【第百十八話】急襲編:帰ってきた仲間と新しい仲間
「…………ん……」
全てが終わった後、彼女は保健室のベッドの上で目を覚ました。
「よぅ、起きたか居候」
彼女の寝ているベッドの端に寄り掛かる形で立っている高田 倶毘が、目覚めた彼女に話しかける。
「あんた誰よ?」
「この学校の校長。顔くらい覚えとけ」
「…………」
ミラーカ=カルンスタインは黙り、包帯の巻かれている自分の体を見て、大体の状況を把握する。
「負けたのね……私」
「まぁ、相手が悪かったとしか言い様が無いな。だが、あたしが駆けつけるまでの時間稼ぎにはなったぞ。お前が居なけりゃ、達貴も攫われるとこだった」
「皮肉にしか聞こえないわよ」
勿論、校長自身にそんな気は無いのだが、ミラーカはそう言ってそっぽを向く。
「……で、だ。結果的に誰も死ななかったし、誰も居なくならないで済んだんだが……少し、訊きたいことがあってな。お前に」
「……なによ」
「何でお前、『アレ』使わなかったんだ? 儀式の方は桐谷 秀を相手にやったんだろ? 『アレ』使えば、ここまでやられることは無かっただろうに」
「制御できるまでに至っていなかったのよ。特にあの男のは厄介すぎてね」
ミラーカは校長と目を合わせることは無いが、素直に問いに答えた。
「な~るほど」
校長は寝室の仕切りとなっている白いカーテンまで移動し、手を掛ける。
「ま、とりあえず礼はしとく。案外、『吸血鬼』も良い奴だな。前に『氷界』の連中が来た時も助けてくれたみたいだし。そうだ、正式に学校の生徒になってみるか? もし年齢を気にしてんなら、お前より歳食ってる奴もいるぞ」
「……何かメリットはあるわけ?」
「三度の飯と、ちゃんとしたベッドくらいなら用意できるぞ」
「日光対策は?」
「日傘でも差してりゃいいんじゃね?」
「吸血行為は了承してくれるのかしら?」
「ほどほどにな」
一通り質問を終えると、ミラーカは考え込む素振りを見せる。
「今すぐ答えなくても良いぞ。ゆっくり考えろ」
校長はカーテンを開く。
「じゃあな、良い返事を待ってる」
「ただいま戻りました~ー……」
『家族』の本拠地へ帰還を果たした桐谷 偲覇は、同志達の待つ広間へ足を踏み入れるや否や、置いてあるソファの上に突っ伏した。
「何やってんだ、ヨタロウが」
白い袈裟を着て、黒いツンツン頭をした若い男が偲覇に近付いた。
「……『想像の創造』を使いすぎた。魔力が枯渇しかけてる。もう一歩も動きたくねぇ」
「起きやがれ、このウスノロ! 『天帝』様への報告がまだだろうが!」
「イヒヒ、別にそんな無理させなくてもいいじゃん? 疲れてるみたいだし。それに、おおよその報告はマリーがしてくれたじゃん」
その後ろ、大体ツンツン頭の男と同年代くらいで、オレンジ色の髪をした男が笑いながらなだめる。
「失敗したって言うじゃん、偲覇? そんなに大変だった?」
「……そうだな~ー……『最強』が来てからは、逃げるだけで精一杯だったよ」
偲覇は改めて思い出し、深く溜め息を吐いた。
「……あ、そうだ。輝彦君、あんたに話したいことあんだけど」
「ウチに? 何用じゃん?」
オレンジ色の髪の男―――火神 輝彦は、偲覇の方を向く。
「あんたの弟に会ったよ。随分と恨まれてたみたいだが、何かやったのか?」
「夜藝に? 懐かしいじゃん! ウチが家出して以来、会ってないじゃん」
「家出?」
「ウチが本家の使用人一人殺して出てったから、恨んでるのも無理ないじゃん」
「なるほどな……」
偲覇は一人頷く。
「んで、どうすんだよ『簒齎者』は? 失敗したんだろ?」
ツンツン頭の男が訊く。
「……どうするかなんて俺の決めることじゃねぇよ、羅含君。『天帝』様が決めることだ」
