな面がある。だがな―――」
先生は僕の両肩に手を乗せると、どこまでも真っ直ぐな瞳で僕の顔を見据える。
「お前はやれば出来る子だと、俺は信じてる」
…………。
「あの先生? もしかしたらと思いましたけど、さっきからさっさと終わらせたいだけですよね? 言ってることに根拠が無いんですが」
「今頃気付いたか」
なんて身勝手な。
「はい、じゃあ生徒会長は桐谷で決定、と。んじゃ、次は副会長その他………」
「ちょっとちょっとちょっと!? ほんとに決まりですか!? 生徒会ってそんなに適当で良いんですか!?」
「うるせぇな……ちょっと黙っとけ」
露骨に嫌そうな顔を見せた神谷先生は、僕の顔の前に手を翳す。あれ、何だか嫌な感じが……。
「“鬼の霍乱”」
本当に小さな声で先生がそう呟いた途端、僕は激しい目眩に襲われ、その場にぶっ倒れた。
あっははは……なんでこんなことになったんだろうな。
僕が目を覚ましたのは午後6時頃。2時間くらい寝てたらしい。場所は保健室。
僕が寝てたベッドの前には、何故か3人の女子が並んで立っていた。
「えっと……あたし、副生徒会長になっちゃった……」
と、麻央さん。
「はっはっはっ、よろしく秀くん。ワタシは会計だ」
と、よーこさん。
「私は書記。ま、せいぜい喜びなさい」
と、ミラーカさん。
奥の方には、若干引いているような目でこちらを見ている石上先生の姿も。
……さてまぁ、寝起き早々あんまりこういうことは言いたくないのだが。
「誰の計略だコラァァァアアアアア!!」
無論、その問いに答える人は誰もいなかった。
保健室で叫び声が聞こえた頃、トモダチはある人物と話していた。
「……で、これで良かったんだよな、倶毘さん?」
「ああ、上出来だ。あいつらが生徒会の役員になってくれると色々と都合が良い」
そう言うのは、学校長・高田 倶毘その人。
「でもなぁ……裏で操作してまで黒井さんを副生徒会長にしたのは、僕はどうかと思ったよ、お袋」
校長の息子・高田 優は、珍しく母親のしたことに対して口を出す。
裏で操作した、と言っても担任教師にあらかじめ特定人物を生徒会役員にするように促しただけ。校長の印鑑が押された書類を渡されれば、部下というのは従うしかないのである。
「あん? どうしてだ?」
「確かに力のみの統率とは言え、『元魔王』。あの『悪魔』達を束ねてたんだ。統率力は充分、と言っても良いだろうけど………その肩書きが逆効果だよ。『悪魔』に何度も襲われてるこの学校じゃ、人望は薄いだろうね」
そもそもその肩書きを知っている人は少ないだろうけど、と優は付け加える。
「でも知っている人は知っていることだよ。これじゃ、信頼性が無くなってもおかしくないよ」
「ってか俺がもっと気になるのは、ミラーカさんの方だぜ。『吸血鬼』だってこと知ってる人は少ないだろうけど、校則で本来立ち入り禁止されてる種族の人を生徒会に入れるってのは………しかも、まだ学校の生徒になってから日が浅いぜ?」
優とトモダチがそれぞれの意見を倶毘に述べる。それは、大の大人が少年2人に説教されてる画にも見えるが当の本人は、
「何そんなに真剣になってやがんだお前ら?」
全く何も聴いていないようだった。
「そもそもこの学校の生徒会がそんなに目立った運動をしたことがあったか? 在っても無くても同じような生徒会は面目で決めんじゃなくて、なって都合の良い奴がなるんだよ。昨年度までは理事長がうっせーから我慢してやったけどよ」
それはもはや学校長の発言では無い。
つくづく自由奔放な脳内思考回路をお持ちのこの人物には手を焼く、と優とトモダチは頭を抱えて、深く溜め息を吐く。
「ああ、それとお前ら二人、生徒会の雑務だからな」
「「ええ!?」」
そして、この女に突き付けられた理不尽な己の運命に嘆いたのだった。