「ケッ、これからどうするか訊いてんじゃねぇんだよ。テメーがこれからどうしたいかの要望を訊いてんだよ、トウヘンボクが」
羅含と呼ばれた男は、イライラしながら偲覇を問い質す。
偲覇はソファに横になった状態で少し考えた後、いつもの半眼で答えた。
「まぁ……出来れば行きたくねぇな~ー……あんな怖いとこ」
「おはよー、秀くん」
夏休み明け最初の朝、僕が教室に入るとそんな声を聞いた。
「うん、おはよう。麻央さん」
『家族』からの急襲から何だかんだあったが、麻央さんは無事に復帰。あの先輩も、麻央さんより傷が酷かったらしいが何とか登校できるようにまでは治ったそうだ。僕とトモダチも大した怪我は無かったので、特に問題は無かった。
残りの夏休みは、大体宿題をすることに時間を費やした。途中で篭が修行から帰って来たが、あいつは修行中に勉強もやっていたらしく、宿題が全部終わっていた。案外、あいつはこういうところは真面目らしい。僕もすぐに終わらせたが、トモダチが最終日になっても半分くらいしか進んでいなかったので、昨日は全員で夜遅くまで手伝ってやったりしてた。もう二度と手を貸すものか。
「秀くん、あっち見てみて」
「ん?」
麻央さんが指差した方向――そこは5ヶ月前から空席だった座席が置いてある場所。
だが、その席に今は人が座っていた。
その人はこっちに気付いたのか、こちらを振り向いてにっこりと笑う。
「やあ、秀くん」
その人は、この前の白い着物姿ではなく、以前登校していた時と同じの見慣れた格好をしていた。
「……よーこさん? え、どうしてここに……。修行は?」
「はっはっはっ、ずっと修行ばかりじゃつまらないからねぇ。今日からまた通うことにしたんだよ」
よーこさんは陽気に話す。
「……そ、そっか……」
僕は何というか呆気に取られていた。あの一件が終わった後、よーこさんはさっさと去ってしまい、僕はお礼の一言も言えずに後悔していた。次に会えるのはいつになるだろうか、などと若干鬱な気分でいた矢先にこれだ。我ながら無理はないと思う。
「何だい、素っ気ないねぇ。ワタシと一つになった仲じゃ―――」
「だからその言い回しはやめてって!」
だけどまぁ、内心凄く嬉しかったのは………彼女は、見透かしていたのだろうか。
「はーい、席着けお前ら。夏休み明け最初のホームルーム始めんぞ」
神谷先生がいつも通り煙草を口に銜えて、教室に入ってきた。校長先生の話だと、あの一件があった時は別の事で奮闘していたとか。
神谷先生は若干困惑したような表情で、教卓の上に手を乗せて話し始める。
「え~、突然のことだが……このクラスに新しいやつが1人増えることになった」
神谷先生のその言葉に周りがざわつく。この時、何故か僕は嫌な予感がした。
「ってなわけでお前らに紹介する。……んじゃ、入れ」
先生に促されて、その生徒が教室の中へ入ってきた。と同時に、一部の男子勢が「おぉ!?」と声を上げる。
まず何よりも目を引くのが、室内なのに何故か差している赤い日傘。そして、その下から覗く、白い肌に浮かぶ真紅の瞳。肩に揃えたゴールデンブロンドの髪。どこに売っている、と訊きたくなるような胸元のはだけた白いTシャツに、その綺麗な脚が垣間見える切れ込みの入った黒いスカートを着けている。端正な顔と、理想的プロポーションをした体を併せ持つその人物はまさにこの世に降り立ったヴィーナスとでも言うような…………って何をしているんだ、あの人は!?
「ミラーカ=カルンスタイン。今日からこのクラスに編入することになったわ。よろしく」
朝に現れた夜の王は、見た者を虜にするような妖しげな笑みを浮かべていた。
【急襲編:完】